カルテット番外編「新星の守護者」
椎堂かおる
第1話
鈍い赤に彩られた広間には、息を呑むような沈黙が満ちていた。
常日頃には、どこか気楽なざわめきや楽の音が、いずこからともなく漏れ聞こえているものだったが、今は全てが身をひそめたように静まりかえっている。
宮廷序列によって決められた席に、一族の者たちが座しているのを、リューズは見渡した。
両翼には血を分けた息子たちと、今日ばかり特別に許されて背後に座っている、それらの母親たちが、抱き合うようにしてこちらを凝視していた。
リューズは末席に座る、小柄なひとりに目を向けた。
スィグル・レイラスは生真面目な無表情のまま、ひとりでそこに座っている。
その背後を守るべき母エゼキエラは、病身のため、この一年というもの、ついぞ広間に姿を現したことがない。
廷臣の席にも、末の息子たちを守るための外祖父が不在であることを、見やるまでもなくリューズは承知していた。エゼキエラの生家は領境を治める地方伯で、他ならぬリューズ自身が、居残って敵地との境を防衛するよう命じていた。
なぜ、そういうことになったのか。
リューズは一時、自分の手のなかにある、紙片に目を移した。
そこにはスィグルの名が書かれてあった。
停戦のための人質を実子の中から差し出すよう、神殿から白羽の紋章を帯びた命令書が下され、リューズはそれに署名をした。しかしそこには、誰を差し出せとは記されていなかった。
リューズには、即位してすぐに娶った妻たちに産ませた息子が十七人いた。みな似たような年頃で、死地に赴かせるには、どれも似たように幼かった。
それで籤(くじ)で選ぶことにしたのだ。
全員の名が記された籤は、大仰な宝飾で飾り立てられた箱に入って、玉座まで運ばれてきた。華美を好むのは、この部族の習わしであるから仕方がないが、リューズはその趣向に心底うんざりとした。
もう一度、居並ぶ子らの一人一人を、リューズは見つめた。
母親に抱かれ、怯えた目でこちらを見返す息子たちは、父親が自分を選ぶのではないかと、哀れなほど青ざめていた。
紙片を握りつぶして、リューズは玉座から立ち上がった。
そこはあまりに窮屈だった。
広間を取り仕切る侍従が、慌てて族長の退出を告げている。
震えるふうでもなく、スィグルはただじっと、こちらを見つめ返していた。
リューズは手の中にある名前の筆跡を思い返した。それは他ならぬスィグル自身のものに思えた。
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