鳥のような男
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第1話
西荻窪には、少し洒落たカフェがある。なんでも、某アニメ会社の元アニメーターが営んでいるらしい。柔らかな光が差し込むそこは、いいカフェの必須条件である落ち着いた雰囲気を十分に持っていた。
そこに一人の少年が入ってきた。暖かそうなボアのついた帽子に、マスクに大きな黒縁メガネ。全体的に黒っぽい服なので、真っ白な手袋が浮いて見える。彼はそわそわと手をこすり周りをキョロキョロと見渡すとこちらをみて微笑み、帽子とマスクをとった。みれば、ずいぶんと気の強そうな顔である。目は吊り、鼻はツンと尖っている。彼は料理を1つ頼むと、背もたれに寄りかかってスマートフォンを操作しはじめた。
彼と僕は俳優であった。俳優とはいっても無名。俳優である彼を知っている人はほとんどいない。ただ、彼は彼の夢を否定してはいけなかった。だから自分を俳優だと言い張っていた。
「ここはね、俺のダーリンの好きな店なんですよ」
ゆっくりと話す唇。その少し鼻にかかった、低いのに媚びるような声が好きだ。
「そうなんだ」
「…うっかり、ばったり鉢合わせしちゃったらいいのに」
スマートフォンの画面をみて、ふふ、と笑う。
彼は誰と話してるか分からない話し方をする。いつも。そのダーリンと話しているのかもしれない。だが、ダーリンなんて呼びながら、ダーリンは恋人でもなんでもないと言う。ダーリンについて問いた時、
「あの人にとって俺はただの鳥ですから」
と言っていたことがある。意味が分からなかったが、今ならなんとなく分かる。
はっきりと言わないで、分かってもらおうともしない。彼はそういう喋り方をする。
「食べないんですか?」
「…この後オーディションだかんな」
「…え、オーディションでお腹なっちゃいますよ」
痩せ細った腕が僕に皿を渡す。
「いや、お前が全部食えよ。体重戻ってないんだろ?」
「…もう体重とかは、いいんですよ。このオーディションに受かれれば、この映画出れれば!」
うっとりと目を細める。
「ダーリンは、きっとこの映画好きだ。これに出られたらね、きっとね、俺ね…ここに居られる」
彼はこの映画に命を懸けていた。ゾッとするような、目が離せなくなるような演技をする彼は、まさしく天才だった。決して美しい演技ではない。血反吐を吐き出すような、抉られるような壮絶さを持つ。
僕は到底及ばない。
必ず受かるのだろうと思っていた。
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