第89話 高脂血症は私の持病

 大きな声では言えませんが、高脂血症は私の持病であります。30才の頃から血中のコレステロールが高いために、食事に、薬にと大変苦労してきました。


 健康には自信のあった私ですので、職員検診で初めてコレステロールが高いことを知った時、まさかと信じられませんでした。ところが、何度測っても高めに出ますので、とうとうかんねんして、自分で治療を始めたのです。


 私の母親がこれまた高脂血症でして、最近高脂血症による大動脈硬化症と診断されて、あわてておりました。私の体質は母親譲りのようですから、彼女は今さら手遅れですが(非情な息子だこと)、私は心筋梗塞にならないよう、必死でコレステロールを下げようと努力しているのです。


 有名な米国のフラミンガム研究で、血中のコレステロール濃度が220mg/dl を越えると、心筋梗塞の発生頻度が急激に上昇し、正常の人にくらべて、5倍も心筋梗塞にかかりやすいといわれては、安閑としてはいられません。日夜たゆまぬ努力をしているのです。(コレステロールについての医学的見解は、時とともに変わっています。末尾の豆知識で補足します。)


 余談になりますが、人一倍生活習慣病に関心をもつ私は、生活習慣病予防についてのミニ講演によくでかけました。よく見ると、聴衆は私の倍ちかい年長者が多いのです。自分の倍も長生きしている人を前に、長生きの秘訣などという話をおこがましくもしたのです。


「タバコの吸い過ぎはやめましょう」


 そういう時に限って、だいたい1人か2人、ヘビースモーカーのご長老が同席あそばされ、


「わしゃ、50年もタバコ吸ってるのにこんなに元気じゃ」


と、いやみたらしく仰せになって、その場がしらけるのでした。


 生活習慣病予防をとなえる手前、私は早死にできない宿命にあるのです。


 話を本題に戻します。


 鶏卵、うずらの卵、ウニ、いくらなどの卵類には、コレステロールが多く含まれています。鶏卵を1週間に2個以上取ると、取り過ぎともいわれています。私など、卵のうちでも特にコレステロールの多い黄身は、めったなことでは口にいたしません。ゆで卵など、みじめにも、いちいち白身だけをむいて食べるのです。人の集まる食堂では、「この人なにやってんの」と言わんばかりの目付きで見られます。


 夫思いのわが女房などは痛ましいほどで、食品成分表を片手に、毎日手料理を作っています。血液検査でコレステロールを測る度に、全然好転しないのを聞いては、私以上にがっくりと肩を落とすのでした。


 ここまで努力してもいっこうにらちがあかない場合、薬に頼るしか手はありません。


 ところがこれまた、なかなか思うようにいい薬がございません。


 飲むと、顔が真っ赤になって、お猿の顔のようになってしまう薬しかり。はじめは、顔に湿疹でもできたのかと思っておりましたが、この薬の副作用だったのです。


 確かに効きめはあるのですが、飲んでいるうちに、肝障害が出てきて、怖くなってやめてしまった薬しかり。


 能書きに腸の中でコレステロールを吸着して排出してしまう薬とある。これはいいと飲み始めたはいいが、なんと、いちどきに9グラム、しかも水にといてジュースにして飲まなければなりません。これだけでおなかがいっぱいになってしまいます。


 それに、外で食事した時など、食後に、やにわに大きな袋の薬を取り出して、コップの水でジュースを作って飲むなど、人前では恥ずかしくてできません。これまた「あの人、何やってんの」と、じろじろ見られるのがおちです。これもあきらめました。


 医者の私がいうのも妙ですが、私を治してくれるいい医者はいないかと叫んだほどです。


 ところが、私が生涯かけて探し求めてきた良い薬が、1989年に登場したのです。スタチンといわれる薬です。自分で飲んでみても、副作用らしきものもなく、効きめも確かです。


