第47話 患者もいろいろ-消えた綿球

 前話と同じ病院での出来事。今度は女性です。


 中年のおばさん、おりものが多いと、性病を心配してやってきました。泌尿器、性病科を兼任していた新米医師の私は、女性の局部など平気でみられるほど度胸はありません(←(^ω^)今ならともかく)。


 大学病院の先輩が笑って言っていました。


「研修医が若い女性患者の胸を打診するとき、手が震えてうまく打診できないんだよ」


 ご存じのように、医師の診察には、問診、視診、触診、聴打診があります。


 打診というのは、左の中指を患者さんの身体にあて、右の中指でたたいて診断するもので、手が震えると、なかなか中指に当たらないのです。


「この先生、しんまいね」


 そう思われたら最後、ますますあせって失敗してしまうのです。


 人ごとではありません。


 培養のために、彼女の膣から分泌物を採取しなければなりませんから、緊張して手が震えます。ベッドに寝かせて、いざ出陣。


 腟周囲に発赤が見られますから、立派な腟炎の所見です。


 女性の局部は、解剖を良く知らないと分かりにくいところです。1番前方に、尿道があり、続いて腟、肛門があるのです。たいていの人はこの順番です(←(^ω^)当たり前)。


 ちなみに解剖学では、人体の向きを表現するのに、立位を基本として、右側-左側、頭側-尾側、前-後、腹-背、消化管なら口-肛門、というように表現します。


 膣は奥深く、さらに手が震えているときますから、ピンセットではさんだ綿球を、挿入してこすりつけたはいいが、ピンセットを取り出したら、綿球が消えてしまったのです。


「あれ~、どこかへ行っちゃった…」


 落っことしたのかと思い、あわてて彼女の背中や衣服をまさぐって探しました。ありません。焦りまくって膣の中を盲目的にいくらピンセットでつまんでも、空振りするだけ。どこにも綿球はないのです。


 患者は「どうしたの?」てな顔して見ています。


(こりゃまずいなぁ)


 そーっとナースの顔をのぞくと、「またやっちゃったのね」と呆れ顔。


 あせりました。冷や汗たらたらです。そのまま知らんぷりしようかとも一瞬思いましたが、後で綿球による膣炎でもおこされてはたまりません。


 患者に知られまいと素知らぬふりをしていたら、


「はい、これ」


 付いたナースがおもむろに差し出しました。膣鏡でした。ベテランナースのほうが、若造の私よりよっぽどよく知っています。


(くそー、またナースにやられた~)


 バツが悪いのなんのって、ありゃしない。


 余談ですが、医者より腕の立つナースはいっぱいいます。医者に付いて熟練すれば、下手な医者より腕のいいナースが、悔しいけど育つのです。


 医者だって、臨床医ならそんなに学力はなくてもつとまります。だいぶ昔、入学試験の数学0点で、入学できた医大生もいましたっけね。


 ただ、研究者ともなるとそうはいきません。頭脳がいります。その証拠に、臨床では「じゃまな〇」といわれたのに、ノーベル賞を受賞した医師がどこかにいましたね。(←(^ω^)コラ~!ノーベル賞医師に何ということを)


 ありがたいことに、私と同じ苦汁をなめたからか、クスコ先生が発明したクスコ膣鏡というのが置いてあったのです。


 受け取ってみると、その膣鏡のでかいこと。


「こんなでかいの入れるの。まあいいか、ここから児が生まれるんだもんね」


 ブツブツ独りごとを言って、グイッと膣鏡を間違いなく膣に挿入しました。


 余談ですが(←(^ω^)余談が多いね)、まじめな話、三つの穴を間違えることだって時にはあるのですよ。肛門に入れる坐薬を膣に入れたりするのです。


「おお、入った、入った」


 感心しながら奥をのぞき込むと、子宮頸部あたりに、いまいましい綿球めが、ふてぶてしく隠れておりました。


「こんなところに、おいでなさったか」


 まさに、「おいでなさった」という言葉がぴったりの感動ものでした。


 ピンセットでつまみ出して、一件落着。


「あ~あ、良かった」


 頭をかきかき、ナースに綿球を渡したのです。


 この時以来、私はナースに頭が上がらないのです。(弱っちい医者だこと。トホホ)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る