第91話 不整脈
不整脈は、これまた私の持病。健康人の8割くらいが本人の知らないうちに不整脈が出ているといいますから、これが病気であるかどうかは、本人の感じ方次第でしょう。
もちろん命にかかわる不整脈もありますから、油断は禁物です。(後述の「豆知識」をご参照下さい。)
私が自分の不整脈に気付いたのは、大学時代のことでした。勉強するのに眠気覚ましにコーヒーを飲むと、時折、何やら左胸あたりがピクッとくるのです。それが独特の気持ち悪さなのです。それを何とも思わない人にとっては病気とはいえませんが、気になる人にとっては、やはり病気といっていいでしょう。
コーヒーやお茶などのカフェインが入っているものは、期外収縮といって、時折、心臓がピクッとおかしく拍動する不整脈を起こします。不眠や過労、緊張などでも起きます。
医者などは、特に外科医ともなると、手術の時など緊張しますから、その状態が続くと期外収縮は起こります。
その不快感に困った私は、不整脈を抑えるインデラルという薬(βブロッカー)を飲みました。実にこの薬はよく効くもので、期外収縮はぴたりと止まりました。
ところが、何か心臓が抑えつけられているような妙な感じがします。心臓の動きを抑えますから、テニスなど激しい運動をすると少し息切れがします。
しかも脳にも作用するようで、気怠さが出たりします。
ある高血圧の患者さんが、β1ブロッカーの降圧剤を、ほかの病院で処方してもらっていました。私の病院に移ってきて、これが欲しいと希望しましたが、その時あいにく病院にはそれがありませんでした。そこで、代わりにインデラルを一時的に処方してみました。
しばらくするとその患者さんは、前の薬の方が良いとその処方を強く希望しました。インデラルでは体がだるくて仕事にならないというのです。
「やはりそうか、インデラルで気怠くなるのは、自分だけではなかった」
私はやむなくインデラルを中止して、その分、不整脈が出ないように、コーヒーやお茶を飲むことを止めました。
会議の最中など、みんなはお茶を飲んでいるのに、私だけがひとり寂しく、湯呑み茶碗に入った「さ湯」を飲んでいました。その都度、「どうしたの?」と、けげんそうな顔をしてみんなに聞かれ、そのバツの悪いこと。苦笑まじりに「こうこうしかじかで……」と、いちいち説明していたのです。
ところがひょんなことから、解決策が見出されました。
もうひとつの持病である高脂血症のための薬を探していた時、自律神経調整剤として使われていたハイゼット(一般名ガンマーオリザノール)という薬が、高脂血症にも効果ありとして保険の適応になったのです。高脂血症の治療薬を探し回っていた私は、ハイゼットを試してみることにしたのです。はたして高脂血症には大した効果はありませんでした。
ところが、ケガの功名とでも申しましょうか、それを飲み始めたら不整脈が軽くなったような気がしたのです。
「偶然かな」
そう思いつつ、恐る恐るコーヒーやお茶を飲んでみても不整脈は出ません。
「ああ助かった」と、その時、心底思いました。
心臓に問題はなくストレスなどで出る軽い不整脈の人には、この薬が良いのではないかと私は思います。
今では、このハイゼットと少量のインデラルを服用して、順調にいっています。眠気覚ましにコーヒーをどんどん飲んでも不整脈は出ません。
インデラルには、もう1つ面白い効果があります。
ある中学校の教頭先生が、不整脈で来院しました。学校ではストレスが多くて不整脈が出るとのことでした。
インデラルを処方してみたのですが、どうもその不整脈は違ったタイプの不整脈のようで、あまり効果はありませんでした。
薬を変えて不整脈は良くなったのですが、その教頭先生は、インデラルも欲しいと希望するのです。どうしてかというと、インデラルを飲むと手が震えないというのです。
教頭先生ですから、職員や生徒の前で話さなければならない機会が多く、絶えず緊張します。その時、マイクを持つ手が震えて、みっともなかったのが、インデラルを飲み始めてから震えが軽くなったというのです。
私も飲んでいてこれは実感しています。緊張すると交感神経がハイになり手が震えます。震える手を見てますます緊張するという、悪循環に陥るのです。インデラルはそれを抑えてくれるので、震えが少なくなるのです。(←(^ω^)人前に立つのが苦手な人には朗報だね。)
Wikipediaにも、インデラルは「クラシック音楽の奏者が演奏前に緊張からくる手の震えを抑えるために服用する事がある」とありますから、これは本当なのです。
外科医ともなると、傷口より手の震えの方が大きいと、傷の縫合もできず、仕事になりません。
インデラルを少量うまく使って、私はなんとか医者の仕事をこなしているのです。