 最初飲んだメバロチンというスタチン系の薬は、コレステロールは下げてくれますが、中性脂肪はあまり下がりません。


 ところが2000年に出たリピトールという薬は、この両方を下げてくれるのです。今ではコレステロールもLDLも中性脂肪も、ともに正常になっています。


 スタチンの副作用には、重篤なものとして横紋筋融解症があります。横紋筋融解症は腎障害を伴うことがあるため、注意が必要です。私は何の副作用らしき症状はありませんでしたが、私の処方した患者さんで2人だけ、飲んで数日して倦怠感をうったえた人がいました。すぐ中止させました。


 スタチンのおかげで、安心してゆで卵の黄身も、ぜんぶ食べられるようになったのです(意地汚い話しだこと。)


 追記:2006年11月厚生労働省研究班は「卵を毎日食べても食べなくても、心筋梗塞になる危険度はあまり変わらない」との疫学調査を発表しています。もっと早く発表してほしかったなあ。


*豆知識


 ①血液中にある脂質(油)には、コレステロール、中性脂肪、遊離脂肪酸、リン脂質の4種類があります。大胆にもこれを肉まんに例えると、この4種の脂質が肉まんの具のように混ざり合っていて、その表面を蛋白質がカワのようにおおっています。(元来、水と油は溶け合いませんが、脂質(油)なのに血液(水)に溶けるのは、表面をおおう蛋白質のおかげなのです。)


 その肉まんのような物質をリポ蛋白と呼んでいます。(もちろん血中を流れる微小粒子ですから、肉まんのようにデカくはありません-当たり前)コレステロールとリポ蛋白のこの構造上の関係を頭に入れておくと、高脂血症が理解しやすくなります。


 リポ蛋白は、比重によって、HDL(高比重リポタンパクHigh Density Lipoprotein)、LDL(低比重リポタンパクLow Density Lipoprotein)、VLDL(超低比重リポ蛋白Very Low Density Lipoprotein)、IDL(中間比重リポタンパクIntermediate Density Lipoprotein)などに分類されています。


 コレステロールについての医学的見解は、新しい知見が得られるたびに、いろいろと変わっています。コレステロール(正確にはリポ蛋白)には善玉と悪玉があるということが分かり、悪玉のうちでも、酸化LDLが真の悪玉といわれるようになりました。


 米国で大規模な疫学調査が実施されて、コレステロール値は高すぎても、低すぎても寿命を短縮するという結果が出ました。


 血中コレステロールが200mg/dL以上では冠動脈疾患(心筋梗塞)による死亡率が急速に増大し、180mg /dL以下では冠動脈疾患以外による死亡率が増えるため、結果としてコレステロールが180-200mg/dLが最も死亡率が低下するということが判明したのです。


 日本では一般に、コレステロール値が220 mg/dL以上の場合を、高コレステロールといっています。


 現在の臨床では、心血管のリスクと強く関係するものとして、コレステロールよりLDLと中性脂肪が重視されています。高脂血症(2007年に高脂血症から脂質異常症に改名されたようです)の治療は、このLDLと中性脂肪を是正することに、主眼が置かれています。


 いつか近いうちに、さらに新しい知見が発見されると、またこの正常値も変更されるだろうと、私は思っています。


 ②次に高脂血症の治療薬のスタチンですが、スタチンは肝臓でのコレステロール生合成を低下させます。


 1973年に日本の遠藤章らによって最初のスタチンであるメバスタチンが発見されて以来、様々な種類のスタチンが開発され、高脂血症の治療薬として世界各国で使用されています。


 私の愛用するスタチン系の薬は、①商品名メバロチン(一般名プラバスタチン)製薬会社:第一三共/ブリストル・マイヤーズ スクイブ ②商品名リピトール(一般名アトルバスタチン)製薬会社:アステラス製薬/ファイザー  です。


 2008年ころから、スタチンが糖尿病の発症リスクを増大させるという報告がなされています。高脂血症も糖尿病も、同じ代謝疾患ですから、服薬には注意が必要です。


(詳細は、Wikipediaをご参照下さい。)


③レムナントコレステロール(2018年3月追記)


 最近、日本動脈硬化学会で注目されているのは、レムナントコレステロール(正確にはカイロミクロンレムナント)というものです。


 2017年11月15日に放映されたNHK番組、ためしてガッテンでも取り上げられました。


 食べ物から吸収されたコレステロールが、小腸から肝臓に運ばれているものがレムナントコレステロールで、最近の研究で、動脈硬化を引き起こす大きな要因となることが分かってきました。


