フェティシズムと恋愛論

@yoklhmal

第1話

件名:Come here

"ここに来て"で始まるメールは嫌な予感しかしない。

洋風居酒屋kura石陸駅前店。

タクシー代は出すからComeherenow!

…今すぐ、ね。

送り主は寺田香澄もうすぐ28歳の女性。

普段は関東圏にある中規模企業でバリバリ働くOLさんである。ちなみにここは東北某市某所。私もいつもはここにいない。隣県に嫁いでいるからだ。

(女王様モード発動してるし、こうなるとこっちの都合なんかお構い無しだし)

「母さん、ちょっと石陸駅の方行ってきたいんだけど」

「あぁ、南緒ちゃんは…って、あんた、今日石陸花火大会よ」

「そっか、うわ、…いやー香澄のやつがこっち来てるみたいなの」

「…気を付けて行ってらっしゃい、南緒ちゃんは見とくから」

「ありがと、母さん」

花火大会の影響できっと車だと大変だろう。JRと市営バスの時刻を確認して、最低限の手荷物で家を出た。

市町村合併で、くっついて出来た新石陸市は、旧市内と市内に分けられる。旧市内はここいらにしては都会で、市内は圧倒的に田舎だ。石陸駅は旧市内にある。

花火大会が始まる前には石陸駅前に着いた。

(人、凄いなぁ…)

(入れてんのかな?この人で)

香澄にメールを送る。

何故か、小山真琴。こちらも香澄と同じく中学から続く長い付き合いの友人からメールが着た。

"もう店内にいるよ、店員に声かけとくからはいっといで"

真琴も呼び出されてたか。真琴は市役所職員だし、旧市内住みだし…

駅前ロータリーを囲うように立つ店舗の一つに人波をかき分け入る。

「いらっしゃいませー」

響く店員の声

店内は思ったより混んではいなかった。

「すみません、あの、待ち合わせなんですけど先に女二人で来てるの居ませんか?」

「こちらです」

少し歩いて、のれんで区切られた簡易個室につく。

のぞくと「よっ」と真琴が軽く声をかけてくる。香澄はよどんだ目付きでチビチビと酒を呑んでいた。

「香澄、あんたいったい…」

真琴がさえぎるように

「香澄、ちょっと席外すね?」

香澄はぼんやりと真琴を見て甘えるように両手を伸ばした。真琴は困ったように「私でいいならね」と香澄の額にキスしてやった。

真琴と久美子はのれんの外、通路で小声で話す。

「何あれ、女王様モードに甘えん坊モードなんて、洋ちゃん呼んで処理してもらいなさいよ!」

「…話が終わりしだい連絡してみるよ」

「話?」

「そう」

「香澄、彼と別れたんだって」

久美子はしらず眉間にしわをよせた。

「ー…煙草ある?」

「私、吸わないって知ってるでしょ」

「ヤニでもなきゃ聞けなさそうな話じゃない、そこのコンビニまで付き合って」

「分かった」

店を出る前にスティンガーやダイキリ、カクテルとピザやフライドポテトの追加注文を真琴はした。

8月の熱帯夜。石陸花火大会は始まったようだ。

出店に個人でやってるビアパーティーそんなものを避けながらコンビニに向かう。

「別れたって、何時?」

「昨日じゃない?夜に話されて顔合わせらんないと思って、有給とってそのまま帰郷、ってのが私の予想」

「確か今度でかい仕事まかされなんちゃらは?」

「その前には帰るでしょう、だからこそ私事を片付けたいんじゃない?」

「私事ねぇ…」

一瞬だけ視界に入れた、薬指の指輪は確か3ヶ月前に贈られた物だ。(人前でつけられないけど。私嬉い)

