第11話 朝の訪問者
レインと共に朝食をとった後、俺達は外に出て、家の修繕に取りかかることにした。
「さて、直すか」
「はい。今日で屋根は作っちゃいましょうか」
鍛錬で自宅が直せる事は分かっている。そして、木材は先ほど切り倒した丸太をレーヴァテインで更に切り分けることで確保したし、周辺の鉱物系モンスターを倒すことで、鉄材も集まっていた。
このまま鍛錬に入れば直せるのだろうが
「どうせだったら、当初より綺麗なものに直したいよな。レベル50くらいまで上げるか」
と笑いながら言うと、レインは申し訳なさそうに頬を掻いた。
「私は別に、ラグナさんと一緒に住めるならどんな所でも大丈夫なんですよ?」
「そうか? でもまあ、どうせ壊れたものなら、もっと良いものにしてやりたいだろ。よりよく鍛えて育てた方が恰好も付くしさ」
俺の力で鍛えられるものならば、より良いものにしたい。それは俺が普段から思っている事なのだが、
「ふふ、ラグナさんは、本当にラグナさんですね」
レインは嬉しそうにはにかみ、俺の腕にぎゅっと抱きついてくる。
「……そうですよね。ラグナさんは、錆び錆びだった、私でも見捨てず育ててくださいましたし。ええ、本当に、ラグナさんと一緒に入れて嬉しいです」
そうして頬を赤らめて、俺の体に顔をうずめてくる。
その柔らかさを味わいながら、本当にこの娘は可愛いなあ、と思って頭を撫でていると、
「――!」
背後から、馬のいななきが聞こえた。
見れば大きな幌馬車がこちらへ近づいてきている。
それを引く馬には見覚えがあった。というか先日見たばかりだ。
「うん? いつもの通販は先日来た筈だが……レインは何か頼んだのか?」
「いえ、私は何も。なんでしょう?」
俺達が首を捻っていると、幌馬車は眼の前で止まった。
そして、幌の中から、軽装鎧姿の男たちが降りてくる。
それはもう、十人単位でぞろぞろ降りてくる。明らかに幌馬車の中に入らないだろうという数だ。
……そういえば、ゲームではギルド馬車とかあったっけなあ。
数十人単位でレイドに挑む際、その数十人が一斉に乗って移動できる癖に、見た目は小さな幌馬車というアイテムだ。完全にフレーバーアイテムだったのだが、ロールプレイをするときに良く使われていた。
そんな事を考えている間に、出て来た男たち数十名は幌馬車の前に、二列に並ぶ。そして、一人の女性がその列の間を歩いてきた。
頭にゴテゴテとした髪飾りを乗せた長身の女性だ。彼女は俺達の前まで来るとぺこりと一礼した。
「こんにちはお二人とも。そしてお久しぶりです、レイン様。お楽しみの所、朝から押しかけてしまってすみません」
そこまで言われて、俺達は抱きつき合っている状態であることに気づく。
だが、別に悪い事をしているわけじゃない。それはレインも同じ考えらしく、俺に抱きついたまま、彼女に返答した。
「気にしないでもいいですよ、ブリジッド。私はラグナさんと一緒にいる事に、なんら恥じる事などありませんし」
レインは精神的に強い子だから、堂々と返事が出来るらしい。ブリジッドと呼ばれた女性の方がタジタジな表情になっている。
「そうですか。相変わらず、お強い方ですね……。そして、ラグナさん、でしたか? お初にお目にかかります。私はブリジッドと申します。セインベルグという街の冒険者ギルドと商業ギルドの統括会長をしております。朝からこんなに物々しい護衛を連れて、女性お二人のの御宅に尋ねて申し訳ありません」
「はあ……これまたご丁寧にどうも」
セインベルグはここから南に歩いて二日ほどかかる位置にある街だ。
ゲーム中で何度も訪れていたから名前は知っている。
「それで、ブリジッド会長さん? が、こんなところになんのご予定で? どうやらレインのお知り合いのようですが」
