栄光
片手は崖の向こう、衛兵たちの区画を見下ろしながらコップの液体をすすった。崖の下から上がってくる生ぬるい風が、うっすらと汗ばんだ傷だらけの身体を撫で回していく。一番新しい傷、命名の儀式で自ら付けた脇腹の傷はまだ癒えてはいなかった。
後ろからやってきた赤い堀が横に並んだ。
「奴らだ」
片手がコップで軽く示した先では、衛兵たちが隊列を組みゆっくりと進んでいた。
赤い堀は腕を組み、もう何度も繰り返し見ている衛兵たちの行進をじっと眺めた。
「おまえはオレを恐れていない」
片手は赤い堀のほうを見ようともしなかった。
「なぜ恐れる?」
赤い堀も片手のほうを見なかった。
「知らん。どいつもオレを恐れる」
片手は自分の言葉になんの関心も無さそうに言った。
「そうか」
赤い堀も素っ気無かった。
「おまえの望みはなんだ」
片手は遥か彼方の衛兵たちから目を離すことなく赤い堀に聞いた。
「堀を埋めることだ」
赤い堀には少しの躊躇もなかった。
「オレの望みは栄光だ」
片手はまた一口、コップの中身をすすった。
「栄光か、さもなくば、死か」
片手はゆっくりと、だが非常に力強く言葉を発した。
「死を望んでいるのか?」
赤い堀は片手の言葉にも動じなかった。
「死を望んでいるのではない。栄光だ。栄光を得られなければ名誉の中で死を受け入れる。求めているのは栄光のみだ」
片手は残り少なくなっていたコップを空けた。
「負けて死ぬのが名誉なのか?」
赤い堀の口調は変わらなかった。
「戦いを知らぬ貴様などには分かるはずもない」
片手は憤然と顔を赤い堀に向けた。首から肩につながる筋肉が大きく動いた。
「黙って堀を埋めろ。貴様にはそれがお似合いだ」
片手は顔を衛兵たちの区画に戻すと、空のコップを崖の向こうの虚空に放り投げた。
「我々は帰還する」
そう言い放つと、目を閉じ歯を食いしばった。鋭い頭痛を感じていた。
彼方の衛兵たちは揃った足取りで行進を続けていた。
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