夜中に届いたメッセージと添付画像が思いおこされる。

「5年でしょう?しかもエンゲージにって、贈られた指輪がエタニティタイプ、しかもパライバ」

「けりつける算段で送ったと思うよ」

「香澄、指輪は海に投げ捨てるって言ってた」

「もったいな、私だったら売って生活費にするわ」

「ー…まさか、真琴。今夜海まで付き合う気?」

「その前に酔いつぶれそうな気はするけど」

コンビニのチャイム。真琴はアイスの入っているケースに向い、久美子はマッチかライターか迷い、マッチをとる。そしてカウンターでセブンスターを頼んだ。コンビニを出ですぐゴミ箱に久美子はフイルムを捨ててマッチで煙草に火をつける。真琴はアイスをかじった。

「今夜ウチに泊めても良かったんだけど、明日の朝

嫌な思いするかなって思って」

「相方いないの?」

「出張中」

「うちと一緒」

「久美子も今日花火大会で帰り大変でしょ?私も実家に連絡入れたし帰り送ってく」

「長距離ドライブありがとでーす。香澄が酔いつぶれなかったら海まで?」

「そう、海まで」

アイスの棒を捨てる。それを見た久美子は名残おし気に煙草をもみ消す。店に戻る道につく。

「天は二物も三物もあたえず、だな。香澄はきっと中身と男運が人の倍以上悪いなきっと」

「この歳の5年は長いよ」

「確かに」

「結局、不倫のまんまか」

「人の道を外したんだ仕方がない」

「つめたい」

「…実際はスゲー複雑よ、やっぱ幸せになってもらいたいじゃん」

「学生時代の頃はもうあてになんないって、よく言うけど昔は香澄もまともだったわよね」

「中学の頃?だったらそうじゃない。本当、ほのかに憧れの先輩を思っててさ」

「小学生の頃はどうだったんだろ?」

「洋ちゃんの話聞くかぎりでは恋愛とかより見た目と力にものを言わせたガキ大将タイプだったみたいだけど」

「女王様としもべ?」

「あの姉弟そんな感じだしね、一歩踏み間違うと禁断愛的に見えるほど美形ぞろいだし」

「まぁ、でも無いな」


ー…15年前、2月。

寺田宅。バレンタインデーのチョコレートを手作りするために集まった3人。香澄が「お菓子いくらか作れるよ」と言い出したのが始まりだった。

2人が寺田宅に着くと香澄のすぐ下の弟、洋一郎が迎えてくれた。玄関までするカカオのにおい。香澄が顔を出す。

「いらっしゃーい、もう試作してるよー」「あ、洋」

声をかけられた洋一郎はものすごく嫌そうな顔をした。

「はい、味見して、きっと美味しいよ」

香澄は語尾にハートをとばさんばかりに白い皿にのったトリュフを差し出した。

「お姉ちゃん、お言葉ですが、この時期のチョコ菓子に嫌な予感しかしないんですけど」

ニコニコと笑うばかりの香澄に洋一郎がおれ

「はぁー…」と、手作りトリュフを口に放り込みその後すぐキッチンに走った。キッチンの方から水音と

「くそ姉貴!だから嫌だったんだよ、なんだよこの練りワサビの量!食いもん粗末にすんな!」

「ごめんね~」

ちっともすまないと思っていない顔で香澄は答えた。

香澄に案内され移動した2人はキッチン隣のリビングダイニングで会話の続きを聞く。

「準にはぜってー食わせねぇ、淳にも」

「えー…」

「廃棄だ廃棄処分」

きれいに出来て見えて毒(練りワサビ)入りトリュフは洋一郎の手によって葬れる。

「洋」

「なに?」

「ケーキとパイどっちがいい?」

「…シュークリーム、チョコクリーム入りプチシュー山盛りとパンプキンプリン」

「分かった、バレンタインデー楽しみにしててね」

一度見ただけだか、姉弟の間では続いていたであろうやり取り。互いに人数や男女差はあるものの兄弟はいるけど(こう言う姉弟もいるんだな)と知った日。


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