第67話 事情を知らない初対面の人がグイグイくる。
俺の名前は日比野天地。
なんやかんやあって、犯罪者が強制収容される未知のダンジョンに放り込まれてしまった、いたって普通で平均的で模範的で一般的で善良な十六歳の高校生だ。
涙なくして語れない悲惨な最後を迎えるはずだった俺は、その地獄で未来の妻となる(予定の)超絶キチかわいくて最強かつ最狂な美少女中学生、凩マユと運命的(?)な出会いを果たした。
最初は成り行きのお目付け役として、下っ端のような子分のようなモブのような金魚のフンのような専属料理人のような微妙な立ち位置でマユと同行していた俺だが……なんやかんやあって、今は恐ろしいモンスターが蔓延る文字通りの地の獄にて四面楚歌の無理ゲー逃亡生活を送ることになった。
なんやかんやあって同じくダンジョンにやって来た妹の陽芽と、本来であれば協力し合うべき同胞である囚人達になんやかんやあって処刑されそうになってしまったマユと、三人で。
そして、なんやかんやあって行き着いた先が……前人未到の樹海。
天井を覆い尽くす数え切れない程のバカ高い樹木と濃密な霧に包まれた、天然の迷路。
マユとの久しぶりの再会で天井知らずのテンションになった俺は、軽いノリでちょっとした探索を提案し、その結果……迷った。
非常に残念ながら、悔しながら、遺憾ながら、迷ってしまった。
――――というのが、今までのあらすじだ。
そう、今までのあらすじなのである。
樹海に囚われて早一ヶ月が経過してしまった、今までの……。
強いて末尾を更新するならば、『その後、俺達は一ヶ月さまよい続けた』という短くも切ない一文に尽きる。
つまり、何が言いたいかというと…………詰んだ。
完全に詰んだ。
もうどうしようもない。
だって、どこまで行っても――同じ場所をグルグル回り続けてるだけかも知れないけど――コピペしたような代わり映えのしないデジャブな光景が延々と続いてるんだぞ。
木、木、木、セーブクリスタル、木、木……。
木、木、木、木、泉、木、木、泉、木、木、木……。
何つーかもう、生かさず殺さずとばかりにライフラインの安全地帯やら水分補給地やらをちょいちょい挟んでくるところが、かえって憎たらしい。
「……ねえ、お兄ちゃん……。私達、もしかして、このまま、ずっと……」
ここから出られないんじゃ……。
という言葉を飲み込む陽芽に対して、
「ハハッ、おいおいおい、何をバカなことを。そんなわけ……そんなわけ……」
あるわけないだろ。
という言葉が、同じく口から出ずに消え失せる。
俺も陽芽も憔悴し切っていた。
なんてこった……。
少し前まで、俺は『樹海迷子なう』の状況にこれっぽっちも危機感を抱いていなかった。
なぜなら、マユがお尋ね者となってしまった今、誰もいなくて誰も来たことがないであろうここは、まさしく天が我らに与えたもうたジャストフィットなベストプレイスであると確信していたからだ。
むしろ、最高にハイな気分にすらなった。
もちろん、ここに至るまで多大な貢献をしてくれたマユパパに雨柳さん、ローニンさんに無事を伝えるべく戻らねばならないとは思っていた。
が、それはまあ、ちょっとくらい遅くなっても別にいいだろ。
なーんて軽い気持ちで浮かれていた。
しかし。
一ヶ月……一ヶ月だぞ?
どんなユートピアでも、こんだけ閉じ込められたら神経衰弱するだろ。
こんなお通夜みたいな空気にもなるだろ。
普通の人間なら……。
「にゃっははハぁああぁあ♪ もやもやぁあぁぁあもぉおおやもやあぁああっ♪」
ところがどっこい、我ら兄妹が崇め奉る天使、凩マユは普通ではない。
ここ一ヶ月でも類を見ない過去最大級の霧に包まれて姿は全く見えないが、それでも元気いっぱい愉快痛快であることは容易に伝わってくる。
このマユの天真爛漫さに、俺は今日までどれだけ救われたか。
それは、きっと陽芽も一緒だろう。
この距離でも、はぐれないように繋いでいる手の感触しか確認できないが、表情なんて見なくても分かる。
まあ、それでも現状かなりギリな精神状態だけど……だが、もしもマユがいなかったら、万策尽きた八方塞がりっぷりに俺も陽芽も絶望のあまり頭がおかしくなっていたに違いない。
やっぱりマユは偉大すぎるぜ。
「きょぉぉぉおのぉごっはんんんわあぁぁあなぁあにっかナああぁアアアっ♪」
さすがのマユでも、この霧では何も見えていない……はずだが、持ち前の身体能力と『察知』スキルと天性の勘を遺憾無く発揮しているのか、うきうきと弾む声は颯爽と遠のいていく。
「ちょ、ちょっと、マユお姉ちゃん! あんまり、は、離れないでよぉ~」
前方の敵はマユが一匹残らず駆逐しているから安心……ではあるのだが、ちょいちょい先行しすぎてウッカリてへぺろになるお茶目なマユに一抹の不安がなくもない陽芽が、俺の手を握る力を地味に半端ない感じに引き上げながら語尾を若干震わせる。
ナチュラルに痛い。
「にゃハハあぁぁあああっ♪ おそぉぉおぉいおそぉおおおぉおぉぃイイィよぉおおおっ」
「うぅぅ……。ねえ、お兄ちゃん、今日はもう、諦めた方が、よくない?」
「……うーん、そうだな……」
この一ヶ月、俺達は心折れることなく迷い続けたことで樹海探索のプロフェッショナルの域に達しつつあるが、それでも今日ばかりはげんなりせざるを得ない。
習慣になっていて当然のように出撃してしまったが、こんな日に頑張るだなんて非効率的だし危ないしバカバカしいことこの上ない。
あー、やめだやめだ。
さっさとセーブクリスタルを見つけて休もう。
「おーい、マユ~~。アホらしいから今日は――――」
「オ……ラァァアアアアアアアッ!!」
――ガキーーーーンッッ!!
