宝石フォークロア
一花カナウ・ただふみ
プロローグ
月日が流れるのは早いものだ。
部屋の一角にはたくさんの水晶のオブジェが置かれている。形は様々で、それぞれに意味があるのだと千晶は教えてくれた。気分が落ち込んでいるときに使う石、誰かと仲良くなりたいときに使う石、魔を祓うときに使う石――何かが起こる度に千晶に相談していた紅は、処方箋みたいに石が出てくるので面白がっていたのだった。
「思い出に浸っている場合じゃないわね」
紅は気合を入れるために頬をぺちんと叩く。千晶が亡くなって四十九日を終えた。祖父や両親が部屋を片付けてしまう前に入る許可を得た紅は、何か手がかりが残っていないかと思って祖母が使っていた部屋を訪れていた。
もしかしたら、ううん、きっとあるはずよ。
千晶は病気で亡くなった。心臓発作。占い師の仕事の帰り道、急に心臓の痛みを覚えて亡くなったのだ――病院で伝えられた死因はそういうことになっている。
健康な人がそういう病に突然襲われることはあるだろう。でも、紅は信じていなかった。未来を見通せると評判だった占い師である祖母が、自分の死を予知できなかった、なんて。
心臓発作であれば、誰かの助けを得て命を取り留めることはできたはず。なのに、彼女は人通りのない時間帯、閑静な住宅街の道端で亡くなっていた。病死とはいえ、こんな死に方を選ぶだろうか。
きっと理由か原因があるはず――紅は押入れの中を開けて中を確認し、あらゆる引き戸を開けてくまなく調べてみる。だが、それっぽいものは見つからなかった。
「うーん……」
ただの思い過ごしということだろうか。考えすぎだと笑った兄と弟の顔がよぎるが、腹が立ったので頭を大きく左右に振って意識の外に追い出した。
あとは……と考えて、祖母が生前つけていた顧客リストを思い出す。信用に関わるからと一度も見せてくれなかったそのファイルは、年季の入った鍵付きの本棚の中にあった。
どうせ鍵がかかっているに違いないと思って手を掛ける。引いてみるとギイと音を立ててあっさり開いた。それと同時に、中から封筒が落ちてくる。床にぶつかると、固体が落下したときのような重い音がした。
「ん?」
真っ白な封筒だ。定型郵便で送れるだろうサイズで、中に嵩張るものが入っているらしく少し膨れている。
紅は封筒を拾い上げた。表書きには祖母の手書き文字で《紅ちゃんへ》とある。
「あたしに?」
慌てて封を切って中身を取り出す。出てきたのは一枚の便箋と、真っ赤な小石。便箋にはこう書いてあった。
《紅ちゃんへ
あなたに危険が迫っています。
私ができることは、あなたの力になる石を授けることだけ。
同封した石は、これから訪れる試練を乗り越える手伝いをしてくれることでしょう。
ですが、無茶はしないで。
あなたは一人ではありません。
手助けをしようとしてくれる手は拒まないでください。
その手は、あなたに必要なものなのですから。
千晶
》
祖母の達筆な文字で綴られた手紙を読み終えると、紅は赤い小石を掌に置いてまじまじと見つめた。道端に落ちているような石とは違うのだろう。六角柱の角が丸まっているような形をしており、ウズラの卵より小さいくらいの大きさだ。透明度は低くて、赤紫っぽい色をしている。
「おばあちゃんのことだから、何か特殊な鉱石ってこと?」
水晶以外の鉱石についても聞いたはずだが思い出せない。いつまでも観察をしていても仕方がないので、部屋の捜索の続きをしようかと思い始めたそのときだった。掌の上に載せていた赤い石が光り出したのだ。目の錯覚か何かだと自分に言い聞かせている間に、赤い石は掌に吸い込まれてしまう。
「え、ちょっと待って⁉︎」
光っているのにびっくりして動いた衝撃で落下してしまったのかと床を見るが、それらしきものは落ちていない。年代物の机の下に転がって行ってしまったのではと思ってしゃがんで覗くが、埃が溜まっている他はそれらしきものはなかった。
祖母から託された石がいきなり行方不明になって狼狽えていると、不意に声が聞こえた。
『紅。ワタシならここです。あなたの中にいます』
「はい?」
祖母に似た優しい声に反応する。キョロキョロとするが、人影はない。紅一人だけだ。困惑していると、声は続ける。
『ワタシはスタールビーの原石です。あなたに身を護る力を授けるよう、千晶に言われました。ワタシのことは《フレイムブラッド》とお呼びください。以後、見知りおきを』
「見知りおきをって……え、中ってどういうこと⁉︎」
『はい。肌身離さず常にお護りするため、一番合理的な方法を選びました。日常生活には支障はありませぬ故、お気になさらず』
「気にするわよ! 一体身体のどこにいるのよっ⁉︎」
紅は身体をペタペタとあちらこちら触りながら訊ねる。妙なダンスを踊っているような挙動だが、致し方あるまい。
『右肩におります。ルビーの力が最も発揮できるのは、身体の右側に身につけたときですから。中世ヨーロッパでもそのように信じられておりました』
言われて右肩に触れれば、しこりのようなものがある。着ていた半袖のシャツを捲って部屋の姿見に映せば、紅い痣のようなものが見えた。
「ちょっ……合理的でも、女の子的に困るからっ! 出ていってよ!」
『それはできません。――あの、カリカリと引っ掻いてみたところで、肌が傷付くだけですからおやめになったほうが……』
「……そうみたいね」
虫刺されを掻きむしってしまったあとのように右肩がヒリヒリしている。紅はため息をついた。
「――あなた、おばあちゃんの死について、何か聞いていないの?」
駄目元で紅は訊ねてみる。日頃から整理整頓が行き届いていたこの部屋の中には、もう手掛かりはなさそうだと諦めつつあった。
『……千晶が亡くなったのですか?』
返答までの絶妙な間は、フレイムブラッドと名乗った彼女の驚愕を想像させる。
「そう……だけど。四十九日を終えたばかりだし」
『それは気の毒に。なるほど、それでワタシをあなたに託したのですね』
含みのある口調だが、この台詞からだと千晶は何か予見していたと考えても良さそうだ。
『さて、そろそろワタシは休みます。全力でお護りするためにも必要なことですので。ご用事の際には名をお呼びください』
そう告げると、フレイムブラッドは黙ってしまった。疲れが変な幻聴を聞かせている可能性は否定できない。もし本当に石を取り込んでしまっているのだとしても、今は取り出す手段が浮かばない。そんなことよりも、今はやるべきことがある。
「もう少し、探してみるか……」
千晶からの手紙をポケットにしまうと作業に戻る。顧客リストも目を通してみたが、手掛かりらしきものは得られなかった。
結局、この日に見つけたのは自分宛の手紙と赤い石だけだった。
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