第65話 THE 2nd DAY ~ハイドハイドハイドハイドビハインド~
事前対策なしに勃発してしまったアユ登場イベントを辛くも切り抜けた後、俺達はひと眠りして心と体を休ませた。
……まあ……正確には、アユが放った破壊力抜群の罵詈雑言によって陽芽がパニックを起こすという未曾有のクライシスに見舞われ、控えめに言っても全く切り抜けられてなかったのだが……。
しかし! 陽芽の記憶が、問題の部分だけ超絶都合よくぶっ飛んでくれた。
まさに不幸中の幸い。
おかげで、アユに対して陽芽が苦手意識を抱いてしまうような胃が痛くなる事態は回避できた……と思われる。
ただでさえ人見知りスキルのレベルがカンストしている陽芽が、よりにもよってあのアユと敵対しようものなら目も当てられない。
アユもかなり反省してたし……うん、次に顔を合わせる時はきっと大丈夫だろう……多分。
さて。
とりあえず、俺達は可及的速やかに……戻りたい。
料理しか能のないどっかのバカ野郎がとった軽率な行動のせいで迷子になってから、早くも一日が経過してしまった。
これは非常に由々しき状況である。
が、ダンジョンの神は我々に微笑みたもうた。
数メートル先すら真っ白に染め上げて俺達を大いに苦しめていた憎き霧が、今は大分うっすらとしているのだ。
残念ながら俺達が下りてきた場所を視認できるほどではないが……ともあれ、文字通り霧が晴れたようなスッキリした気分だ。
そんなわけで俺達は心機一転、希望を胸に今日こそはと意気込んで出発した。
「にゃっっハハハははぁあぁああっ♪」
「あ、危ないよー、マユお姉ちゃーん」
大都会の高層ビル群をパルクールで走る抜けるかのごとく、立ち並ぶ巨樹の枝から枝へとアクロバティックに颯爽と飛び移るマユに、ハラハラした表情で呼びかける陽芽。
そんな心配をよそに、今度は超高速回転の大車輪からG難度級の鉄棒絶技まで惜しげもなく披露するマユ。
奇襲への警戒が限りなく不要になった安心感から、俺はそんな様子をのんびりと眺めていた。
「ははは、元気だなぁ、マユは」
見知らぬ地とはいえ、モンスターはさほど強くないし、マユを罵る痴れ者も一人としていない。
っていうか、今やマユはダンジョンに住む全ての人間から追われる可能性のある、人殺しの犯罪者。
……いや、ここにいるやつらは全員もれなく犯罪者なんだけどね。
ともかく、そんな俺達にとって、ここは逃亡先にうってつけなんじゃないか?
なんか……考えれば考えるほど、悪くねえ環境じゃねえか。
やっぱり戻るのやめようかなぁ……。
マユパパや雨柳さん、ローニンさんがどうなったのかは気になるけど……いっそ三人をここへご招待するって手もあるんじゃね?
マユもすげえ生き生きしてるし。
広い所とか高い所が好きなんだろうな。
六連星の間でもテンション高かったし。
でも、あんな高さから落ちたら、いくらマユでも一大事だ。
万が一手を滑らせてしまったら、俺がカッコ良くキャッチして助けてやらねばならんだろう。
だから一瞬でも目を離しちゃいけないな。
うむ、決して他意はない。
見上げる角度とマユのスカートから導き出される展開を全然これっぽっちも期待してはいない。
仮に、だ。
たまたま偶然、運命の悪戯によって何かが見えてしまったとしても、それは俺にはなすすべのない不可抗力であり、下劣でよこしまな感情などは一切――――
「んごっふぅっ!?」
理知的で健全な思考に耽り油断しきっていた俺の脇腹に、固くて尖った物が死角からめり込んだ。
痛みで息も絶え絶えになりながらチラリと横に目をやると、軽蔑に満ちた眼差しで俺を凝視する陽芽が刀の鞘を握り締め、力いっぱいに負の感情を注ぎ込んでいた。
「お兄ちゃん……顔に、出てるから。気持ち悪い……」
「い、いや~、何のことやらサッパリ分からんな、妹よ……」
おかしいな、努めて真面目な顔を装って……じゃない、普通に真面目だったのに。
陽芽って人の顔色にこんな目ざとかったっけ……?
「ねぇえぇぇえぇねええぇえぇぇえ、かくれんぼぉぉしよおぉおぉおおかくれんぼぉおおぉおおおっ♪」
「「………………は?」」
地味に痛烈な攻撃を執拗に受け続ける俺の目の前に、後方伸身四回宙返り三回ひねりで着地したマユが唐突に言った。
揃って頭上に疑問符を浮かべる俺と陽芽は顔を見合わせ、思案する。
かくれんぼって……今? ここで? どうして?
