ねがいがかなう君
@kanau3388
第1話 はじめまして
「おいおいおい!はじめましてですか、どうですか?
はじめましてですよ。こんにちは!おいおいおい~」
ミィーン・ミィミィ・ミィーン。
ミィーン・ミィミィ・ミィーン。
「そのバス!止まれ~」
ここのは商店が立ち並ぶ大通りの真ん中を走りながら思いっ切り叫んだ。街路樹の幹に留まったセミは鳴き止み、朝の通勤途中のサラリーマンや自転車に乗った学生たちがすれ違いざまに振り返る。
「かな!何とかして。終業式に遅れちゃうよ!」
そう呼ばれた僕は走った。というよりも飛んだ。交差点の信号は赤になり、十台連なった車の一番後ろのバスはバス停の前で止まり、腰の曲がったババァの人が、杖をついてゆっくり降りて来る。
本当はひとつ先のバス停で降りるはずだったのに・・・・。
ここのは息を切らしながら発車寸前のバスに飛び乗った。
『痛いですよ!シッポ挟まれましたよ!』
僕がぶつぶつ文句を言うと
『おまえが遅いからだ。』
大きい人が一足先にドアをすり抜け振り向いて言う。
『遅くないですよ。僕がバスを止めたのに・・・。』
『誰も止めろとは言ってない。』
『ハイハイ、わかりました。それよりもそのライオンの様な大きな体、何とかして頂けないでしょうか。邪魔ですよ!』
『うるさい。おまえこそおしゃべりなその口をなんとかしろ。』
混み合う車内の足元で小競り合いを始めた僕たち。ここのは人混みをかき分けて吊革につかまり、
「ちょっと二人とも。乗れたんだからいいじゃない。」
呆れた顔でそう言うと額から滴り落ちる汗をハンカチで拭いひと息ついた。言い争いに飽きた大きい人は、一番後ろの席の窓に張り付いて、追い掛けて来るバイクや追い越して行く車を眺めている。僕はここのの肩に飛び乗り不満げに言った。
『もとはここのがいけないんですよ。起きて下さいって何回も言ったのに。』
「だからって人の鼻を噛まなくてもいいでしょ!」
ここのは、人と人との谷間から背伸びをして窓ガラスに映った自分を気にしている。鼻には出掛けにエリさんが貼ってくれたバンドエイド、肩の上では起用にバランスを取りながら挟んだシッポを舐める僕。
「どうでもいいけど、重いから下りてくれる?それに、朝からこんなもの誰も貼ってないっうの。」
人の目には見えない僕たちだけど、見えるここのは重さを感じるらしい。ここのは僕を振り落し、顔をしかめながらバンドエイドを勢いよく剥がして制服のポケットに突っ込んだ。小鼻の両脇には小さな牙で噛んだ跡がある。
『怒るのは構わないですが、僕と大きい人は他の人から見えない聞こえないですよ!一人だけ声に出して話すのはいかがなものかと。周りの人が変な目で見ています。もしもしぃ?!』
背中のランドセルの中に移った僕が独り言のように呟くと、ここのは慌てて口を押え、辺りを見回し俯いて小さくなった。
『穴があったら入りたい人は誰でしょう。どこにも穴はありません。
ご存知ですか。もしもしっ!』
僕の名前は願井(ねがい)かなう。オスネコ。三歳。
シンガプーラという世界で一番小さいネコの種類。毛色は薄茶色。それでもって特技は幽体離脱。幽体のまま、ご主人の行く所なら世界中どこでもついて行くし、やろうと思えば何でも出来るスーパーキャット。この前は、家族旅行でアメリカのラスベガスに行き、創作フレンチレストランでオーナーのキングとプリンスの頭の中に入り料理を一緒に作りました。凄いでしょう!と言っても誰も信じてくれないよね。それでもいいんだ。自分で自分の可能性を消しちゃいけないから・・・。止めても無駄さ!僕は僕の信じる道を行く。行くのは誰ですか。僕ですか?僕ですよ。おいおいおい~。
『ワォン』
ああっ!!忘れてた。今、後ろで吠えたのは僕のお父さん。名前は小判。一年前に体が無くなり離脱したままの家族。可哀そうになんて思ったらダメダメ。彼はそんな小さい人、いえ、ネコではありません。住んでいる家から半径一キロメートル四方に結界を張り巡らせ、普通の人には見えないけれど、体の大きさを小さい虫から百獣の王ライオンまで自由に変えられ、隣近所の仲間たちからは「大きい人」の通り名で崇められている。昼間は一階にあるパソコンの上で見えない体を横たえ、日が暮れれば玄関先の灯りを付けて、隣の家との境目の、細い道を毎夜通り過ぎる「お通りさん」(お通りさんは意識の集合体で、時には、三階建ての家の屋根より大きい事もある。)が迷わぬようにご案内。ご主人の命ある限り、この世界に留まり守ると決めた。
そんなネコの智が流れている僕。見た目はそっくりそのままだけど、おまえは甘いとよく叱られる。
『命は守るが人の運命に関わるな。』
大きい人から耳にタコができるくらい何回も聞かされ、それでだめならここぞとばかりに僕の喉笛を噛む。
誰ですか!雨の日に濡れるのがイヤでご主人の背中におんぶ抱っこしてるのは。僕は足が濡れてベチャベチャですよ!たまには僕と代わって下さい。風邪を引いちゃいますよ。みんなを驚かそうとしてコンビニの冷蔵庫の中に隠れて待って風邪を引いたのは僕ですけど・・・。それは、たまたま幽体と実体の区別がうまくできなかっただけですから。それに、僕がタクシーの「空車」の赤いランプの上に顔を乗せ、ナビ代わりでタクシーを呼んだんではありません。呼んでくれと頼まれたから仕方なく。行きたい所なんて・・・。僕には選ぶ権利はないのです。それよりも、ケンタッキーのフライドチキンが食べたくて僕の口を使って勝手に食べた人は誰ですか!僕の口は借り物ではありません。僕のものですよ。おいおいおい!
『痛いですよ!何ですか!がぶりキーック!!
首の後ろを噛むのはやめてください。おいおいおい!』
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