破滅への勇敢な突撃

 両軍の艦隊と地上軍がホルス領内でにらみ合っている。

コンラートも帝国本土に対応を伺っているが、返事はまだない。

「こうなることは最初から織り込み済みだろう。ならばいっそ先制攻撃を仕掛けた方がいいじゃないかな」

「冗談にしても問題発言ですよ」と参謀にたしなめられているその時、赤黒い光線が旗艦をかすめていった。

「死神が鎌を振るったのか? 全軍応戦しろ! こうなった以上、本国の指示など待てるか」


 コンラート率いるニブルヘイム軍も殺意の返事をする。

禍々しい光線が、雨のような銃弾が両陣営で応酬される。


 先手を打ったムスペルヘイム軍が徐々に優位に立ち始めた。

「どうせどちらも事前の準備のできていない偶発的な局地戦だ。ひたすら守りを固めて停戦に持ち込んでもらおう」

コンラートは全軍を後退させ、戦列を立て直し守りを固めた。

レンツもそれを無理に攻撃せず、戦況はにらみ合いに推移することとなった。


 両軍が交戦を始めたと聞いた帝国本土のアルフレートたちは、この後の対応に迫られている。

「相手から攻撃を仕掛けてきたということは、これは戦争を辞さない敵意の発露そのものではないのか」

アルフレートが言った。

「我が国でクーデター未遂が起きて、そちらの対応に忙殺されると踏んだ行動でしょう」

ヒルデブラントの意見に諸将が頷いた。

「こちらに対応できる余地はないと考えての今回の行動とするなら、戦争になることを考えていないか、それとも攻勢計画があるということだろう」

「陛下、それを逆手にとってこちらから仕掛けるというのですか?」

ヒルデブラントの問いを肯定した。

「こちらも総力戦の用意はできておりません。まずは停戦協定を結び現状維持を図り、その後にあるだろう、ホルスにおける利害をどうするかの話し合いまで待つのがよろしいかと」

アルフレートはそれに賛同し、ムスペルヘイムとの停戦と戦時体制の構築を指示した。


 トゥオネラ人のクーデター未遂は過ぎ去り、次の戦争へ関心が急速に移行していく中、アルフレートの副官である、アイラ・アロネンの胸中は複雑なものが渦巻いている。

彼女はトゥオネラ人だが、今回の件に関与していない。

しかし同じ民族として、アルフレートに近すぎるとして連座しなかったことが、却って恐ろしい。

普通なら副官を外されてもおかしくはなく、現状に対しても何ら説明は為されていない。


 何もしていないのだから、罷免はしないし、そもそも説明する理由が生じないとも言える。

それでも幼少の時より憧憬の念を向けてきた人ゆえに、心がざわついて仕方がない。

こちらから声をかけるべきだろうか。

軍の施設内であれば、副官として隣に控えていることができる。

そして今も、緊急会議中の部屋の隣室で待機している。

ならば会議後に話しかけても差し支えなければそうするのがいいかもしれない。


 アイラが逡巡しているうちに、部屋の扉が開かれた。

「会議は終わったよ」

アルフレートだ。

宮殿に戻りながら今後の動向を聞き、艦隊指揮官としての連絡事項を彼から伝えられた。

一通りの業務連絡を終えたいま、あのことについて話すべきタイミングだろう。


「陛下、トゥオネラ人の小官をなぜ罷免なさらないのですか?」

問われたアルフレートはきょとんとした。

質問の意図を理解しかねると言いたげだ。

「貴官はクーデターに関与していないのだから、罷免する理由はない。それにトゥオネラ人だからといって差別はしないよ」

ただ良識と優しさしかない返事により、今度は彼女が困惑した。

「どうかしたか?」

「い、いえなんでもございません」


 宮殿の前で2人はわかれ、アルフレートは宮殿へと入っていった。

執務室と兼用の私室の前に差し掛かると、イレーネに声をかけられた。

「お兄様、なぜあの方をそばに置いているのですか?」

「誰のことを言ってるんだ?」

「アロネン副官のことです」


 ため息をついて、イレーネを私室に入れた。

「反乱に与していないのだから、彼女を罷免する理由はない」

「ですが――」

「トゥオネラ人だからという理由で、一斉に罷免すれば、国内がルーン人とトゥオネラ人で分断されてしまう。ニブルヘイム人という概念で、国をまとめなければいけないというのに」

「どうしてもあの人を排除しないということですね?」


 クーデター前からイレーネの様子がおかしい。

焦燥感をにじませている。

彼女はもともと政治的なことに興味関心はない人物。

やはりこのように歪めたのは、ヒルデブラントではないのか。

「お兄様がこの国を思い、守るのならば、私も自分の世界を守るために行動を起こします。では、失礼します」


 踵をかえしてイレーネが出て行った。

何をするつもりだろうか。

思いつめた瞳。

彼女の瞳の先に何が映っているのか、アルフレートにはわからなかった。

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