3章 病気もいろいろ患者もいろいろ
第46話 患者もいろいろ-ねじれた頭
医者が十人十色なら、患者はなおさらのこと。なにせ、日本にいる医者は28.6万人ですが(平成20年末現在)、患者は予備軍を含めると1億人近くいるからです。
今まで出会った病気や患者さんのうち、特異な事例を紹介してみましょう。
まずは、かけ出しのころの私の失敗談です。失敗談はいっぱいあって書き切れませんが(←(^ω^)やぶな医者だこと)、笑っちゃうものを選んで書いてみます。だいぶ昔のことなので時効扱いにしてくださいませ。
〈ねじれた頭〉
ここでいう頭とは、頭は頭でも、首の上にあるオツムのことではなく、男性のシンボルたるペニスの先端部のこと。ちなみに、ペニスの先端部を亀頭部(←(^ω^)形が似てますよね)といい、それをおおう皮膚を包皮と呼んでいます。
私がまだかけだしで、某病院でアルバイトをしていた時のことです。その病院には、泌尿器・性病科がありました。外科をやっていた私は、それも兼任して診ていたのです。
その外来には、包茎の患者さんがたくさん来られました。「包茎」って聞くと、殿方はビクッとするほど気にしているものなのです(←(^ω^)男ならお分かりですね)。
包茎とは、男のシンボルたるペニスの先端が、ごていねいにも、しっかりと皮で梱包されているものをいうのです(豆知識参照)。(そういう私も何を隠そう、若い頃、立派な包茎だったのです。他言は無用に願います。)
殿方にとって、その包装は迷惑千万なものでして、切り取ってほしいとおこしになる方が、後を絶ちません。
と言って別にそれがあっても、害があるわけではありませんし、セックスに支障をきたすものでもありません。
自分も包茎のくせして、真顔で、「フーム、どれどれ」と包茎の患者を診察するのも、妙な気分なものです。
包茎の手術は理屈は簡単、余分の皮を環状に切除します。チクワをペニスとみたてれば(←(^ω^)そんなに大きくはないよね)、その皮の一部を4~5cmにわたって輪切りにして切り取り、その両はしをつなぎあわせる手術なのです。手技はそんなに難しくはありません。
ただ、どれくらいの皮が余分なのか、3cmなのか5cmなのか、その寸法の見立てが、包茎専門医(そこでは包茎の手術ばかりやっていましたので、私はそう呼ばれていました。どうだい)の腕の見せ所です。
皮の切除が少な過ぎれば、せっかくの手術も水の泡、包茎は改善されず、逆に多過ぎると、とんでもないことになってしまいます。夫婦生活で、いざ出陣(?)とペニスが立ち上がったとたん、皮が短か過ぎて、どんづまりになってしまうのです。
「なによ、これ」
と、奥方に肘鉄をくらうのがオチなのです。
包茎専門医の異名をとる私も、最初の頃は「猿も木から落ちる」ような失敗作がありました。
ある時、中年のおじさんが、包茎を治してほしいとやってきました。立派な包茎です。
ここぞ腕の見せ所と、はやって手術をしたせいか、麻酔が不十分だったのです。
この手の手術の麻酔は、局所麻酔といって、まさしくその局部に麻酔剤を注射するのですが、皮をむいている最中に麻酔が切れてきてしまったのです。
「痛い、痛い!」
叫んで、おじさん、手術台の上で跳びはねます。
それはそうでしょう。あんな敏感なところを切ったりはったりされたら、だれでも跳び上がりますよね。今思うと、なぜ局所麻酔を追加しなかったのかが不思議です。それほど焦っていたのでしょうね。
「もうちょっとだ。がまんして!」
跳びはねるたびに、ペニスはあっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら。それにつられて、こちらもいっしょに右往左往。
焦るし、いらいらしてきます。急いで切除断端を縫合し始めました。
こういった形成的な手術では、端と端がうまく合うようにするために、四か所ほど、最初に目印の糸をつけるのが基本です。裁縫でも、縫い目が狂わないように、待ち針をつけますね。それと同じです。
焦っていましたから、それをやらずに一点から、がむしゃらに縫っていってしまったのです。患者の叫び声など無視して、というより聞く余裕もなく、針を刺したり抜いたり、ひたすら縫い続けます。
しばらくして、やれやれもう少しだなと、ペニス全体を見渡してビックリ仰天。何と!縫い目がちょっとずれてしまっているのです。
「まだですか、まだですか。早くして」
という患者の声に、もう一度全部ほどいて縫いなおすなんて、余裕もなければ、気力もありません。付いた看護婦も、「あ~あ」てな顔して見ています。
仕方なく少しぐらいいいだろうと、むりやり縫い込んじゃったのです。手術は無事に終わりました。というより、終わらせちゃいました。
「抜糸するまで使用禁止、毎日通院して下さい」
厳重にそういいわたし、術後の経過を外来でフォローしました。
抜糸するまではむろんのこと、術後2週間くらいは、夫婦関係はもてません。はやまって関係しようものなら、ペニスが立ち上がったとたん、縫い目がはち切れてしまうのです。
無事に抜糸もすみ、
「そろそろいいでしょう」
と使用許可を出しました。
ところが、しばらくして、
「先生、変なんです」
けげんそうな顔つきでその患者は来院しました。
「あのとき、頭がねじれるんです…」
術後に外来で診ていたときは、たるんだ状態のペニスを診ていたので気付かなかったのですが、まじまじと見ると、縫い目がずれた分だけ確かに少し頭がねじれているのです。
「これが実戦でグイッとのびれば、ますますねじれるだろうなあ。は~て、どうしよう…」
患者によーく話を聞いてみますと、セックスには支障はないようです。困った私は先輩の先生に相談しました。
「な~に、かえって奥さんもよろこぶんじゃない」
大笑いしながら冗談めかして言うものですから、
「ねじれていても心配ないよ。だいじょうぶ」
と太鼓判を押しました。
それ以後、一度もおいでにならないところをみますと、ねじれ頭のペニスは実用化されたようです。
「ああ、よかった」
こんなことで裁判ざたにでもなろうものなら、原告、被告はおろか、裁判官までもが赤面しながら、うつむいて審理しなければならないところでした。(トホホ)。
次話は女性患者の巻です。
* 豆知識
①包茎(ほうけい、英:phimosis)とは陰茎の亀頭が包皮に覆われて露出不可能ないし露出に問題が伴う状態をいいます。
陰茎は亀頭部と陰茎体部からなり、包茎でない限り、包皮を陰茎の根元側へ寄せると包皮がめくれて亀頭が露出します。
国際的には、包皮の翻転ができない場合を包茎といいますが、日本ではこれを真性包茎といい、亀頭が包皮に覆われているだけの場合「仮性包茎」と呼んでいます。(出典:Wikipedia)
②カナダ・マクギル大学健康センターのA.S. Dubrovsky氏らは,3歳以下の男児を対象とした研究の結果、包茎の程度(尿道口の見え方)で尿路感染症のリスクに差はなかったことを報告しました。(出典:メディカルトリビューン2012年7月12日)
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