第2話 ボーイミーツガールアンドガール
この世界には二つの「異常」がある。
一つ目は『異能』。
異能とは自分の思ったままに『炎』『水』『雷』『風』を全身から出す事が出来る能力の事である。先天的に授かるこの異能を使う『異能使い』は、今は人口の約三百分の一を占めている。
二つ目は『
人鎧とは『人類用人型特別補助鎧』の略であり、三十年程前に開発されたパワードスーツだ。ただのパワードスーツのどこが異常なのかと聞かれれば、それはずばり人鎧の補助力にある。
コンクリートの壁をたやすく破壊できる攻撃力と、自動車に衝突されても傷一つつかない防御力。そして驚くべきは人鎧が異能すらも補助……というより強化する事が出来る能力だ。
ただでさえ異常な異能と人鎧の組み合わせは戦争の火種になりかねないほどの力を秘めている。私立でも公立でもない『異立』とは、そんな危険な異能を使う『異能使い』が正しい道を歩めるようにする事を表の理由とし、万が一にも戦争が起こった時の為に備えて人鎧を扱える異能使いを育成し戦力を確保する事を裏の理由に存在する学校のことである。
そして僕――
正確には昨日の入学式までは僕を含めて男子は五人いた。それが全員転校してしまったのだ。こうやって男子の少なさを目の当たりにした生徒が転校して男子の数が減り、また次の年の男子が……という無限ループが出来上がるのである。
家に電話で全員転校の連絡が来たときはかなり驚いたが……僕はこの学校に昔からの幼馴染みと一緒に入学しているからそうほいほいと転校してしまうわけにもいかない。
そんなこんなで今日は入学二日目。
後ろにある男子の席に座っているのは四席とも空気のみ。真の座り主が座っている席は一つもない。まあ全員昨日転校したのだから真の座り主もなにもないのだが。
というか転校ってそんな簡単にできるものなの? 中学までは異能使いも普通の中学に行くことになっているから、そこらへんの感覚から判断するともっと手続きとか色々あると思うんだけど……やっぱり異能使いだけあって特別対応なのだろうか?
僕の疑問をよそに、優しそうな女の先生が教室の扉をゆっくりと開きながら入ってくる。その先生は男の生徒がいるからなのか、僕を見るなり少し驚いたような顔をして、それから床が少し高くなっている教壇に立った。
それほど騒がしいわけでもなかった教室を更なる静寂が支配する。
「えー、こほん」
先生の咳払いが面白い程に教室へと響く。
「今日からこの一年一組の担任になりました
それから立華先生は、『学校での正しい過ごし方』や『友達をたくさん作って楽しく過ごしてね』的なことを言って真面目に話していた。
そして最後に『質問がある人はいますか?』と優しく問いかける。
この時間を待っていた。僕はずっと気になっていたことを聞くために少しだけ手を上げながら先生に尋ねた。
「あの……この学校に男子の先生っているんですか?」
「あ、はい。一人だけいますよ」
僕の懇願にも似た質問に先生は引きながらもそこそこ希望を持てる答えを返してくれた。良かった、生徒は男子一人でも男子の先生がいるだけでだいぶ違うはずだ。
「なんていう先生ですか?」
「
「…………」
こ、校長しか男子の先生いないの……? 終わった……高校生活が凄まじい早さで終わった……。
さながら返事がないただの屍のように机にうなだれる僕を無情にも放っておくことにしたらしい先生は、別の話題を話し始めた。
「報告も終わったところで、次は軽く自己紹介をしてもらいたいと思います。せっかくなので高原君からどうぞ」
何がせっかくなんだよ。
そんな恨みを込めた瞳で先生を睨みつけるが言われた言葉を訂正させるのもあれだし、そもそも僕、男女別々の出席番号のせいで出席番号一番だからな……。
こうなればもうなるようになれだ。テンションと考え方を切り替えて前向きな思考で強制的に頭を占拠する。
そうだ。男子一人でも終わったとは限らないんだ! そもそもこのクラスには小さい頃から一緒の幼なじみのあいつだっているんだから、案外なんとかなるかもしれない。
心のなかでいつもの言葉を呟いてから立ち上がる。
「えっと、出席番号一番の高原龍人です」
さて、ここからどうしたものか。無難に終わらせるというのはあまり好きなことではないが、……まあ、今回ばかりは仕方ないか。
普通を意識した言葉を選んでいき、ぼろが出ないように努めながら、僕は自己紹介の続きを口にした。
「男子が僕一人だけらしいんで……よろしくお願いします」
うわ普通! 自分でも驚くくらい普通……っていうか中身がない!!