「ええ、レイン様とは古い友人と言いますか、この地に天魔王を封印する際に協力させて頂いている身でして」
「協力、というと?」
「日常生活に入用なものを、全て提供させて貰っていたのです。レイン様が天魔を封印して街を守るなら、私は彼女の生活を守ろうと、そう思いまして」
「ああ、通販をやっていたのは、ブリジッドさんのところだったのか」
「ええ。出来ることは物資の提供しかありませんでしたが。こちらは街を守ってもらって莫大な利益を得ているというのに。商人の理屈に反した状態で本当に申し訳ないです」
申し訳なさそうにいうブリジッドに対し、俺に抱き着いていたレインは首を横に振った。
「いえ、良いんですよ、ブリジッド。私はそれでも、十分助かりましたから。貴女のような、本来は他人に厳しい商人が私を助けてくれるということだけでも、有り難い事だと思っていますし」
「そうです、か。そう言って頂けると、助かります」
ブリジッドは静かに頷いた。どうやら、頑張る彼女を手助けしてくれる人もいたようで、彼女を育てていた俺としてはちょっと嬉しくなった。
そう思っていたら、ブリジッドの表情がやや不安げなものになった。
「ただ、昨日、街の占術師が炎の天魔王の力を感じて、その反応が掻き消えたと報告してきまして。大急ぎで参ったのです。もしかして封印が解けたのか、と思いまして」
言いながら、俺達の背後にある家と、焼け焦げてまっ平らになった林と岩石地帯を見やる。
そして青ざめた顔になる。
「これは、天魔王の封印が解かれた、という認識でよろしいんでしょうか。この破壊規模を見るに、かなり暴れまわったようですが……」
確かに、林と岩石地帯が平ったくなって、家が半壊しているのを見ると何かが暴れた後みたいに見えるな。ただまあ、原因はちょっと違うのだが。
「レイン様が生存しているという事は、また封印は出来たのでしょうか。そのあたりのお話を聞かせて頂ければ、と思うのです……が……?」
話している途中で、ブリジッドの視点が俺の手に行った。正確には俺の持つ、少しだけ錆が残る赤い剣に、だ。
「あのお、ラグナさん? その錆びの入った剣はどこで手に入れられたのですか……」
「ああ、天魔王を倒して引っこ抜いてきたんだ」
そう言った瞬間、ブリジッドの口がぽかん、と空いた。そして、
「……え」
ブリジットは呆けたような顔をして、それから数秒たって息をのんだ。
周辺の男たちもだ。
「そ、そんな、だって……天魔ですよ? 街を滅ぼし、大陸を蹂躙し、男は殺し、女は犯す。刃は通らず、魔法を受けても回復する、あの天魔を……アナタのような女性が?」
そしてブリジットは唇を震わせながら俺を見て来る。というか、さっきから気になっていたけれど、
「待ってくれ。俺は男だぞ」
「ええッ!?」
性別を訂正したらさらに驚かれた。
後ろの男たちも同時に口をあんぐりと開けた。というかそっちのリアクションの方がでかいぞ。
おいおい、見た目は女性的でも、声は男だと思うんだけど勘違いし過ぎじゃないだろうか。まあ、今はその話をするところじゃないから置いておくけれど。
「それと、天魔王の件なら安心してくれ。きっちり倒したからな」
「ど、どうやって、ですか。あの天魔は、どんな攻撃すらも通じず、レイン様のお力を借りるしか、止める方法が無かったというのに……」
「どうやってもと言われても、普通に力押しをしただけなんだが……」
……そういえば設定的には天魔は結構やばい奴だったな。
俺が勝てたのは、攻略方法を知った上で、それをこなせる力があったからだ。
もしも攻略方法を知らなければ、延々に物理半減自動回復されたまま、溶岩の体で攻撃され続けることになる。
それで全滅したパーティーなんてものは、ゲームでも大勢いた。
……ただ、ここは現実だ。
