第23話 物事は効率よく

「天魔と戦争の為に武器集めって……この街でやるのか? 本気で?」


 堅い表情のブリジッドに尋ねると、彼女はしっかりと頷きを返した。


「ええ、本気ですとも。何せ……つい先日、天魔の集団が近くの集落を滅ぼしたことが確認済みなんです。街を守るためには、戦う以外の手段は残っておりません」

「だから、武器をかき集めていた、と」

「はい。天魔王さえいなければ、人の身でも強い武器さえ持てば、対処は出来ます。ただ、自警団や防衛隊に持たせる武器が足りないため、とにかく手近な商人を招いていた、というワケなんです」

「そうか。天魔の集団がセインベルグに来ている、のか……」


 ゲーム時代では到底ありえなかった事だ。


 天魔とは人を裁き殺す役割を持ったモンスターで、街を襲撃するイベントはいくつも作られていた。

 ただ、それがセインベルグに来るだなんてイベントはゲーム時代は無かった。何せ、


「この街は、天魔が殺す人間の数が少ないのに、わざわざ狙って来ているのか……」


 彼らは効率よく人を裁くため、人口密集地である大陸中心部の街を狙うという設定だった。


 いくら発展して人口が増えているといえ、大陸の端にあるこの街に来るのは設定と矛盾している。


 ……ただ、それはゲームの話で、ここは現実だ。


 狙われているのがおかしい、と考えるのではなく、何故狙われているのか、を考えるべきだろう。


「この街の襲撃理由は分かっているのか?」


 そう聞くと、目の前のブリジッドは苦笑した。


「ラグナ様は鋭いですね。……確かに、この街の人口は中央に比べたら全然ですけれどね。ただ、天魔達にとってこの街を狙う理由、人口とは別にありまして。実は――」


 と、そこまでブリジッドが話した時だった。


 ドタドタ、と部屋の外が慌ただしくなった。

 そして数秒の後に、あせった表情の男が一人、部屋に飛び込んできた。


「ブリジッド様! お話中の所申し訳ございません。緊急のご報告があります!」


 男は入るなり、俺達に会釈をしながら声を張り上げた。


「何事です?」

「下級天魔の一部隊が街に出現しました」

「――ッ! こんな時に……!!」


 ブリジッドは歯噛みをした後で窓の外を見やる。


「出現ポイントは? 対処はどうなっていますか」

「位置は北門の関所。数は七! 現在は自警団が対応しておりますが……武器がいきわたっておらず、押されている模様です!」

「くう、まだ仕入れが終わっていないというのに。なんてタイミングの悪い……!」


 ブリジッドは悔しげに顔をゆがめた後で、深く息を吐いた。

 そして俺達を見て、


「ラグナ様! 説明はもう少しだけお待ちを。先に天魔を片付けさせてください」


 そんな事を言ってきたのだが―― 


「いや、ブリジッド。俺は待つ気は無いよ」

「え?」

「俺はそういう報告連絡を後回しにされるのが凄く苦手なんだよ。仕事をしている時から効率厨だとか、同僚から言われる位に」


 効率の悪い働き方は苦手だ。

 デバッグをやっていた時からそうだし、それは今でも変わらない。

 問題が発生したのならばすぐに原因と理由を報告してほしいと思う。急にタスクが入ってきたからといって、その件を後回しにされるのはとても腹が立つ。だから、


「あ、あの、どういうこと、でしょうか?」

「どうもこうも、俺とレインとケイで、その天魔の尖兵を倒してくるって言ってるんだよ。……いけるか、レイン。ケイ」


 俺が両隣に座る少女に尋ねると、彼女たちは待ってましたと言わんばかりに立ちあがった。


「はい、もちろんです! 天魔王から解放されたこの体、存分に使いますよ!」

「ケイも、やる。この体で本格戦闘するのは初めてだけど、楽しみ」


 二人はやる気十分だ。

 自分が育てた彼女たちが活躍したがっているのを見たら、俺もやる気が出てきた。

 

