第99話 尿管結石

 七転八倒の痛みでも、けろりと治って「もう帰る」、となる病気があります。


 尿管結石です(⇒豆知識)。


 私がなりました。


 土曜の夕方、病院業務を終えて、医局で遅番をやっていた時のことです。外も暗くなり、そろそろ帰ろうかと椅子から立ち上がったとたん、腰の左側にクツという痛みを感じました。


「また腰を痛めたかな?!」


 いつもの痛みとは少し違います。


 腰を左右にひねっても、痛みは全然変化しません。私は尿管結石を直感しました。


 普通の腰痛なら、腰をひねればその痛みは増強します。これで内臓由来の痛みか、あるいは骨や筋肉の痛みかが、おおざっぱに診断出来るのです。(←(^ω^)それぐらいみんな知ってるよ)


「尿管結石だ!」


 一人叫びました。


 すぐ机の引き出しからブスコパン3錠を取り出し、吸収を早めるために噛み砕いて飲み込みました。


 その味の苦いこと、吐きそうになるほどです。初めて知りました。


 ブスコパンは糖衣錠なので、普通に飲めばほとんど味はしないのです。(⇒豆知識)


 その直後、ズシーンという強烈な痛みが来ました。机にもたれたまま身動き出来なくなったのです。


 「痛みの中でも、石の痛みは一番強烈」と医学書にありますから知ってはいましたが、経験してみるとそれは間違いありません。とにかく痛いのです。


 「ああ!痛た、た、た」


 うなって、しばらくうずくまっていると、波が引くように楽になってきました。


 まさに「波が引く」という表現がぴったりで、全く痛みが消えてしまうのです。実に不思議なものです。


 結石の患者さんが、発作時には七転八倒していても、病院に着いた時には、けろっとしているというのも、あながち嘘ではないのです。(←(^ω^)それを石だと疑うか、大げさな患者だと思うかは、医者の勘しだいだよね)


 痛みの引いたその間に、2階の入院病棟に電話して、


「ちょ、ちょっと来て!!」


 ナースに頼みました。


 ナースが駆けつけた時は、再び激烈な痛みが押し寄せて来ていて、長椅子の上でのたうち回っていました。


「どうしたんですか!」


 驚いてナースが叫びます。


「石だと思う、痛み止め注射して!」


 そう言うのが精いっぱいでした。


 少しするとまた痛みが止み、そこへちょうど当直医が到着したのです。お腹を診てもらい、トイレに行って尿の検査をしたら、尿は真っ赤で潜血反応は強陽性でした。


「尿管結石で間違いない!」


 当直医ではなく、私が自分で診断して入院としました。(←(^ω^)この人、自分で自分の入院指示出してるよ)


 しかしほっとしました。尿管結石なら我慢していれば治るからです。分からなければ、そうとう不安だったに相違ありません。


 激烈な痛みが出たり引いたりで、その都度、立ったりしゃがんだりと、忙しいことこの上無し。


 付いたナースも、いっしょになって、立ったりしゃがんだり。(←(^ω^)妙な光景だよね)


「車椅子を持って来ましょう」


 気の毒がってナースが言ってくれましたが、恥ずかしいので痛みがおさまった時に、急いで病棟に歩いて行きました。


 かくして治療病棟に入院とあいなったのです。主治医は自分です。


 痛みが引く間を見て、日頃、尿管結石の治療に出している、ソセゴン、セルシン、ブスコパン入りの点滴を指示しました。ソセゴンは30mg 1アンプルをまず筋注して、もう30mgを点滴の中に入れたのです。(←(^ω^)ほんとに自分で病気になっては、自分で治してるんだ)


 30分くらいして薬が効いてきました。ソセゴン、セルシンの作用で眠くなり、うとうとしながら、ときどき痛みで目を覚ましていたのです。


 面白いことに、石は動くごとに痛みの位置が下がって行くことに気付きました。痛くてもちゃんと観察しているのです。(←(^ω^)さすがは医者だ。←これ自画自賛)


 最初の痛みは、肩甲骨の少し下あたりのところです。ぎっくり腰の位置と変わりありません。


 4~5時間すると、へその横あたりに移動しました。そして最後に、下腹部の左足の付け根あたりが痛んだのです。


 翌朝眼が覚めた時には、痛みは全くおさまっていました。ソセゴンとセルシンのせいで、頭はボーっとしています。


 ふらふらしながら立ち上がって、シビンに排尿しました。1リットルくらいの普通の尿が出ました。


「ああ、普通の尿だ。腎臓はやられてないな」


 しげしげと、シビンを見上げてひと安心。


 その日は日曜だったので、何も検査はできません。


 昼前に、自分で車を運転して家に帰ったのです。(←(^ω^)コラ~!飲酒運転まがいのことをして!)


 痛みに耐えるのにただただ疲れ果て、そのまま布団にもぐり込みました。


 事務長が、「院長入院」を聞きつけ駆けつけましたが、私はすでに帰ってしまって、もぬけの殻。


「ええ!もう帰っちゃったの」


 まさにこの病気は、「もう帰る」なのです。


「大丈夫、治ったよ」


 事務長の心配気な電話に、私は笑って答えました。


 幸い翌々日、石は出ました。排尿するたびに、コップの口にガーゼをかぶせ、尿をこして観察していたのです。


 ゴマ粒ぐらいの薄茶色の石でした。排石時に違和感は全く無く、ガーゼの石を見て初めて気付いたほどでした。


「こんな小さな石なの!?鉄砲玉でも入ってたかと思ったよ」


 石をながめて、一人つぶやきました。


 これで尿管結石と確定診断がついたのです。めでたしめでたし。


* 豆知識


① 尿路結石(にょうろけっせき) 腎臓から、尿管、膀胱、尿道までの尿路に沈着する結晶の石のこと。もしくは、その石がつまることにより起きる症状のこと。(尿管結石は尿管につまった石のこと)


 尿路結石の痛みは、わき腹や背中あたりに認め、「痛みの王様 king of pain」といわれています。


 結石は多くの人でできていますが、尿管より小さい場合は、自然に移動し排尿とともに排出されます。大きい場合、尿管を塞いでしまい、水腎症を起こすこともあります。


治療 およそ10mm未満の結石は自然排出を期待して、水分および鎮痛剤、利尿剤を用いて自然排出されるまで経過観察します。(保存的治療法)


 自然排出が難しい場合、体外衝撃波結石破砕術、経尿道的尿管砕石術を行います。


予防 食事で予防することができる結石もあります。結石が出たら、検査室で成分分析をしてもらうといいでしょう。


 水分を適切に摂取して、尿量を適量に保つことが大切です(普通、1500mlくらい)。特に夜間は水分不足となりやすいので要注意。


② ブスコパン(商品名) 一般名 :ブチルスコポラミン臭化物


 ブスコパンは副交感神経の刺激を弱めることによって(抗コリン作用)、尿管の蠕動運動をおさえます。この作用で痛みが軽減されるのです。

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