 レムナントやLDLコレステロールなど、血管に悪さをするコレステロールのことを、 「non-HDLコレステロール」と呼ばれています。


 non-HDLコレステロール値は計算で出すことが可能です。


(総コレステロールの数値)-(HDLコレステロールの数値) =(non-HDLコレステロール)


基準値


150~169mg/dl    やや危険

170~ 危険


 従って健康診断のコレステロールの各項目で、HDLコレステロール、LDLコレステロール、そしてそれから計算されたnon-HDLコレステロールそれぞれが、基準値内にあることが良いとされているのです。


④善玉コレステロールは“質が大事”(2019年1月追記)


 2018年11月28日に放映されたNHK番組、「ためしてガッテン コレステロールの救世主!血管を掃除する秘策」 を転載します。


新発見!善玉コレステロールは“質が大事”

善玉の“吸う力”を上げる、魚のアブラ「EPA」!


 健康診断でおなじみの「コレステロール」。コレステロールにはLDL(悪玉)とHDL(善玉)という2つの種類があります。「悪玉」は体の様々な細胞の材料となるコレステロールを運ぶ役割、そして「善玉」は血管の中で増えすぎたコレステロールを回収する役割を持っています。悪玉の数値が高いと、将来脳梗塞や心筋梗塞を起こす危険性が高まることが知られています。ならば、「血管のお掃除をしてくれる善玉は多い方がいいよね!」と考えがちですが、話はそれほど単純ではないことが最新の研究で明らかに。実は、善玉が余分なコレステロールを回収する能力、いわば“吸う力”には個人差があり、その“吸う力”が脳梗塞のかかりやすさに深く関係していることが分かってきたのです。病気を未然に防ぐためにも重要な善玉の“吸う力”をアップさせる方法をご紹介します!!


新発見!善玉コレステロールは“質が大事”


 昨年、善玉の“吸う力”についての重要な研究結果が報告されました。24年前に採血された血液サンプルを使うことで、善玉コレステロールと病気の関係がよりはっきりと分かったのです。この研究によると、善玉の吸う力が高い人は、低い人に比べて脳梗塞になるリスクが6割も減っていました。さらに、善玉の数値、つまり量が多いか少ないかで調べると、脳梗塞のリスクに有意差は認められませんでした。つまり、善玉コレステロールは“質が大事”だということが分かったのです。


善玉の“吸う力”を上げる、魚のアブラ「EPA」!


 今回、20~60代の50人の方に協力していただき、善玉の吸う力が高い人と低い人では何が違うのかを大調査しました。すると分かったのは、善玉の吸う力が高い人は、血液の中の「EPA(エイコサペンタエン酸)」の濃度が高い、ということでした。「EPA」とは、オメガ3という油の一種。そして、このEPAは特に「青魚」に多く含まれる油として知られています。番組では善玉の吸う力が低い人5人に2週間、毎日1食、食事のメニューに青魚を加えてもらいました。すると、5人のうち4人の善玉の吸う力がアップしました。また近年、日本人の魚の摂取量が減少しています。食事のメニューをお肉からお魚に置き換えるだけでも悪玉コレステロールを減少させる効果が期待されると言われています。ぜひ毎日の食卓に「青魚」を加えてみください!


追記:高脂血症が持病の私めは、人一倍コレステロールに関心を持っています。5年に一度くらいその内容は変更されています。私の若い頃はコレステロール、中性脂肪云々といったシンプルな内容でしたが、それに善玉、悪玉コレステロール(HDL、LDL)が登場し、そのうちに悪玉のLDLでも酸化 LDL がより悪さをするとなりました。


 その後レムナントコレステロールが登場し、今回の、HDLでもその質が重要だと言われ出しているのです。


 あまりによく変わるので 何が何やらわからなくなってしまいます。検診などで HDL、LDL の値に一喜一憂していたことが馬鹿らしく思われますね。


〈つづく〉

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