全滅したら命を落とす。初見殺しはそのまま死に直結する。
天魔が脅威とされるのはそこが理由だろう。そんな事を思っていると、
「本当に、その剣が抜かれていて、天魔王の反応が無いという事は、倒された、のでしょうか……」
「そこは私も保証しますよ、ブリジッド。私もこの目でしっかりと見ました」
「れ、レイン様も見たのですね……。だとすると、信じるべき、なのでしょうね。そもそもレベルが高すぎて、誰ひとりとして触れる事すらできなかった剣を、このお方が持っているということは……」
ああ、封印の癖に割と野ざらしになっていて不思議だったのだが、触れる事が出来る人がいなかったのか。
そういえば、武器レベルを使用者のレベルが上回っていないと使えなかったなあ、とゲーム中の知識を思い返していると、
「あ、あの、ラグナ様でよろしいでしょうか?」
ブリジットの接し方が、恐る恐るしたものに変わっていた。。
「いやいや、そんなにかしこまらなくても」
「い、いえ、ですが、天魔を倒した貴方様を普通にお呼びすることはできません……」
「様付けは少し恥ずかしいから、普通で良いのに」
と、苦笑していると、それを見ていた、背後の鎧姿の男が口を挟んできた。
「そうですぞ、ブリジット殿! ギルドの会長である人がそんな、誰とも分からぬ者にそのような言葉づかいをする必要はありません。ええ、こんな女のような顔立ちをした、男を騙すような見た目の者に!」
とても威勢がいいというか、後半が私怨が混じっているぞ。
ただまあ、どうにも俺にブリジットが畏まっている姿が我慢できなかったようだ。
そして一度口を滑らしたら止まらないのか、どんどん俺に向かっての暴言が増えてくる。
「そう! その武器を使えている事は驚きですが、天魔を逃がして、倒したとうそぶいている可能性もあります! なにせ見た目からすら我らを騙すような男だ。ですから――」
そこまで言った男の口は、ブリジットの手によってふさがれた。
「静かに」
彼女の表情は、とても焦ったものになっている。
「今の貴方のセリフは、このお方に対する侮辱だけではない。……この場にいる彼を認める人を敵に回す発言ですよ」
そんな事を言いながらブリジットはレインを見る。
レインの表情はとても穏やかだったが、しかし、目が笑っていなかった。
その体からは火の粉すら出るほどに、感情を昂らせていた。
「レイン……怒ってるのか?」
「はい、すみません。ラグナさん。私や、剣としての私が何かを言われるのはともかく。私の大切な人を馬鹿にされたのは、許せませんでした」
そんな彼女を見て、軽装鎧の男は尻もちをついていた。
「ひいいっ……す、すみません!」
「落ち着けレイン。謝っているし、俺は気にしないから、大丈夫だよ」
「はい……」
俺がレインの頭をなでると、どうにか火の粉は収まった。
優しくて、物腰柔らかな彼女だが、俺に関する沸点は少し低いようだ。もっと気楽に構えていいのに。なんて思っていると、
「申し訳ありません」
ブリジットが頭を下げて来た。そして、後ろの幌場所の方を一瞥した。
「謝罪の代わり、というわけではないのですが、大量に食材や資材、そしてお茶も運んできています。ですので、一緒にお茶をさせて頂く事は可能でしょうか? 和解のためにもお話を聞かせていただきたい事もありますし」
「ああ、まあ、俺は別に。レインもいいか?」
「ええ、勿論。ラグナさんがよろしいのであれば」
「だってさ。それじゃ、ごちそうになるよ、ブリジッド」
「はい、有り難うございます……!」
そうして俺は、ホッとした表情を浮かべるブリジットから情報収集も兼ねてお茶をする事にした。
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