第109話 商売医者-医は算術か
医者仲間には、「大学医者」という呼び名があります。
大学に勤務する医者をいい、個人でやっている開業医者と区別する言葉です。これには開業医者をさげすむ、大学医者の優越意識がにじんでいます。
「商売医者」とはそれに似せて、私が勝手に命名した造語です。
商売医者といっても、医療のかたわら、ラーメン屋をやってるということではありません。商売上手な医者をいうのです。(←(^ω^)言わなくても分かるよ)
医者稼業も事業の一つですから、黒字を出すように経営努力が必要です。
あの手この手を考えるのですが、ややもすると医療の原点を踏み外して、まさに商売に走ってしまう医者を揶揄(やゆ)して、「商売医者」と私は呼んでいるのです。
私もかつて病院長として、少しばかり経営にたずさわったことがあります。
元来お金を見るのが好きでない人間ですから、 務まるはずはないのです。早々に辞めました、というより辞めさせられました。
これまでたくさんの医者に出会った中で、商売上手なお医者は、私の記憶にある限り2人おられました。
一人目は、開業医の先生です。
当の本人は大学の外科研修医の身でありながら、同時に皮膚科のクリニックを開業していました。(←(^ω^)研修医の身で開業してたのだ)
奥さんの実家が皮膚科医家だったのです。そこでにわか仕立ての皮膚科の特訓を受け、資金の援助も受けて駅近くに開業したのです。
6畳2間くらいの木造建物に、診療器具をおいて、夕方の帰宅ラッシュに合わせて診療するのです。ウイークデーはアルバイトの医者を雇い、休日は自分が診療していました。
皮膚科は医療の中ではマイナーな科(小さな科)で、普通の皮膚病なら肉眼で診断がつきますし、軟膏を塗布すれば概ね治ります。ですから診療器具もさほど要りません。 一番高そうな器具は顕微鏡ぐらいでした。
「僕は壺(つぼ)の鑑定士ですよ」
笑って先生は言ってました。言い得て妙です。
大学の研修を終えると、外科仲間で、100床ほどの外科病院を開業しました。
まもなく皮膚科の木造クリニックはたたんで、そばのマンションの2階3階フロアを借り切って、透析と皮膚科、内科、外科のクリニック(19ベッド)を開業しました。
その商売センスは素晴らしいもので、駅前近くにあったことも幸いして患者が殺到しました。
私はその新クリニックのオープン直後にアルバイトに行ったのです。
透析は一度顧客になれば(←(^ω^)顧客とは妙な言い方……)、患者が遠方に引っ越さない限り一定数の患者は確保できます。つまり営業収入は安定して得られるのです。
入院ベッドは19床ですが(←(^ω^)診療所は19床までと法律で決まってます)、いつも満床でした。ほとんど入院する必要のない人達でした。今でこそ入院期間や適用などが医療保険で厳しく制限されていますが、昔は高度成長期ですごく甘かったのです。
皮膚科は毎日300人近い外来患者が訪れていました。これを1人で診るのですから、すごいものです。
なぜそんなに多いかと言うと、毎日通わせるからです。
外用薬は決して出しません。外来に通わせて軟膏を塗布するのです。
これまた営業収入としては大変な収入になります。
外用薬つまり軟膏を出してしまえば、本人が自分で塗布して大むね治ってしまいます。
それでは1回限りの診察料と処方料、薬代で終わってしまい、経営上好ましくないのです。
毎日外来に通わせれば、再診料、処置料を治るまで毎日取ることができます。皮膚病は治るのに、2週間くらいはかかるのです。
患者が、
「自分で塗りたいので軟膏をください」
すると先生は、
「どの薬が合うか分からないので、しばらくは通ってください」
まことしやかにそう言って、通わせるのでした。
「どの薬が合うか分からない」は間違ってはいませんが、仕事の忙しい人などは、毎日通うのは大変です。(←(^ω^)普通なら少しは処方するよね)
ことほど左様にそのクリニックは、今が盛りと賑わっていました。
ヘリコプターに乗ってテレビの宣伝によく出てくるドクターも、これに輪をかけたような商売上手なお医者なのでしょうね。そういえばこの二人は同じ大学の出身者でした。
企業秘密だと言って治療法を教えてくれない医者の話を、ついでに書き加えます。
ある病院でいっしょに働いていた同僚医師の言う話です。
内科の病気で通院していた患者の両手に、発疹を認めました。軟膏をいろいろ塗布してもよくならないので、近くの皮膚科の開業医さんに紹介したのです。
そこで軟膏を出してもらってすぐに良くなりました。
「どんな治療をされたんですか」
向学心で尋ねると、
「それは企業秘密だから教えられないよ」
すげなく断わられました。
「企業秘密とはね……」
同僚医師は首をかしげていました。
皮膚科はマイナーな科で、しかも開業医師となると、こういうたぐいのことが企業秘密になるのですね。
内科外科の仲間うちでは、診断や治療についてお互いに教え合っています。
外科の先輩が感動して言ってました。
胸水が両胸に溜まって、利尿剤を使ってもなかなか水が引けない患者がいました。
困り果てて、「生体の水や電解質」の権威である高名な医師に、電話で直接尋ねたのです。
その医師は、見ず知らずの者からの電話にもかかわらず、低蛋白血症がある場合は、凍結血漿を打ってから利尿剤を使えば、胸水を減らすことができると、治療の手はずを事細かに教えてくれたそうです。
その通りに治療すると、なかなか引けなかった胸水も見事に消失しました。
その結果を電話で報告すると、
「お役に立てて良かったですね。またいつでもどうぞ」
いっしょに喜んでおられたそうです。
われわれ医者仲間では、自分の持つ知識や技量が人様の役に立つならばと、教え合うのが普通なのです。
世間にはそうでない医者もいるのですね。
〈つづく〉
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