「さて、さっさと済ませて話に戻りたいから、案内してくれ、ブリジッド。その天魔が出たって場所によ」

「は、はい!」


 そうして、俺はレインやケイと共に、俺達は街の北部へと繰り出すことにした。

 もしも喋れそうな奴ならば、上手い事情報を絞り出せればいい、とそんな事を思いながら。



 街の北部では既に、自警団対天魔の戦闘が開始されていた。


 やってきた天魔は、白い物体で出来た人のような形の何かに、のっぺりとした顔を付けた、人形のような存在だ。


 みな一様に、白いカラーリングの武器を手にしている。人はそれを下級天魔と名付けていた。


 そして下級天魔達は急に街へ現れたかと思うと、まず目に付いた人間に向かって手にした剣を振りおろしていた。


 そんな輩を自警団の面々は倒すために武器を奮っていたのだが、


「ぐ……武器が通らねえ!」


 自警団の一人が天魔に向けて振り下ろした剣が、しかし体に当たる前に弾かれた。そればかりか、半ばからベコリと曲がってしまう。

 それを見た、別の自警団メンバーは叫ぶ。


「天魔の鎧だ! レベル二〇以下の武器しかもってねえやつはさがれ! 防護を突破できねえ上に、武器を壊されるぞ!!」


 天魔には自動的に身を守る防護機能があった。

 下級とされる天魔でも、ただの武器では傷一つ付けることが出来ない。


 レベル二〇以上の武器があって初めて、天魔の体にダメージを与えることが出来るのだ。けれども、


「くっそ! その武器がねえなら話にならねえじゃねえか! 武器の輸送隊はまだなのか! 冒険者は?!」


 剣を曲げられた自警団の男は、曲がった武器をその場に捨てながら仲間に聞いていく。


「冒険者は南門の防護に向かいました。また、武器の輸送は先ほど出たとの連絡が!!」

「出前じゃねえんだぞ! 俺達だけで持つわけねえだろ!」


 自警団の目の前には、既に下級天魔が七体、立っていた。

 その体には手傷は少しばかりあるが、隙を見せれば好き勝手に人を殺しにこれるレベルの負傷しか与えられてない。


 このままでは、自警団が全部やられる。そればかりか、自分たちの後ろにいる住民の平和すら壊れてしまう。

 

 ……くそ。何か、何かほかにないのか。秘密兵器でも何でもいいから、奴らを倒せる武器を――!


 そうして自警団の男がよそ見をした瞬間、下級天魔が突撃してきた。


「ぐっ!?」


 高速で、重たい体がぶち当たり、自警団の男は地面に転がされる。

 

 だが、下級天魔の動きは止まらない。そのまま剣を振り上げ、二撃目の動作に入っていた。

 もう止められない。必死の一撃だ。


 くそ……ここまで、か……!


 冒険者が歯噛みと共に、その振りかぶった剣を見上げた瞬間、


 ――ザッ


 という軽い音が響いた。

 その音が終わると同時に、下級天魔達の動きも止まった。そして、 


 ずるり、と、下級天魔達の首が落ちた。

 七体ともすべてだ。


「え? これは、どうなって……」


 突然の出来事に自警団の面々がぽかん、としていると、


「おーい、大丈夫かよ、自警団の兄ちゃん?」


 そんな声が背後から聞こえた。自警団の一人が振り向くと、そこには光の剣を周囲に漂わせた女性がいた。

 

「……美しい」

「うん? おい、大丈夫かよ、アンタ。ぼーっとしてるけど、怪我でもしてるのか?」

「あ、ああ、ちょっと見とれていただけで、俺は大丈夫だ」


 こんなにも綺麗な人がいるのか、と自警団の男は剣を従えた女性を視ながら頷いた。


「? 何に見とれているか知らんが、まあ、無事で何よりだよ。ところで、この辺りにいる天魔はこれで最後か?」

「そ、そうだ。下級天魔の先遣隊だから、本隊はまだ残っているだろうが……今回の襲撃者はあれで全てだ」

「なるほど。まだ本隊がいるのか。面倒だけど……また戦うしかないか」

「ま、またという事は、先ほどの攻撃は全て貴女がやったのか?」

「俺だけじゃないけどな」


 そう言って女性は視線を横に向けた。そこには、炎の剣を持った少女と、雷の鉈を持った幼女がいた。

 光の剣を従えた女性が手を振ると、彼女たちも嬉しそうに手を振り返していた。とても気軽なやり取りであるが、倒した天魔を挟んでの行為だ。自警団の男は驚愕していた。


「あ、貴女達は一体……何者なんだ? 天魔の鎧を突破できるほどの力を持っているだなんて……」


 その言葉を聞いた女性は、苦笑した。


「何者って、よく言われるなあ。――まあ、一介の、鍛冶師だよ。じゃあな、自警団の兄ちゃん」


 それだけ言うと、女性は去って行った。

 光の剣と、炎や雷の武器を持つ少女を従えて。


「な、なんだったんだ、あの人たち」

「わ、分からねえ。ただ……とんでもなく美しくて、強かかったのは、確かだ」

「ああ、それは同意する。鍛冶師って言っていたあの女性、あの剣を従えてる姿を見ると、戦乙女(ヴァルキリー)の方が近い気がするぜ……」


 自警団の面々は彼女たちを見ながら、熱に浮かされたような顔で、そんな言葉を口にするのだった。

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