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*追記①(2017年11月):この文章を読んだあるドクターからメールが寄せられました。
「自分は整形の手術をしていますが、軽い手の震えに対して、βブロッカーを使っています。ただなんとなく後ろめたい気持ちがしています」
私は返事をしました。
「患者に良い医療を提供しようとベストを尽くすことは、誇りに思うことはあっても、何ら後ろめたく思う必要はありません」
みんな、良い医療を目指して努力しているのですね。
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*追記②(2019年6月):読者Sさんからのメッセージ
<3> 不整脈 の記事に対して、読者Sさんからメッセージをいただきました。Sさんの許可をいただきましたので、ここにそのまま追記いたします。このようなメッセージをいただくと、まさに「書き手|冥利(みょうり)に尽きる」ですね。Sさん、ありがとうございます。
メッセージ
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S:
2018年 12月15日(土) 10時27分
私も心臓には問題ないと言われていますが、不整脈(期外収縮)や動悸があり、インデラルとデパスで押さえています。ガンマオリザノールで改善されたとのことなので私も試してみようと思うのですが、伊能言天(いのうげんてん)先生はどのくらいの量をいつ飲んでおられるのでしょうか?教えていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
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いのう:
2018年 12月16日(日) 15時59分
S 様
メッセージありがとうございました。今の私の場合は、ハイゼット(γオリザノール)半錠を夕食後1回のみ服用しています。最初の頃は2錠くらい服用していたと思いますが、現在は半錠で大丈夫になっています。デパスも服用しておられるとのことですが、ハイゼットは自律神経の調節作用がありますので、もし安定剤としてデパスを服用しておられるならば、ひとまずハイゼットのみにしてみたらどうでしょう。つまりインデラルとハイゼットです。睡眠薬としてデパスを使っておられるなら、そのまま眠前にデパスを使っても良いと思います。効くといいですね。
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S:
2018年 12月16日(日) 21時01分
初めてのメールにも関わらず丁寧なお返事、ありがとうございました。デパスもインデラルも頓服として、デパスは予防的、もしくは症状が弱いときに、インデラルは早く抑えたい時に飲んでいますが、ガンマオリザノールが効くようであればデパスは控えたいと思います。ありがとうございました。
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いのう:
2018年 12月17日(月) 14時14分
了解です。γオリザノールは効く時は1週間くらいすれば分かったように記憶しています。
good luck!
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S:
2019年 05月26日(日) 10時12分
ご無沙汰しています。その節は親切に対応いただきありがとうございました。
あれから1日1錠飲み始めたのですが正直言って効果のほどはあまりよく分かりませんでした。でもずっと飲み続けていましたら最近になって不整脈が起きていないことに気づきました。ストレスがかかると直ぐにしんどくなっていたのも、このところ無くなりました。便意をもようしたときに動悸がしていたのも気が付いたら無くなっていました。デパスやインデラルもほとんど飲んでいません。毎晩夕食後に1錠飲んでいるγ-オリザノールが効いているのだと思います。これからも続けます。
本当にありがとうございました。
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いのう:
2019年 05月26日(日) 20時32分
メール、拝見しました。本当に良かったですね。こういうたぐいの症状は、本人にしかわからないものですよね。私以外の人にも効果があったとは、嬉しいかぎりです。このあなたのメール文を、当該コラムに追記したいと思います。よろしいでしょうか?