でも、普通だからこそ失敗はしてないだろう。そんな自信とちょっぴりの不安を胸に皆の視線を確認する。
そこには当然のように敵意があった。
……予想はしてたけど、これはなかなかに辛い。改めて異能使いの男女の仲の悪さを思い知らされる。
「男は力、女は技」という言葉が異能使いの世界にはある。これは異能を覚えたての男女の差を表したもので、ある程度使いこなせるようになればそこからはもう得意分野は男女関係なく人それぞれなのだが……どこの世界にも言葉の意味を理解しないまま文句を付けたがる馬鹿はいるようで、「男の方が全て上回っている」だの「女があんなやつらに負ける訳ない」だのと争いを始めてしまった。その争いに他の人たちも便乗してしまい、そのせいで広がった溝は未だに塞がれていない。どころか現在進行形で広がっている。
だからこそ、自己紹介でいいイメージを持ってもらおうと思ったんだけど……ダメだこりゃ。
僕の自己紹介が終わり、出席番号二番の子へと順番が回っていく。
そしてこの学校での唯一の頼みの綱である幼なじみ様へと順番が移る一つ前。名前はまだ知らないけど、なんとなく普通の子と雰囲気が違う気のする女の子に順番が回った。
その子が立ち上がるだけで教室内が少しざわつく。
「出席番号十七番、
金髪に強気そうな目。整った顔立ちに少し高圧的な態度。そして何よりどこかで聞いたことのある声。
どっかで会った事でもあるのかな? 僕の『体質』を考えれば充分にありえることだ。
「アタシには普通に接してね。これからよろしく」
そう言うと、一度僕の方を睨みつけてから席に着いた。
普通に接してください? なんでそんな変な事言うんだろう。
僕にとってはすごい疑問なのに先生も含めた周りの人全員は、当然のように受け入れていた。もしかして僕ってアウェイ?
疑問をとりあえず心の中へとしまい、次の幼なじみやその後のクラスメイト達の自己紹介を聞く。さすがにさっきの彼女、紗倉さんみたいな謎の自己紹介をする人は出て来ず、最後の一人まで何事もなく終わった。
その後は委員決めやら昨日話されたことの復習にHRと一時限目は費やされ、今は休み時間である。
これからのことを考え憂鬱な気分になっていると、一人の女の子が近づいてきた。
最初は幼馴染の優美かと思ったが、僕に話しかけてきたのは。
「……ねえアンタ」
金髪にツインテール。強気そうな目に整った目鼻立ちという美少女。その印象の強さゆえきっちりと名前を覚えてしまった謎の発言ガール、紗倉さんだった。
「ん? 何かな?」
「普通、こんな状況になったら転校するもんじゃないの? ハーレムでも作るつもり?」
……話しかけてきたというより絡んできたという感じだった。思いっきり睨まれてるし。
そんな怖い顔してたら可愛い顔が台無しだよ、と声をかけようと思ったけどそんなことを言おうものなら一も二もなく怒られそうだ。とりあえず理由はそのまま答えておこう。
「それはないよ。この学校には幼馴染がいるんだ……ほら、ちょうどこっちに来てる」
少し離れたところから歩いてくる見慣れた姿がある。流れるような長い黒髪と同年代の女子から羨ましがれていた大きな胸を揺らしながらこちらに近づいてくる僕の幼馴染はどこか緊張した表情をしている。
「……誰?」
「龍ちゃん……あ、高原君の幼馴染の
な、なんでそんな緊張してるんだろう? 優美は人見知りかそうでないかで言えば確かに前者だが、かといって初対面とはいえ同学年の生徒にここまで萎縮するような性格でもないのに……。
そう疑問に思うが、やはり先ほどと同じように僕以外のクラスメイトは紗倉さんを含め当然といった反応を返していた。どうも僕だけが置いていかれてるようだ。
理由が分からず紗倉さんを見つめてみる。もちろん紗倉さんの顔に答えが書いてあるわけでもないのだが……さっきから声をどこかで聞いたことがあるような気がするのだ。
「紗倉さん。変な質問で悪いんだけど……」
「なによ男」
「名前代わりに性別で呼ぶのやめてくれない!? ま、まあそれはいいや。あの……紗倉さんってテレビとか出たことある?」
「はああああああああ!?」
紗倉さんの叫びがクラスに響き渡る。やけに綺麗な発声に少し気圧されてしまった。
クラスのみんなはといえば、まるで僕に呆れているかのように口を開けてこちらを見ていた。
「ねえ男。それ本気で言ってるの? それとも喧嘩売ってる?」
