泣き虫エーちゃん(童話版)

近藤 セイジ

泣き虫エーちゃん(童話版)

 泣き虫のエーちゃんは、今日もまたコーちゃんにすもうでまけて池のほとりですわっていました。

 コーちゃんは同じクラスのガキ大将で、みんなよりも背もたかくて体も大きい男の子です。エーちゃんはいつもコーちゃんにすもうで負けて、ふくをすなまみれにして帰っていました。今日もこのまま帰ったら、またおかあさんにもおこられるのでエーちゃんはゆううつでした。

 コーちゃんの勝ちほこったかおを思い出すと、くやしくてくやしくてなみだがこぼれ落ちました。エーちゃんは近くにあった小石をつかむと、えいっ、と力いっぱい池になげつけました。すると、池の中から、

「イッター、なにすんねん」

 と、いう声が聞こえてきました。

 びっくりして池をみると、池の中から緑色の小さなおじさんがでてきました。エーちゃんはこわくなってもっと泣いてしまいました。おじさんはそんなエーちゃんを見て、こまった顔をしました。

「泣きたいのはこっちやで、まったく。いきなり石ぶつけられてんのやから。見てみい、これ」

 おじさんのてっぺんだけはげたあたまのてっぺんには、大きなこぶができていました。それはまるで富士山のようでした。エーちゃんはあまりにみごとなこぶに思わずふきだしてしまいました。

「なに笑っとんのや。お前がつくったこぶやで、あほう」

 おじさんはむきになって、小さい手足をバタバタさせていかりました。その姿がおかしかったので、もっと笑ってしまいました。おじさんはあきれた顔になっていいました。

「まぁ、ええわ。ぼうず、こんな時間にひとりでなにしとるんや。おじさんにいってみ」

 おじさんは頭をさすりながら、横にすわりました。コーちゃんのことをおじさんに話しました。おじさんはだまって聞いていました。話を聞きおわると、おじさんは立ち上がっていいました。

「ぼうず、すもうはこしの低さやで。おっちゃんがすもうのコツを教えたるさかい」

 おっちゃんはしこをふみ出しました。エーちゃんも立ち上がり、真似をしてしこをふみました。

「ええか、ぼうず。まずは低くぶつかって相手の体をもち上げるんや。そこからうわてをとる。そうすりゃ、勝ったもどうぜんや」

 そう言うとおじさんは、うわてのとり方を教えてくれました。おじさんは少しなま臭かったけれど、エーちゃんは気を使っておじさんにはいいませんでした。

 おじさんは、他にもいろんなすもうの技を教えてくれました。すもうが押すだけでは勝てないことがわりました。エーちゃんは、おじさんが言った「じゅうよくごうをせいす」という言葉が気に入りました。この言葉だけで、エーちゃんはいきなり強くなった気がしました。おじさんにおれいをいうと、おじさんは笑いながらいいました。

「そういうのは勝ってからいうもんや。勝ったら、おれいをもらおうかな」

「なにがいいの」

「おっちゃんな、キュウリすきやねん。もし勝ったらキュウリ持ってきてくれるか」

 おじさんはテレながら、ニカっと笑いました。

 次の日、エーちゃんはキュウリを持って池に走りました。

「おじさーん」

 さけんでもおじさんは出てきません。仕方ないので、近くにあった小石をおもいっきり池に投げました。

「イッター、なにすんねん」

 昨日と同じようにおじさんははげた頭をさすりながら池からでてきました。頭には大きなこぶがもう一つできていまいた。

「なんや、ぼうずか。すもうはどうやった。勝ったか」

 エーちゃんはこうふんしながら言いました。

「いっぱい負けたけど、さいごの一回は勝ったよ。おじさんの言ったように、うわてをとってから、押して引いたらコーちゃんがころがったんだ」

「そか、やったな。なにごともいきなり強くはならへん。しゅうれんゆうのが大事や。これからもしょうじんせえよ」

 おじさんはエーちゃんの頭をなでながらいいました。あいかわらず、おじさんはなま臭かったのですが、がまんできないほどではないのでがまんしながらいいました。

「うん、もっと勝てるように強くなるよ」

 おじさんにおれいのキュウリを渡すと、おじさんはとがった歯でものすごくおいしそうにキュウリを食べました。

「ねえ、おじさん。明日もすもうを教えてもらいに来てもいい」

 エーちゃんが聞くと、おじさんは少し悲しそうな顔をして、

「おっちゃんな、明日、引越しせなあかんねん。この池も、少しずつ汚くなってきとるからな」

 おじさんは遠く、まちの方を見て言うのでした。

「ほな、そろそろいくわ。ぼうずな、もうひとりでも大丈夫や。柔能く剛を制すや。忘れたらあかんで」

 おじさんはそう言うと、バシャバシャと池に入っていきました。エーちゃんはさびしくて、また泣き出しそうでした。でも、強くなろうと決めたばかりなので泣かずにおじさんにいいました。

「わかったよ、おじさん。ねえ、ところでおじさんって、なんなの」

 おじさんは池の中から顔だけふりかえって、ニカっと笑って言いました

「おっちゃんは河童や。なんやぼうず、もしかして、しらんかったのか」

「なにそれ、しらないよぉ」

 エーちゃんが大声で答えた時にはもう、おじさんはポチャンと池の中に消えてしまいました。

 もう泣かないもんね。エーちゃんはそう心に決めて、家へいそいで走って帰りました。


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