再会

 旗艦にいるアルフレートの元に、本国の諜報機関ニズヘグから緊急入電が入った。

「どうした」

モニターに長官のバッヘムの辛気臭そうな顔が映る。

「反乱が起きるまで、タラニスでイルダーナ軍残党の調査をしていた部下の提言なのですが」

そう前置きをして語りだした。


「旧ホルス共和国秘密警察残党が、今回反乱を起こしたイルダーナ残党に関与しているようです」

「何が言いたい」

「要塞への突入許可を」

「構わん。だがどうやって突入するつもりで?」

「小型艇による要塞本体への強行突破です。要塞に突っ込む前に、乗員の魔導師は跳躍魔法で要塞内に侵入します」

「かなり強引な手段だな。それも部下の提言か?」

バッヘムはうなずいた。

「わかった。前線では小型艇の母艦が撃沈されるかもしれない。安全なフォルセティに来るように」

「御意」


 バッヘムとやり取りしている間に、イルダーナ軍が動きを見せた。

アルバートの二個艦隊がにわかに突出し、アルフレートらの三個艦隊へ挑戦状を叩きつけたのだ。

「どういうことだ」

数で勝る側に突撃を開始するなど、アルフレートには理解できない。

「中央は後退し、両翼は前進せよ」

彼は定石通りの動きをした。

相手の意図が読めない以上、他に手段はない。


 敵を中央に引き込み、両翼を伸ばして包囲を試みる。

それを待っていたかのように、イルダーナ軍は突入してくる。


 罠がある。

それをアルフレートはわかっている。

しかし何を仕掛けようとしているのかわからない。


 突撃を続けていたアルバート艦隊が、にわかに前進をやめ、両翼へ広がる動きを見せる。

アルバート艦隊は自主的に二分された。


 艦隊が割れた。

その瞬間に、赤黒い閃光がニブルヘイム艦隊中央を襲った。

残された小球体二つと、地上のトゥアハ・デ・ダナーンから放たれた主砲だ。

陣形を伸ばし、壁が薄くなった艦隊は、攻撃を十分に受け止めきれる守備力が失われていた。


 旗艦フォルセティにいるアルフレートに、最前線の状況を肉眼で捉えた。

本来なら最も安全な場所にいて、最前線は自軍の戦艦に遮られて見えないはずだ。

しかし見えてしまった。


守りに隙が見えたその一瞬、ニブルヘイム艦隊に出来た間隙を縫って、小型艇がフォルセティに突っ込んだ。

揺れるフォルセティ。

「被害状況は!」

「フォルセティ右側面に損傷。航行への影響はありません」

副官アイラの報告を受けて、アルフレートは安心しようとしたが、致命的な続報をもたらした。

「艦内に敵兵が十人ほど侵入したそうです」


 アルフレートは反応に困った。

船を制圧するにも、アルフレートの首を狙うにしても、わずか十人の兵士ではどうしようもない。


「艦内の兵士を差し向けて鎮圧しろ」

そうアルフレートが命じたとき、ブリッジの扉が静かに開いた。

扉を開けて入ってきたのは、長い黒髪の女性一人だ。

「ニズヘグ所属のイリーナ・アハトワです。今回はちゃんと扉から入りましたよ」

アイロニカルな笑みをアルフレートに向けた。


 彼女はホルス革命の際にニブルヘイムに逃げ込み、跳躍魔法を行使した際に、アルフレートの家の窓ガラスを割って家の中に侵入してしまった。

そのことがきっかけで、先帝エアハルトに仕えることになった経緯がある。


「窓ガラスを割って入る以外の入室方法を知っていたとはな。作戦のことは聞いている。艦内の敵を排除してからだ」

「それの件ですが、艦内に侵入した敵はおそらく私の同胞と思われます」

その話が来るとわかっていたかのように、彼女はすぐに返事をした。

「つまり敵はホルスの元工作員か」

「その通りです。普通の兵士では勝てません。私に迎撃の許可を」

「許可する」


 彼女は敬礼すると、すぐにブリッジを出ていった。

敵は艦内構造を頭に入れて突入し、その意図はアルフレートに銃を突きつけ、何かしら条件を引き出そうとするのだろう。

ならば船が危険に陥る真似はしないはず。

そう睨んだイリーナは、部下を敵が目的を達成するために通過するであろう通路に、人員を配置した。


 彼女自身は最も重要な場所に就いた。

ブリッジに至る通路。

イリーナはそこに陣取った。


 銃声がこちらに近づいてくる。

足音も接近してくる。

この足音は幼少の頃から施設で聞いている。

遂に足音の主が彼女の前に現れた。


「久しいね。エーリューズニルでのクーデター騒ぎのとき以来か」

右手に拳銃を握り、彼女へ近づく。

「これ以上近づかないで」

「今度は当てられるかな」


 ここで何もかも、しがらみを終わりにする。

悲しいけれど、彼は敵。

敵は始末しなければいけない。

それが私だから。


 イリーナはためらいなくトリガーを引いた。

エフセイはいとも簡単に銃弾を避けた。

「狙いが正確すぎるんだよ」

彼は一気に距離を詰めてくる。

エフセイは走りながら撃ってくるが、イリーナはそれを避けて、彼女もまた距離を詰める。

接近戦の始まりだ。

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