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S:
2019年 05月28日(火) 06時06分
当該コラムに追記していただき、困っている方のお役に立てれば幸いです。よろしくお願いいたします。
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追 追記:
γ-オリザノール(ガンマ-オリザノール、英名:γ-oryzanol)とは、米糠(こめぬか)の脂質に含有される、フェルラ酸とステロールとが縮合したエステル類の総称である。
米糠に特有の成分である。コレステロールの吸収を抑える作用、更年期障害などの不定愁訴に効用があるとして医薬品として用いられる。また、紫外線防止のために化粧品に用いられる。
出典: Wikipedia
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*豆知識
不整脈についてまとめてみました。循環器専門ではないので、内容が幼稚なのはご容赦くださいね。
① 不整脈
1)不整脈とは、心拍数やリズムが一定でない状態をいいます。
心拍数から、頻脈性不整脈(100拍/分超)、徐脈性不整脈(50拍/分未満)、心拍異常を伴わない不整脈(期外収縮)に分けられています。
2)全く無症状の場合と、動悸、めまい、胸部違和感、息切れ、胸痛などの症状が出ることもあります。ひどい場合は失神することもあります。
徐脈がひどくなると、脳血流が低下して失神することがあるのです。頻脈が長く続くと(150/分以上が30分間以上続く)心臓が疲れてきて心不全をきたします。
さらに重症な心室細動を起こすと、突然死を来たすこともあるのです。
このように不整脈にも、誰にでも出るようなものから、下手すると命取りになるようなものまでいろいろなタイプがあるので、注意が必要です。
3)心疾患による突然死を心臓突然死といいます。その原因として、虚血性心疾患(心筋梗塞など)や心室細動が多く、QT延長症候群やブルガダ症候群などの不整脈も知られているので、不整脈があれば、突然死にならぬよう、きちんと診断しておく必要があるのです。
4)もし胸が異様にドキドキするとか、左胸でピクンとするような独特な不快感のある人は、自分の手首で脈をしばらく触れてみてください。不整脈が出ていれば、それで分かります。
普通、脈は乱れ無く、規則正しく打っていますが、不整脈の場合、脈が突然欠けたり、リズムが乱れたり、速くなったり遅くなったりします。それを自分で見つけるのです。
5)自分で不整脈に気付いたときは、とにかく病院で心電図(時には、ホルター心電図=小さな弁当箱のような記録器を携帯して、24時間心電図を記録する器械)を取ってもらってください。
どういうタイプの不整脈かを診断してもらうことは、大変大切なことです。治療の必要な不整脈ならば、きちんと治療してもらいましょう。突然死なんて、いやですからね。
そういう私めは、心電図を取っていません。コーヒーを飲むと出ると分かっていたので、よくある「期外収縮」だと勝手に診断していたのです。(←(^ω^)医者の不養生だなどといわないでね)
② 自律神経
自律神経は、循環、呼吸、消化、発汗・体温調節、代謝などの機能を制御し、内分泌系と協調しながら、身体の恒常性を維持しています。
交感神経は、緊急事態に即応できるように作用すると考えられています。緊急事態のとき急いで逃げるため、よく見えるように瞳孔は散大します。早く走れるように呼吸数や心拍数が増加するといったぐあいにです。
余談ですが、相手の異性に好意を抱くと、瞳孔が開くといいますね。相手をまじまじと見たいからでしょうかね。(←(^ω^)その気持ち、分かるよね)
自律神経は、交感神経と副交感神経の2つの神経系からなり、両者の作用は一般に拮抗(きっこう=相互に作用を打ち消すこと)的に働いています。
交感神経末端から放出されるホルモン(カテコラミン)が作用する受容体には、α受容体(αはさらにα1、α2と分けられます)とβ受容体(βはβ1、β2、β3)があり、それを通して交感神経が各器官に作用を及ぼしているのです。
例えば、血管収縮はα受容体により、心拍数増大はβ受容体によるというように、交感神経は作用しています。
③β遮断薬(βブロッカー)
β遮断薬(βブロッカー)は、交感神経のβ受容体に遮断(止める)作用を示す薬剤のことをいい、高血圧や不整脈などの治療に使われています。
βブロッカーはβ受容体全体をブロックするために、気管支喘息の誘発や、糖・脂質代謝への悪影響、インポテンツ、うつ病などの精神症状が起きてしまいます。
インデラルはβブロッカーですから、倦怠感などが出たりしてしまうのです。
β1ブロッカーは、β1受容体のみを選択的に遮断するために、インデラルによるような副作用症状を軽減してくれます。
心血管系にだけ作用するようなもののほうが副作用が少なくて済みますから、最近の降圧剤には、β1ブロッカーが繁用されているのです。
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