いつぶりだろうか。
俺でも、マユでも、陽芽でもない声。
そして、金属同士が激しくぶつかる鋭い高音。
ルーティン化した日常に訪れた、あまりにも突然の出来事に俺は呆然として固まった。
「ハッハ! マジかよコイツ、止めやがったっ!!」
格闘ゲームではしゃぐ子供のように、抑えきれない興奮を爆発させて叫んでいるのは……若い女。
初めて聞く声だ。
「ぅにゅぅぅううぅう??」
困惑してるっぽいマユのプチレアボイスに、絶え間なく響き渡る金属音。
視覚を完全に封じられている俺と陽芽にとっては、聴覚のみでお送りされているハプニング。
何が何だか、さっぱり分からない。
分からない、が……久しぶりに脳みそをエマージェンシーモードに移行して導き出された結論は、おそらく……いや、間違いなく謎の女に襲撃されてマユが応戦している、ということだ。
まさか、マユを殺しに来たのか?
あの隠し通路みたいなちっちゃな階段を見つけて?
ファフニールの警備網を掻い潜って、わざわざ?
え? そこまでする?
「ハッ! おもしれえ! おもしれえええよ、お前! オラオラオラアアアアッ!!」
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
とにかくマユが襲われている。
ならば返り討ちにするだけだ。
ただ、問題は……。
「お、お兄ちゃん! ど、ど、どうしよう? ど、どうすれば、いい??」
「くっそ……!」
何も見えない!
どうしてこんな霧の中でバチバチやり合えてるんだ?
ええい、考えろ。
何か……何かないのか。
こんな、満足に歩くことすらままならない役立たずで情けなさすぎる低レベル兄妹が今、できることが……何か……。
「う゛ぅうぅぅ……にゃあ゛あぁぁあぁアアアアッ!!」
「んなッ!?」
威嚇する猫を思わせるマユの唸り声。
強烈な轟音と共に、前方を取り巻いていた深い霧がぶわっと一気に拡散する。
察するにマユの一撃で文字通り切り開かれた視界に、驚愕の光景が広がった。
威風堂々と立ち並んでいた太い木々が十数本近くズタズタに薙ぎ倒され、地面は重機で抉ったようにボコボコになっている。
さらに、俺のすぐ目の前にはオーガが持ったら似合いそうな二メートルを越える大剣が真っ二つの状態で転がっており、よく見ると粉々に砕けた種類豊富な包丁もそこかしこに散らばっている。
「チッ……やるじゃねーか、ガキんちょ……」
血を流した肩を押さえてうずくまる襲撃者と思しき女が、麺切包丁を喉元に突きつけるマユを睨みつける。
俺はすぐさまマユに視線を移すが、頭のてっぺんから足の指先まで怪我は一切していないようなので、ホッと息をつく。
ふう……突然の不意打ちにビビったが、俺と陽芽が心配するまでもなかったようだ。
やっぱりマユは最強だぜ。
「す、すみません! いきなりこんなことをして……本当にすみません」
再び聞き覚えのない切迫した声が響き、同時に奥の方から息を切らせて若い男が駆け寄ってきた。
どうやら襲撃者の仲間のようだ。
「まったく、またこんな無茶をして……。その上、人様に迷惑をかけるだなんて……」
「あーもー、うっせーな。引っ込んでろよ、まだ終わってねーんだからよ」
「こんな状態で何を言ってるんですか。とにかく怪我を見せてください、早く治さないと」
「チッ……」
ふてぶてしく尊大な態度で舌打ちする女に、男は心配そうに回復魔法をかけながら今度はマユに問いかける。
「あなたは大丈夫ですか? どこも痛くないですか? 怖かったですよね……ああ、本当にどう償えばいいのか……」
「ぅう゛ぅぅ……」
しかし、マユは何も答えることなくピョンと飛び退って俺の後ろに隠れて小さく唸った。
その反応をどう捉えたのか、男は一層申し訳なさそうに頭を下げると、俺と陽芽にも同じように気遣いの言葉を投げかけた。
正直、どうするのが正解か悩ましい状況だったが……思いのほか良識のありそうな人が現れてくれたので、俺は平和的解決を図るべく、なけなしの営業スマイルで応じる。
「あー、俺達は何ともないです。それより、何でこんなことを……っていうか、どちら様ですか?」
「そうでした、名乗りもしないですみません……。僕は
ぎこちなく胡散臭さ満載の作り笑いを浮かべる俺とは違って、不純物ゼロの爽やか陽キャスマイルを輝かせる男が、治療を終えて近づいてくる。
「大変失礼なことをしてしまいましたが……こんな所で僕達以外の人と出会えるなんて思ってなくて、すごく嬉しいです。お詫びにもなりませんが食事でもどうですか? 色々とお話も聞きたいですし」
「あ…………はい。ぜひ……」
差し出された色の白い綺麗な手を握り締めながら間近で改めて顔を見た瞬間、さっきまでとは違う緊張感で俺は頬をひくつかせた。
うっっわっ!
何この人、超イケメン!!
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