言葉だけではなく、表情からも簡単に怒りの感情が読み取れる。えっとこんな時は……。
「そ、そんな怖い顔してたら可愛い顔が台無しだよ?」
「あん?」
「すんませんした」
僕のおそらく人生で数えられる程度にしか言ったことのない女の子への口説き文句は、紗倉さんの前では塵にも等しかったらしい。その前にまず僕の選択が間違ってるよね。
どうすればいいんだろう。怒ってる理由がまるでわからないんだけど……。
「さ、紗倉さん!」
もはや打つ手なしという感じだった僕に、救いの光が差し込んでくる。おそらく僕よりもこの状況を理解しているであろう優美がフォローに入ってくれる。
いいぞ優美、その調子で僕のフォローを――
「今のは紗倉さんが有名じゃないとかじゃなくて、龍ちゃんがな非常識なだけなの!」
「うん、ま、予想はしてたよね……」
紗倉さんをフォローしながら僕の評判を落としていく優美を眺めながら一人つぶやく。
でも、優美のおかげでこんな状況になってしまった理由がなんとなーくではあるけれど掴むことができた。
僕は質問の内容と相手を変えて問い直した。
「なあ優美。もしかして紗倉さんってものすごい有名人?」
「そうだよ! 雑誌とかCMに引っ張りだこで、最近はドラマにも出てる人気モデルだよ!」
「モデル……」
この情報のおかげでいろんなことに納得がいった。さっきから会話の途中で感じていた違和感みたいなものが綺麗に拭いとられた気分だ。
「えっと……紗倉さん」
蜃気楼が出来るんじゃないかと思うほどに不機嫌オーラを放出している紗倉さんに、僕も出来るだけフォローを入れる。
「優美の言うとおり紗倉さんが有名とかじゃないとかじゃなくて、僕ってテレビはアニメと天気予報くらいしか見ないんだ。それに他のメディアもそっち系は全然見ないし」
紗倉さんの不機嫌オーラが減ったかわりに心の距離が離れた! というか警戒された!
もしかして紗倉さんもオタクきもいとか言っちゃう人なのだろうか……。
そんな風に僕が不満を持っている中、新たな疑問が僕の中に生まれた。
なんでそれくらいにしかテレビを見ない僕が紗倉さんの声にこんなに聞き覚えがあったんだろうか? 一回や二回偶然見たって程度じゃないと思うんだけど……。
「アニメ……いや、大丈夫よ、大丈夫なはず……」
紗倉さんが急にぶつぶつとなにかを呪文のごとく呟き始める。
アニメ……同い年……モデル……紗倉朱莉……。
「あっ」
「っ!」
「どうしたの、龍ちゃん?」
紗倉さんの警戒レベルがかなり上がった気がするが、きっと僕には関係ないだろうと思いつつ、優美に今思い出したことへの説明をする。
「いや実はさ、紗倉さんって昔アニメの――」
「うわあああああああああ!!!」
クラス全体を震わせるようなビッグボイスで僕の言葉を遮った紗倉さんは、さらに僕の襟を掴み無理矢理引っ張って廊下に出た。そこで止まると思いきや、紗倉さんはスピードを一切緩めることなくそのまま……男子トイレに入った。
「はあ……はあ……」
男子トイレに男と女。さっきまでは普通の学校風景だったのにいきなり犯罪風景みたいになってしまった。もしかして男子トイレを選んだのは紗倉さんなりに僕に気を使ってくれたのだろうか。
「あの、紗倉さん?」
「誰かにそのことを言ったら殺す」
「殺すって……」
「社会的に惨殺する」
なんかクラスメイトに凄まじい脅迫されてるんですけど。っていうか社会的に惨殺って何。
「えーと、なんでそんなに知られたくないの?」
「……だって」
「アニメの声優ってそんなにバレたくないこと……なの?」
そう、彼女は何を隠そう、僕の人生を変えた『ライクドラゴン!』というアニメのヒロインの声優を担当していたのだ。ちなみに当時まだ中学生だった紗倉さんを声優に起用した理由は確か、話題にするためとかだった気がする。世知辛い……。
理由はどうあれ、僕からしたら恩人とすら呼んでいいような紗倉さんは、しかし顔を赤く染めながら下を向いて小さく声を漏らした。
「簡単なことよ……」
深呼吸して落ち着いた紗倉さんは視線を下から僕へと戻してから、まるで言い訳のように説明をし始めた。
「今やったならいいのよ……でもあの時は……まだ……」
「まだ?」
「まだ素人だったのよ!」
「…………は?」
「ほとんど棒読みのセリフ! 全然なってない間の取り方! あんなの思い出すだけでも赤面ものよ!」
「そ、そうですか……」
