第18話 変化しつつも変わらない場所

 服飾品の店はすぐに見つかった。

 街の大通りから一本外れた路地に面して、その大きな服飾店は建っていた。


 ……発展して見慣れない場所もあるとはいえ、ゲームで見た通りにあるんだな。


 ゲーム時代にこの街はたくさん訪れた。


 サブイベントがとても多かったので、デバッグの必要性が非常に高かったからだ。


 ……何度も何度もバグ処理したからなあ。


 その上、サブイベントでしか覚えられない戦技もあったのでマーシャルを連れてきたり、この地方限定のアイテムを集めるときも、探索しまくった。


 だから、意外と見知った場所も多いんだよな、と思いながら、店に入る。

 店内には、いくつもの衣類がきれいに陳列されていた。


 その中の一つ、目の前にあった白いワンピースに少しだけ触れてみた。すると、

 

【上等な絹のワンピース レベル十 状態:良】


 との表記が出てきた。

 ステータス看破は物体にも適応されるので、見極めが非常に楽だ。

 ダメそうなものはおいてないと一発で分かる。


 ……ゲーム時代から、この店は上質な衣服素材を取り扱っていて助かったんだよな。


 だからここに来たというのもある。

 ただまあ、値段はその分、張るようで、


「わ、このワンピース、……五千ゴルドもするんですね……」


 レインが目を見開いていた。


「高い方、なんだろうな」

「はい。高級店に分類されると思います……」


 鉄の剣一本が百ゴルドなんだから、その評価は間違っていないんだろう。

 何せ、店内は広いが、俺たち以外の客は二人しかいない。


 この店に来る最中にちらりと見たのだが、周りの店にはもっと客が入っていた。

 客入りが少ないのは、この周辺ではこの店だけだ。


 ただまあ、そのほうが買い物がスムーズに済むし、商品の確認もし易くていい、とも思う。だから、


「ケイ。なんでも好きなものを選ぶといい」


 そう言うと、ケイは店内を見渡してから、いい笑顔で俺の顔を見た。

 

「いえす、ますたー。じゃあ、行ってくる!」


 そしてブカブカなシャツを揺らしながら、嬉しそうに店内の衣服を見始めた。

 元気がよくて微笑ましいな、と思いながら、俺は隣にいるレインを見た。


「んで、レインは買いに行かなくていいのか?」

「わ、私はたくさん持っていますから」


 そう言うレインは先ほどから、俺が最初に触れた絹のワンピースをじっと見ていた。

 じっと見ながら、触ってもいた。

 

「……気に入ったのか?」


 聞くと、レインはぎくりっと肩を震わせた。

 そして、苦笑しながら俺を見た。


「え、ええと、ほ、ほんの少しだけ。きれいだなって思いまして」


 誤魔化すような言い方だから、興味があるのがバレバレだ。


「うん、まあ、買えばいいと思うぞ。レインに似合うと思うし」

「ほ、本当ですか?」

「嘘を言ってどうするんだよ」


 お世辞抜きでレインにはよく似合うと思う。

 生地が薄目だから、夜に着られるといろいろと目のやり場に困りそうだが。まあ、それはそれでいいものだ。


「そうですか……。で、では、お言葉に甘えて少しだけ……」

「ああ。どんどん甘えてくれ。これまで世話になった恩返しを少しでもしたいから、ほかにも外にも欲しいものがあるかどうか、見てくるといいぞ。金はまあ、足りなかったらまた素材を売ればいいんだしな。今ある分は使い切っていいだろう」

「は、はい! ありがとうございます!!」


 そんな感じで、レインやケイと共に店内を見回ること数分。


 いくつかの装備を選んだあと、俺たちは店員のもとにそれらを持って行った。

 そして、会計となったのだが、


「はい。合計で五万ゴルドですね。お支払いの方はどういたしましょうか、お嬢様?」


 店員はそんなことを聞いてきた。


「いつも通り流そうと思ったが一応言っておくか。俺は男だよ」

「え……!? し、失礼しました!」

「まあ、うん、もう慣れたから、それはいいんだけどさ」


 先ほどの言葉で気になった事がもう一つある。それは、


「『支払いをどうする』とはどういう意味なんだ?」

「え? あ、いえ、どこのギルドにツケましょうか、という意味なのですが……。在籍されているギルド名を告げていただければ、そちらで登録しておきますが……いかがしますか?」


 どうやらこの街ではツケシステムなんてものが存在しているらしい。

 だがあいにくと、俺はギルドに在籍してはいないし、そもそもツケなんてものを使う気はなかった。だから、


「いや、現金払いで頼むわ」


 そう言ったら、店員はぎょっとしたような視線を俺に向けてきた。


「げ、現金ですか!? ご、五万ゴルドになるのですが……」

「ああ。そうだな。はい」


 俺は、先ほど鍛冶屋で換金した金の入った袋をどさりと置いた。すると、店員はまたも目を見開いてから、俺を見た。


「こ、これは……すべてお金、ですか?」

「ああ、六万くらいあるから。適当に数えてくれればありがたい」

「か、かしこまりました。しょ、少々お待ちください」


 店員は慌てながらも丁寧に袋の中身の硬貨や札を数え始めた。そして、

 

「た、確かに五万ゴルド、頂戴いたしました」


 袋の中から札の束と硬貨数十枚を取って、恐る恐る俺に袋を返してきた。


 ……この反応はいったい何なんだ?

 

 明らかに驚きようだが、それを見ていると、疑問に思った。


「この店はツケで払うのがが一般的なのか?」


 だから尋ねてみると、店員は困ったような表情で頷いた。


「ええ、困ったことにそうなのですよ。この街では、たくさんの商人が様々な組合(ギルド)を作っておられますので。当店のような一度に支払う金額が多い店だと、組合にツケて、後払いということが多く。ただ、それだと回収しきれないこともあるので。……本当に現金で払っていただいて、ありがとうございます!」


 そして、普通に買い物をしただけなのに、頭を下げられてしまった。更には、


「またのお越しを、ぜひともお待ちしております!!」


 店から出るところまで見送りされてしまった。

 かなり感謝されたばかりか、上客と見られたようだ。

 現金払いしただけでこれとは、普段の客はどれだけツケているんだか。買うだけ買って支払いの悪いお貴族様がそんなに居るんだろうか。


 ……まあ、俺の方も結構買ったけれどもさ。


 俺のとなりでは嬉しそうな顔をしている少女二人の姿がある。

 

 ……この顔を見れたのなら、良いモノを買った甲斐があったってもんだよな。

 

 そんなことを思いながら、俺は、街並みを眺める。

 街が大きくなっているわ、ツケで買い物できるようになっているわ。

 変わっている部分はあるけれども。

 

 ゲームの中でいいものを売っている店は、現実でもいいものを売っていた。


 ……ああ、この店は俺が知っている通りの場所にあって、知っている通りのものを売っていたんだよな。

 

 だから、ゲームとは合致しない部分はありつつも。

 この街は、大体は俺の知っている場所なんだなあ、との実感を得るのだった。

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