硝煙、大陸を覆う
「全軍、宮殿に突入せよ!」
ヒルヴィの命は下された。
しかしそれに対する答えはない。
「どうした、命令は出したぞ。なぜ攻撃しない!」
ヒルヴィの乗る戦車の運転手が、重い沈黙を破った。
「もう終わりです。我々の負けです」
「なればこそ、ヒルデブラントを何が何でも討ち果たし、目的を達しなければいけない」
「あなた方の勝ち目のない権力闘争で、命を危険にさらす意味なんて、下々にはないのです」
じっと見据えられた目に、ヒルヴィは内心たじろいだ。
「将軍、降伏しましょう」
「貴様!」
ヒルヴィが反射的に銃を抜いた。
それが彼の死に場所を決定させた。
運転手も銃を抜き、撃鉄が落ちた。
響く銃声、倒れるヒルヴィ、飛び散る鮮血。
残響の後には、荒い息遣いだけが残る。
「勝っても負けても何も残らないじゃないか……」
根が枯れれば枝葉も生きられない。
ラッシとヒルヴィが死亡したことを受け、ポポヨラの反乱軍も降伏した。
これにより、旧トゥオネラ領の警備艦隊は解体され、自治政府が動かせる武装組織は消滅した。
しかし自治政府の存続は認められ、トゥオネラ人の留飲は下げられた。
ニブルヘイム国内の動乱は収まったが、国外はそうではない。
ムスペルヘイムによるホルス内戦への武力介入が始まっている。
アルフレートはクーデター未遂前に、軍の派遣を決定しているため、ホルス国内での両軍の衝突が決定的な状況にある。
******
342年4月15日 ホルス領内
アルトゥールの指示により、元首都防衛司令官レンツ率いる艦隊はホルス南部へと進出していた。
南部の大部分が反政府軍に占領されている。
南部から中部に進出し、首都のあるモローズ半島に閉じ込められた政府軍とのルートを確保する。
南部の要所を抑え込むことはできた。
反政府軍の中枢のある中部を攻略できれば、この内戦の勝利は近いだろう。
ニブルヘイム軍が反政府軍支援のために艦隊を派遣したという情報が彼のもとに届いているが、クーデターが起きたのだから、艦隊は引き返しているだろう。
自分の家が燃えているのに、対岸の火事に野次馬するとは思えない。
ここまでは特に大きな出来事はない。
大軍で装備で劣る反政府軍を蹂躙していく。
そして反政府軍の拠点となっているシズレクまで250キロのところまで迫った。
そこでついに大規模な軍隊と会敵を果たした。
翼のように広がる艦隊。
船の側面に描かれるニブルヘイムの国章。
彼は困惑した。
クーデターにも関わらず、引き返すことなく進軍を続けていたということが理解できない。
「提督、ニブルヘイム軍から通信を求められていますが、いかがいたしましょうか?」
副官に判断を求められたので「開け」と彼は命じた。
「私はニブルヘイム軍大将コンラート・バルテルです」
モニターに若い将校の顔が映し出される。
ニブルヘイムでは年齢関係なく、能力さえあれば出世できるのだろう。
「ムスペルヘイム軍中将ベルンハルト・レンツです。なぜ貴国の軍隊がホルス領内に侵入しているのか、その理由を伺いたい」
「それはこちらのセリフです。我が国は“正統な政府”を支持し、その求めに応じて支援しているだけです」
クーデターが起きた日、外交官を派遣して、軍事介入の許可を裏で取り付けていた。
反政府軍はムスペルヘイムの介入に、危機感を覚えていたことの裏返しだろう。
「つまり引くつもりはないということですね?」
レンツの問いに、コンラートは頷いた。
「ならば話はこれまでです。この件は速やかに本国に伝えさせてもらいます」
コンラートとの通信を切り、本国へ電報を送った。
急を要することだから、返事は明日にでも来るだろう。
電報は本国で平文に解読され、アルトゥール大統領とマイヤーハイム首相らによる緊急会議の議題に上った。
「ここは会議に持ち込み、ホルスにおける互いの勢力圏を策定してはどうでしょうか?」
マイヤーハイムが提言し、列席者もそれに同意する。
「それなら一戦交えて、有利な状況で停戦、勢力圏策定がいいだろう」
アルトゥールのタカ派的発言に場がざわつく。
「それは危険です。一度の交戦が全面戦争の引き金になることだってありえます」
「それもありえるだろう。しかし普通、局地的な、“偶発的な”戦闘で全面戦争に好き好んで発展させるだろうか。かの国はクーデターが起きたばかりで、国内も動揺していることだろう。それならなおさら戦争は回避したいから、局地的な戦闘に留まる」
大胆な考えに賛同の声も出る中、マイヤーハイムは考えた。
クーデターが起きたにもかかわらず、軍は派遣され、今も撤退する気はない。
それは対外的に強気に出でも問題ないことの現れではないのか。
「大統領、やはりこれは危険です」
アルトゥールがマイヤーハイムに制止のジェスチャーを出した。
「交戦は決定だ。他の者たちは納得してくれた」
頷く参加者たち。
「ではレンツ将軍に攻撃命令を出してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます