第57話 患者もいろいろ-バズーカ砲

 「バズーカ砲」って、ご存じですか。戦場で兵士が肩にかついで打つ、円筒状のロケット砲をそう呼ぶのです。


 この話は糞詰まり(ふんずまり)の話。(←(^ω^)これで筋が読めちゃうかな)


 みなさん、糞詰まりって経験ないですか。私は若いころ1度だけあります。苦しいのなんのって、経験した者でしか分かりませんよね。


 石ころのような固い便が肛門にすっぽりはまって、出るに出られず、戻るに戻れず、にっちもさっちもいかなくなるのです。


 うんうんうなって出すのですが、下手すると肛門が裂けそうになったり、脱肛(肛門が飛び出してしまうこと)になってしまいそうになるのです。


 夕方の遅番をやっている時のことです。


 50代のおじさんが、苦痛表情で外来にやって来ました。時間外ですから人手もないし、検査も終わっていて、応急処置しかできません。


「どうしたんですか?」


「うんこが出ないんだよ」


「じゃ下剤でも出しましょうか」


「それじゃダメなんだ」


「ダメ?……」


 なぜダメなのか不思議に思って話を聞いてみると、既にイチジク浣腸をしたというのです。


「それでもダメで、指を突っ込んでほじったけど、出ないんだ」


「自分でほじったの!?」


 摘便といって、ナースが患者の肛門に指を入れて、便を掻き出すことはよくある処置ですが、それを自分でやるとは、相当頑固な便秘症の持ち主です。


「今回は出ないんだよ。苦しくて苦しくて」


 ああ困ったという顔をして、おじさんは言います。


「じゃあ、もう1度ここでやってみましょう」


「た、たのみます」


 外来のベッドに寝かせて、まず直腸診をしました。(⇒豆知識)


 ゴム手袋をつけて、肛門に指を差し入れ、肛門から直腸を診るのです。これでだいたい肛門から5cmくらいまでなら、触れることができます。


 指を入れると、すぐにガツンとでかくて固い塊にぶつかりました。


(はて、これはなんなんだ!?)


 こんなところにあるものは、大きな便塊か、ガンのような腫瘍でしかありません。


便塊かガンかは、専門医ならすぐ分かりますが、これほど大きくて固いとなると、


(はて!?)


としばし思ってしまいます。


 指を中で動かして探ってみると、塊は動きます。押せば奥に引っ込みます。


 ガンの場合、これだけ大きいとまず動きません。さらに球形のガンは、直腸には見かけません。


「これは糞詰まりだ。浣腸しよう」


 ナースがグリセリン浣腸液を、120㏄肛門から注入しました。


 浣腸というのは安易にやると恐いものです。時に、迷走神経反射を起こして失神したり、心肺停止をきたしたりするのです。


 私は浣腸でそうなった高齢の患者を2人経験しています。1人は心肺蘇生をして助かりましたが、もう1人は亡くなってしまいました。


 浣腸してしばらくベッドに寝ていてもらい、便に十分、浣腸液が浸透した頃合いを見計らって、私が付き添ってトイレに行きました。


 夜で人手がないので、万一、心肺停止など起こされたら、たまったものではありません。


 昔のことで、トイレは和式でした。


 お尻を出したおじさんが、便器をまたいで金隠しに向かってしゃがみます。その背後から私もしゃがみます。


 和式トイレだと、しゃがまなければ、私の手が患者の肛門に届かないからです。(←(^ω^)大の大人が、便器をまたいで2人並んでしゃがんでいるのも、妙な光景だよね)


 手袋をつけた人差し指をおじさんの肛門に入れました。直径5~6センチはありそうなでかい便塊が、直腸に鎮座しておいでになります。


「こんなでかけりゃ、絶対出てこないなあ」


「うん、うん」


 おじさんは、返事しながらうなっています。


 浣腸液で軟らかくなった便塊を、指でゆっくりと直腸壁に押しあて、少しずつ砕いていきました。


 すると指が便塊の中に食い込んだのです。まさに串団子のようです。


 おもむろに串団子をグイッと引っ張り出すと、


「ズドーン」


 まさにバズーカ砲を打ったような勢いで、便塊が飛び出して来ました。


「おお!出た」


 おじさん、にんまり笑って座ったまま後ろを振り向きました。


「良かったねえ」


 目と目があって、ほんの束の間の喜びに2人はひたったのです。


 ところがしばらくして、後ろで見ていたナースが、


「わあ先生、ズボン、ズボン」


 その声にひょっと自分の足元を見やると、便塊といっしょに浣腸液に溶けたうんこが便器をはみ出し、私の靴からズボンのすそまで飛び散っているのです。まさに運のつき。


 思わず跳び上がりました。


(クソ~!)(←(^ω^)これこそ本当のクソだね)


 医者も患者も、うんこまみれになって、ズボンを脱いだり、足を洗ったり、あと始末におおわらわでございました。


 やれやれ医者というのは、滅菌した手で手術することもあるかと思えば、時にはうんこの世話までやらなきゃならんのですよ。



* 豆知識 自分で直腸診をする方法


 私自らが実践している、自分で直腸診を行う方法をお教えします。あくまでも、自己責任で行ってくださいね。


 入浴時に行うのが便利です。挿入した指に便がついても、すぐ洗い落とせるからです。


 入浴中の頃合いを見計らってバスタブから出て、それに向かってしゃがみます。利き手でない手をバスタブの縁にかけ、姿勢を安定させた方がいいでしょう。


 排便後にトイレットペーパーでお尻を拭く要領で、利き手で石鹸を肛門周囲と利き手の人さし指にぬります。滑りやすくするためです。


 挿入する人さし指の爪は、短く切っておく方がいいでしょう。爪が長いと、挿入したときに粘膜を傷つけます。


 人さし指を肛門の中央に押しあてて、滑らせるようにして中に挿入します。3~5cmくらいでしょうか。その時少しリキムと肛門が開きますから、入れる穴が分かりやすいでしょう。痛みがあれば、すぐ止めてください。


 指を入れるとその先端に直腸壁を触れることができます。そこで少しリキムと、直腸壁が指を押すように下がってきます。


 痛みが無いていどに、ゆっくりと周辺をさわります。


 正常な直腸壁の感触は、口の中に指を入れて、左右の軟らかいロ腔粘膜を外に向かって押しつけた時のような感触です。肛門もロも似てるものだよね。(←(^ω^)コラッ、汚ないことをいうな)


 そこに何か硬めのものがあれば、それは便かまたはシコリ(腫瘍)のどちらかと見ていいでしょう。


 もしシコリがあるようなら、いつかまた早めに、入浴した時に直腸診を行い、同じようなものがあれば、消化器科または外科の医師に相談するのがいいと思います。


 くれぐれも、痛みがあればすぐ止めてくださいね。

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