第56話 患者もいろいろ-前からそんな顔

 私が患者さんを診察する時は、まずその顔付きを見ます。顔付きに元気があるかないか、生気があるかないかは、その病気の重篤さを即断するのに、大切な情報となるからです。


 顔付きでも、目が大きい小さい、鼻が高い低いといったものは、元気とか生気とは関係無く、生まれつきのものです。本人には何の責任もありません。しいていえば、産んだ親の責任でしょうか。(←(^ω^)親だって、責任取れといわれても、困るよね)


 こういう生まれつきのたぐいは、たとえ医者であっても、おいそれとは口に出せないものなのです。


「その顔は、元々なんですか」


などとは、本人から言い出したのならともかく、こちらからは言い出しにくいのです。


 例えば、バセドウ病のような甲状腺機能が亢進する病気の場合は、目が大きくなってとび出てくることはよく知られています。(⇒豆知識)


 しかし程度の差はあっても、生まれつきそういう目付きの人はいるものです。(←(^ω^)そうそう、いますよね)


 生まれつきの人に、


「その目付きはいつからですか」


とは、なかなか聞きづらいものなのです。


 目ならまだいいほうで、鼻の高低となったら、うかつに口にしようものなら、「セクハラ!」(←(^ω^)何ハラになりますかね)と、怒らせてしまいます。


 そういう難儀な時は、色々探りを入れながら、


「顔がむくんだりしませんか?目がおかしくはないですか?」


などと、カマをかけてみるのです。


 その話しに乗って、顔のことに触れてくれればしめたもので、


「ちょっと目がとび出ていませんか?」


「そういえば、そんな気がします」


というように、それを話題に出来るようになるのです。


 ある時40代の女性が、糖尿病の治療に外来へ来ました。


 彼女の顔付きは、鼻が大きく、唇がぶ厚くて、まさにオニガワラのような顔付きでした。(←(^ω^)オイコラ、レディーに失礼だぞ!)


 一瞬ギョッとして、しばし眺めていました。


(この顔、生まれつきなのかなあ……)


 本人はその点については、まったく触れません。


「そのオニガワラのような顔付きはいつからですか」


などとは、口が裂けても言えません。相手が女性ならなおさらです。


 素知らぬふりをしながら、おっかなびっくり、


「顔がむくんだりしませんか?」


とカマをかけてみるのですが、トンと話にのってきません。


(元々の顔なんだろうなあ……)


 そう内心思いながら、顔付きの件はひとまず置いておいて、糖尿病の治療を開始しました。


 血糖のコントロールは少々難渋しましたが、インシュリン注射までいかないで、経口薬でなんとか血糖のコントロールがついてきました。


 外来で糖尿病のフォローをしながら、顔のことは触れずじまいで、ついに数年が経ってしまったのです。


 徐々にそのオニガワラ顔が、ひどくなってきていました。私は気付いていましたが、まさかそれが病気だとは、夢だに思わなかったのです。


 ところがある時、頭痛を訴えたため念のために頭部CTを撮ってみたら、何と、脳下垂体に腫瘍が見つかったのです。


 脳下垂体は、成長ホルモンを産生分泌する臓器です。脳下垂体の腫瘍による過剰な成長ホルモン分泌によって起こった「先端巨大症」だったのです。


 先端巨大症は、指先とか鼻、顎などの先端が肥大してきます。それで、オニガワラのような顔付きになっていたのです。糖尿病もそのせいだった可能性があります。(⇒豆知識)


 脳外科の先生に手術をしてもらってその腫瘍を切除したら、その肥大は徐々に軽くなってきました。


 それで初めて、彼女の顔付きが元々のものではなかったことが、分かったのです。


 ただし、オニガワラとはいかないまでも、それらしき容貌は残りましたので、ある程度は生まれつきのところもあったんでしょうね。


 当の本人は、事ここに至っても、最後まで気付きませんでした。


 ゆっくりゆっくりと病状が進行すると、そういう変化は、本人も医者も分かりづらいものなのですね。大いに反省しました。(←(^ω^)誤診だ)


 医者に顔付きを聞かれても、大切な問診の1つだと、気を悪くしないでご協力くださいね。


* 豆知識(Wikipedia参照)


①バセドウ病とは、甲状腺自己抗体によって甲状腺が瀰漫性に腫大する自己免疫疾患です。


 症状は、甲状腺腫大、眼球突出、頻脈、体重減少、手指振戦、発汗増加などがあります。


 甲状腺ホルモンの血液検査で診断されます。


(←(^ω^)甲状腺は、首前面の喉仏の下方(足側)3cm辺りにあり、蝶形をしています。腫れれば分かりますが、正常では分かりません。正常の甲状腺を見つけられたら、医者になれますよ)


②先端巨大症


 先端巨大症は、脳の下垂体前葉の成長ホルモン分泌腺細胞が腫瘍化し、成長ホルモンが過剰に産生され、手足や内臓、顔の一部分が肥大する病気で、唇が厚くなる、額が突き出る、下あごがせり出る、四肢の異常な発達などの症状が現れます。


 骨発育停止前に成長ホルモンの分泌が過剰に起こると、身体全体が大きくなる「巨人症」になります。


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