カルテット番外編「さよなら」

椎堂かおる

第1話

「あいも変らぬやつだ…」

 苦笑しつつ、マードックは海都から届いたばかりの文書を、読むともなく読み返していた。

 昼時が過ぎる頃、港からわざわざ早馬を寄越して届けてきたものだ。

 隣大陸からの渡りの品らしき質のいい紙には、かなり急いで書きつけた様子の愛想の無い文書が連ねられている。引き寄せられたように右肩のあがる独特の筆跡は、マードックには見覚えのあるものだった。

 悪筆の部類に入るものかもしれぬが、妙な味がある。手紙の終わりに捺されてある、ご大層な族長の印璽(いんじ)にも、不思議と見劣りしない。

 印璽に象(かたど)られてるのは、竜(ドラグーン)だ。

 長い首と頭が三つある竜が、剣を抱いている。名はマルドゥークという。

 かつてこのあたり一帯の海に棲み、初代の海エルフ族長と契約を結び、この部族の守護竜となったという、伝説上の生き物だ。

 しかし竜はかなりの気まぐれだったという。なにしろ頭が三つもあるのだから、自分自身の考えも三つに分かれてばかりでまとまらない。

 あの弟子(ヘンリック)にふさわしい。

 ずいぶんと身に合ったものを手に入れたではないか。

 マードックはひとり笑って、手紙をぶらさげたまま、卓上にあった酒盃から一口すすった。火酒の酒精が喉にひどく熱く感じられる。

「あの星は、竜の目(アズガン・ルー)というのだ」

 かすかな声でひとりごちて、マードックは杯を戻した。

 昼をすぎた庵は静かで、潮騒の音がきこえてくるばかりだ。

 独り言が板についたものだと、マードックは思った。考えてみればもう、人生のほとんどをこの庵で過ごしている。

 つねに誰かが身近にいたようでもあるが、一人で生きてきたようにも思える。

 この世で生きることは、別れ、失い、忘れ去ることの繰り返しだ。

「……いかん、酔ったようだの」

 マードックは自嘲して、ぴしゃりと自分の額を叩いた。

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