第14話 人体解剖 その2 病理解剖
医師になってから係わる人体解剖には、司法解剖、行政解剖、病理解剖があります。
犯罪性のある死体に行われるのが司法解剖で、災害など行政上の見地から死因を明らかにする必要がある時に行うのが行政解剖です。
司法解剖や行政解剖は専門の医師が行いますので、一般の医師が遭遇する解剖は病理解剖です。
病理解剖は、病気で死亡した人を対象に、死因を特定したり診断、治療の妥当性を判定したりするために行われる解剖です。
解剖は医師ならだれでもできるというわけではありません。解剖するためには特別な解剖資格が必要なのです。
解剖資格を持たない内科や外科の臨床医は、病理解剖医の解剖を見学するか、指示を受けながらいっしょに解剖します。
私も公立病院時代に、何度か病理解剖医といっしょに解剖に携わったことがあります。
8畳間くらいの飾り気のない解剖室の中央に、ステンレス性の解剖台が置かれています。(←(^ω^)別に飾る必要もないけどね)
死亡診断され家族の承諾が得られた場合、病理解剖が行われます。
解剖実習の場合の遺体は、薬に長く浸けられて保存されていますから、皮膚や体つきそのものがだいぶ変化しています。
ところが死亡して間もない場合は、体にまだぬくもりがあり、ともに病気と闘ってきた記憶が主治医には鮮明に残っています。いくら死体といえども物体と見ることはできません。
病理解剖する先生は、そのような感情的なつながりはありませんので、作業は機械的になります。
解剖には決まった手順があり、それに従って解剖されていきます。
私も手術でお腹や胸を開くことは何度もありましたが、解剖の場合は、活気あふれる手術室とは違った独特の雰囲気があります。
当然ですが活気があふれてはいないのです。(←(^ω^)後で書きますが、手術室はすこぶる騒がしいよ)
シーンと静まり返った肌寒く感じる解剖室の中で、黙々と臓器を調べ摘出していくのです。交わす言葉は必要最小限のことしかありません。(←(^ω^)夜中のことも多いのでいっそうそう感じるのかもしれませんよ)
皮膚切開は、胸から腹にかけてY字状に、いっきに切開します。
そして肋骨をニッパのようなハサミで切断し、車のボンネットを開けるように胸をパカッといっきに開き、心臓、肺など胸腔内を目視します。
腹部は中央の切開創から腹腔内に入っていき、肝臓、胃腸などを調べます。
手術の場合は間違えば死に至らしめるので、細心の注意を払って切開、切断、切除をしていきますが、解剖の場合は視触診で臓器を調べると、一塊にしてその臓器群を取り出してしまいます。
これがいかにも大胆というか、機械的というか、手術とは大違いで、外科医の私にはすこぶる違和感を覚えたものです。(←(^ω^)物体だと割りきらないと、とてもじゃないがやってられんですよ)
臓器を取り出すと、ガランドウになった胸腔や腹腔内に綿を詰めて、切開創を縫合閉鎖します。
衣服をつけると外見からは、重さだけからしかその変化は分かりません。
取り出した臓器はその後、病理組織標本にして顕微鏡で精査していくのです。
視触診で得たマクロの情報と、顕微鏡で得たミクロの情報から、病理学的な診断を下すのです。
手術後に亡くなった患者さんの家族から、
「医学に役立つのなら、どうぞ解剖してください」
そう申し出があったこともありました。
その真摯な態度に胸が熱くなったことを覚えています。
〈つづく〉
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