第12話 商人との繋がり

 護衛たちを馬車の中に戻した後、ブリジットは馬車の中から大量の菓子が乗った大きなテーブルと、湯気の出ているアツアツのお茶を取り出してきた。

 

 明らかに幌の中に入れておける量とサイズではない。


 ……あの馬車の中身はどんな異次元になっているんだ。


 と思いながら見ている内に、暖かな茶の入ったテーブルが十数、家の前に置かれた。


「さ、どうぞお席についてください。お代わりはいくらでもありますので。好きなだけ飲食して頂ければ、と思います」

「はあ。ありがとうございます」

「いえいえ……先ほどは失礼いたしました」


 ブリジットはそう言って、テーブルについた俺に向かって深々と礼をしてきた。


「何の謝罪だ?」

「貴方を疑い、レインさんの信用を傷つけようとしてしまいましたから、重ね重ね謝罪を。そしてお礼を。天魔によって苦しめられていた人々を助けて下さり、本当に感謝の言葉しかありません


 先ほどの護衛とは違って、ブリジットは俺が天魔を倒したことを疑ってはいないようだ。

 ただ、俺としてはそこまで彼女に感謝されるようなことをやった覚えはない。


「そんなことで別に頭を下げることはない。俺はやりたいようにやっただけなんだから」

 

 言うと、ブリジットは目を丸くした。


「そ、そうですか。て、天魔を倒した偉業をそんなこと扱いする人がいるとは思いませんでした……。凄い方なんですね、ラグナ様は」

「偉業、って、それほどの事なのか」

「と、当然です! この百数十年、天使ならともかく、天魔王を倒した人間はいないのですから!」


 ブリジットは慌てた口調で言ってくる。

 ゲーム中では誰しもが天魔をぼこぼこにしていたので、あまり偉業というイメージはない。

 

「レイン。ブリジッドが言っているのは事実なのか?」


 だから隣でお茶とお菓子を楽しんでいるレインに聞くと、彼女はこっくりと頷いた。


「そうですね。少なくとも私が生きてきた中で、天魔王を倒した『人間』はいませんでした」


 マジか。とんでもない強敵扱いだったんだな。ゲーム的に言えば初心者用レイドボス、だったのだけれども。認識を改めなきゃな、と思っていると、


「ラグナ様は一体、何者なんですか? こんな危険なモンスターが跳梁跋扈している地で、レインさんと同居できている時点で、只者ではないというのはわかるのですが」


 ちらちらと顔色をうかがいながら、ブリジットが尋ねてきた。


「もしかして……どこか高名な魔術師や剣士様でいらっしゃるのでしょうか?」

「いや、何者って言われてもなあ。ラグナ・スミスっていう、一介の鍛冶師としか言いようがないな」


 こちらの世界に来てから分からないことは多いが、それだけは事実だろう、と告げた瞬間、

 

「ら、ぐな、すみす?」


 ブリジットは口をパクパクとさせて、動きを止めた。

 そして、息をのんでから、俺を驚きの視線で見てきながら、

 

「そ、それは、本名でいいのでしょうか?」

「うん? そりゃまあ、自己紹介で偽名を使う意味はないからな。でも、どうしてだ?」


 聞くと、ブリジットは数秒、呼吸を整えてから答えを口にした。


「ラグナスミスというのは、百数十年前にいた鍛冶神の名です」

「……鍛冶神?」

「はい、この世界における伝説の武器――天魔王を封印出来る唯一の武装を生み出し、千の技を持つ武神マーシャルと共に、何百もの偉業を成した。最も新しい現人神。……偉大なる英雄の名前です」

「お、おう、そうなの、か……?」


 思わず言葉が詰まりかけた。

 なにせ、デバッグ仲間だったマーシャルという名前が予想外の所で出て来たんだから。


 ……おいおいおい、神にされているぞ、アイツ!

 

 まあ、俺の名前も入ってしまっているが。

 ただ、その神がどうとかについて、現時点で何が言えるわけでもない。

 何が真実かもわからない。だからここは、適当に頷いて話を合わせておこう。


「あー……同姓同名ってだけだろうな、うん。鍛冶師っていうのも偶然だ」

「そう、ですか。確かに、偉大な神の名前を子供に付ける方々もいらっしゃいますしね。しかし鍛冶師であり、神の名を持ち、天魔すら打ち倒す力の持ち主とは……本当に貴方の存在は驚愕ものです」


 若干、ブリジットの俺を見る目が変わった気がした。

 どちらかというと商人っぽい、損得を測るような目になっている。

 

 まあ、敵意を感じる視線でもないし、そのままにしておこうかな、と思いながらテーブルの茶に口をつける。

 

「美味いな、これ」

「あ、ありがとうございます。セインベルグは交易都市ですから、豊富な物資と人材と情報が集まるので、何か入用なものがありましたら、ご連絡くだされば、全力で用意させて頂こうかと思います。――たとえば、このご自宅を直す大工なども格安で派遣できますよ?」

 

 ブリジットは、半壊した家を見ながら言ってくる。


「当商会は幅広い品ぞろえがウリでして。荷車を異空間とつなげることで何でも入れられる馬車から、腕利きの大工、冒険者の傭兵まで、言って下されば何でも揃えます。謝罪や感謝の代わりとして、初回は無料で提供させて頂きますし。必要なものがあれば、是非遠慮せずにおっしゃっていただきたいのですが……」


 こちらを心配しつつも随分な営業トークをしてくるな。こちらを丁重に扱う反面、わりと商人気質らしい。だが、生憎と、この家に関してはそういうものが全く必要なかった。なぜなら、


「ああ、いや、直すのにそんな人ではいらないさ。鍛冶で直せる」

「え? それは、どういう意味です? 鍛冶で家は直らないと思うのですが」

「うーん、俺もそう思ったんだけどな。……口で説明するよりやって見せた方が早いか。《鍛錬》開始」


 そうして無造作に鍛冶スキル発動させた俺は、家の柱に触れることで、ステータスを確認する


【一部修復された木造家屋 (ノーマル) レベル21】 


 昔と同じような説明文が表示された。そして現在樹木と鉄材は既に準備されている。ならば出来る筈だ、と俺は鍛冶スキルを発動した。

 瞬間、家を白い煙が覆い、


「――!」


 煙が晴れた瞬間には、我が家の屋根は完全に修復されていた。また名称の方も、


【快適な木造家屋 (ノーマル) レベル22】


 としっかり直っている事が分かった。そして鍛冶スキルを使いなれて来たのか、それとも成長したのか、使用したポイント数がその場でわかるようになった。


 これは便利だ。家を直すのに掛った時間はほんの数秒ほどだし、本当に素早く楽に直せてしまった。

 

 鍛冶システムで家が直る仕組みは未だにわからないが、こうして使い物になるのだったらいい事だ。そんな事を思っていたら、ブリジットの顔が青ざめていた。


「これ、が鍛冶?  いや、しかしもう、神の御技にしか見えない……。やはり、ラグナ様は……」


 どうやら、微妙に、誤解が進んだかもしれない。

 俺は彼女の、血の気が引いた顔を見てそう思うのだった。

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