紗倉さんはどうやら声優をやったこと自体がイヤなわけではないらしい。ただ素人だったころにやったことを隠したいようだ。
本業モデルなんだし……と思ったが、紗倉さんはどうもそのあたりは厳しいようで『違う種類の仕事でも引き受けたからに最高のものを』という考え方らしい。
そのプロ意識に感心しながらも、僕は徐々に鮮明になっていくアニメの映像と音声を脳内で何度も再生させながら素直な感想を口にした。
「そんなにひどかった気はしないけど……」
「やっぱり……アニメ見てたのね……」
なんかダメージを受けてる……。しかし久々にあのアニメを知っている人間に出会えたからか、僕はダメージの理由を考えずにハイテンションのまま笑顔で続けた。
「BDはもちろん、ドラマCDも……紗倉さんのキャラソンのCDも持ってるよ!」
「いやあああああ!」
「『ライクドラゴン!』は人生を変えたアニメなのに、僕ともあろうものが声優さんを忘れるなんて……。家に帰ったら一話から見直さないと!」
「だめ!」
僕の言葉を遮るように思いっきり顔面を殴られた。中央にクリーンヒットである。
この一撃で僕のことを沈めるつもりだったんじゃないか、とさえ思えるくらい容赦も加減もない拳を僕は顔から剥がす。
「いきなり暴力はひどいよ」
おどけた調子で言ったのだが、なぜか紗倉さんはそんな僕のことを怪訝な顔で見つめてくる。そしてまた僕に疑問をぶつけてきた。疑問のオンパレードだ。
「……痛み感じてるの? 痛覚生きてる?」
「それなりに生きてるよ」
「それなりって……アタシ今顔面殴ったのよ? もうちょっと痛がるものじゃないの?」
「痛いって分かってるなら殴るのやめようよ……」
そんな風にぼやきながらも自分が痛がらない理由を考える。まあ、考えるまでもなく一つしか思いつかないんだけど。
「腹痛に比べたらそこまで酷い痛みでもないから……」
「は? 腹痛?」
紗倉さんは急に出てきたワードに首を傾げている。
さすがにこれだけじゃ分からないかな? と思い僕は補足説明をする。
「そうそう腹痛。僕ってさ、昔からお腹が弱いんだ。そんでまあ、ずーと腹痛になってるうちに腹痛に慣れちゃって。その効果なのか、腹痛以外の痛みにも耐性が出来ちゃった」
「出来ちゃったって……」
「……まあ殴られたり蹴られたりって痛みもしょっちゅう味わってたからそこらへんも関係してると思うけど」
補足としてついぼそっと呟いてしまった言葉は運よく紗倉さんの耳には届かなかったようだ。詳しく話していると長くなってしまうのでそのあたりは説明しなくてもいいかな。
紗倉さんは額に手を当てながらため息をついていた。もう完全に呆れてしまったようだ。
「さすがはこの学校唯一の男子ってとこね……ほんとなんなのよアンタ……」
「主人公だよ」
「は?」
紗倉さんからの視線がかなり冷たくなっている。敵視というよりはどちらかというと憐憫とかそのあたりの感情が込められている。
「だから僕は主人公だよ。強くて優しくて誰一人死なせたりすることなくみんなを守り抜くかっこいい主人公」
僕の説明を受けた紗倉さんは口元をひくひくさせながらとてもとても反応に困っていた。うむ、いつも通りの反応だ。もう慣れた、傷ついたりしない。
それに僕は主人公なのだから仕方ない。誰かに言われたわけではないし、僕一人が勝手に言っているだけだけど、それでも僕は主人公だ。
主人公でなくちゃいけないのだ。
「……もう、なんでもいいわ……」
数秒固まっていた紗倉さんがようやく声を発したかと思えば、なんだかいろいろなものを諦めたように小さく笑っている。そして、改めて僕の方を見てきた。
「……これからよろしく?」
「なんで疑問形なのさ」
文句を言いつつも笑顔を隠さずに紗倉さん瞳をまっすぐに見つめ返す。
紗倉さんからはまだ警戒心がバリバリ感じられるけど、二人とも自分のことを少しだけでもさらけ出したおかげなのか、自己紹介の時よりは心の距離が少し縮まったように思えた。
紗倉さんみたいに話せば楽しい生徒ばっかりならこれからの学校生活はなかなかに面白くなるだろう。よかったよかった。
「じゃ、そろそろ戻る?」
「そうね。えっと……」
紗倉さんが腕時計で時間を確認する。とたんに彼女の顔から血の気が引いた。
「紗倉さん……?」
「……もう授業始まっちゃってる……」
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