電車

音羽真遊

電車

 目を覚ますと、なぜかパジャマ姿で電車に揺られていた。

 向かい側には同じ柄のパジャマを着た女の子が座ってにっこりと微笑んでいる。辺りを見回してみたが、ほかに乗客の姿はない。

 その少女はよく見知った顔で、その正体に気付いた時、わたしは思わず叫んでいた。

「わたし!?」

 今のわたしより随分幼い、おそらく十歳くらいのわたしがヒラヒラと手を振っている。

「なんで、どうして?」

 訳がわからずまじまじと十歳のわたしを見る。やがて、あることに気付いた。

「そうか、夢だ。そもそもパジャマで電車に乗ってることがおかしいもの」

「そう。確かに夢。でも、夢であって夢じゃないの」

「どういうこと?」

「寝てる間に見るのが夢、起きている時は現実。でも、本当にそうなのかな。もしかしたら、起きていることが夢で、現実のわたしは眠り続けているだけかもしれないのに」

「何が言いたいの!?」

 言われていることの意味がわからず、つい声を荒げてしまう。

 それを言っているのが子どもの自分だということが、余計に苛立たせた。

「ねぇ、どっちが現実でどっちが夢なんて、誰が決めたの?」

「……」

 言葉を発しようと口を開いたけれど、何を言えばいいのかわからずそのまま口をつぐんだ。

「この電車はね、もう一つの世界に向かっているの。あなたにとっての夢で、わたしにとっての現実。わたし達はわたし達であるけど、同じじゃない」

 あまり意味は理解できなかったけれど、同じじゃないということが年齢を指していないことだけはわかった。

 子どものわたしはそれきり黙ってしまって、じっと窓の外を見つめている。

 わたしは未だに状況がつかめず、それでもこれは夢なんだと自分に言い聞かせていた。

 どれくらいの時が経っただろうか。ふいに、わたしが口を開いた。

「普通は目を覚まさないまま、別の世界に行くの。運が悪かったのね。目を覚まさなければ、何も気付かないでいられたのに」

「さっきから、何が言いたいの」

 訳もなく怖くなって、体がカタカタと震えはじめた。

「今日、まー君とケンカしたでしょう」

「まー君?」

 急に違うことを言われて、思わず考え込んでしまう。

 今日ケンカした相手は、幼なじみの真人。腐れ縁の延長のようなもので恋人になった。

 そういえば、子どもの頃は真人ではなくまー君と呼んでいた。

「よかったね。今度の世界に、まー君はいないよ」

「どういうこと?」

「大嫌いって言ってたもんね。二度と会いたくないって。だから、まー君のいない世界に行くの。まー君が隣の家に引っ越してこなかった、まー君と出会うことのなかった世界に」

「ちょっと待ってよ。確かに言ったけど、そういうことじゃないでしょう。売り言葉に買い言葉ってやつで、本心なんかじゃないわ」

 わたしは立ち上がり出入り口へと向かう。

「もう遅いよ。この電車からは降りられない」

「……これは夢でしょう? 起きれば問題ないわよね」

「大丈夫。目を覚ました時には、記憶は書き換わっているもの」

「冗談じゃないわ! やめて、帰して!!」

「ほら、もうすぐ着くよ」

 その時、どこからか電車の走る音が聞こえてきて、わたしの乗っている電車とすれ違った。

 すれ違いざまに見えたのは、電車に揺られながらよく眠っているわたしだった。

 子どものわたしを振り返り確信した。

 これはただの子どものわたしじゃない。真人と出会った頃のわたしだ……。



 肌寒さを感じて目を覚ました。

 汗だくなのに体は冷たくて、思わず身震いをする。

 おかしな夢を見たような気がして、ぼんやりとした頭で思い返してみるが思い出せない。

  枕元のデジタル時計は朝の六時過ぎを示している。

「お風呂に入って、寝直そう」

 今日は日曜日で仕事は休みだし、予定もない。ついでに恋人もいない。

「仕事がないと暇ね。そろそろ彼氏でも作ろうかな」

 そういえば、幼なじみの彼氏に憧れたこともあったなと思いながら、バスルームへと向かった。

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電車 音羽真遊 @mayu-otowa

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