という至極当然のツッコミはとりあえず置いといて、俺達が出した結論は……。
「……うーん、遊びたい気持ちは、分かるけど……せっかく、霧も薄いし、もう少し頑張ってからに、しない?」
「そうだなぁ……あんまり偉そうに言える立場じゃないけど、まだ五分くらいしか経ってないし、流石になぁ……」
残念ながら、却下だ。
ファンクラブ会長の俺にとって、唯一絶対の神であらせられるマユ様のお言葉に異議を唱えるなど、本来はあってはならない重大なコンプライアンス違反の通報案件である。
だが、しかし!
どんな時も「はい」か「イエス」で答えることが我が使命ではない。
時には適切な助言をし、過ちを指摘し、正しき道へと誘うことこそが会長の責務なのである。
忠誠を誓うことイコール隷属することではないということだ。
重ね重ね「大体いつも正しくないお前が言うな」感満載だけどうるせえ、自分のことは棚に上げるのが俺という人間だ。
「これだけ視界が良好なのがどんだけレアかは知らねえけど、今のうちにせめて一時間……いや、二時間は――――」
「やぁあぁぁぁだあぁぁやあああぁあぁぁだぁぁあぁああっ!」
心を鬼にして諭そうと試みる俺のセリフを、マユが間髪入れずに遮る。
「かくれんぼぉおおおぉおっ! いまああぁあいまがイイぃいのおぉおお! いまいまいまいまイイぃぃぃイマああぁあああっ!」
さらに、畳み掛けるようにマユは大の字に寝転がると、手足をジタバタさせて猛烈に暴れだした。
およそ中学生とは思えない壮大な駄々のこね方である……が、マユはそれを平気でやってのけることを俺は知っている。
ついでに、こうなってしまったが最後、全てマユの仰せの通りにする以外になだめる方法が存在しないことも、俺は知っている。
「や、やめてよ、マユお姉ちゃん、みっともないって。……ど、どうする? お兄ちゃん……」
「……んー……じゃあ、まあ……やるか。ただし、一回だけな」
と、俺が渋々了承するや否や。
マユは凄まじい変わり身の早さでコロッと表情を明るくして飛び起き、世界が救われたかのごとき喜びようでぴょんぴょんと跳ね回った。
挙句の果てには、
「じゃぁあぁぁねえぇえじゃあぁぁああねぇぇぇえマユわぁあぁぁ……ミィィつけぇるねええぇえええっ!」
と一方的に言い残すと、目にも止まらぬ瞬足で走り去り、遥か彼方の大樹に頭突きして「いぃぃぃちいぃぃ……にぃぃいいいぃい……」とカウントを始めた。
「……よし……さっさと見つかって終わらせるか。あんまり遠くには行くなよ、陽芽。つーかもう、ここに突っ立っててもいいぞ」
「あはは、いくらなんでも、それは……。一回だけなんだし、真面目にやろうよ」
「いやぁ……そうは言ってもなぁー……」
困惑しながらも、やるからには真剣に、という殊勝な陽芽とは対照的に、モチベのモの字もなければやる気のやの字もない俺。
なぜなら、勝機が欠片もないからだ。
というのも、マユには持ち前の超人的な身体能力だけでなく『察知』スキルまで備わっている。
具体的な性能を直接聞いたわけではないが、長い付き合いにより俺が弾き出した計算によると、このスキルは周囲三十メートル以内に存在する生物の気配を完璧に把握することができる。
人間だろうが、魔物だろうが、小さな虫だろうが。
水の中だろうが、騒音の中だろうが、暗闇の中だろうが。
ゆえに、マユがめちゃくちゃ張り切ってるところ大変申し訳ないが、かくれんぼなど遊びどころか暇つぶしにすらならないのは目に見えている……。
まあ、いっか。
開始早々ゲームセットでマユが飽きてくれるなら、むしろ好都合だ。
「はぁぁあぁちじゅぅぅぅきゅうううぅぅ……ひゃあああぁあぁくぅぅううっ! イイぃぃぃいっくよぉおおぉっ♪」
さらっと間違えながらも百まで数え終えたマユは、てきとーに隠れた俺達を探し始――。
める必要すらなかった。
「にゃっハハはぁあああああっ! てぇぇんちゃぁんみぃぃぃぃいいっけええぇえええっ♪」
「ぐっはぁぁっ!!」
拘束期間から解放されたマユは、コンマ一秒すら迷うことなくRTAかよとツッコミたくなる速さで一直線に俺が隠れる草むらまで駆け寄り、唖然とする俺をアメフト選手ばりのタックルで吹き飛ばした。
「な……な……んで…………?」
「てぇぇえんちゃぁぁんよわぁああぁいなあぁぁあ、ニャハハははあぁああっ♪」
たしかに、すぐに見つかるだろうとは思ったさ。
でも、あまりにチョロすぎてリテイクを要求されても面倒だから、一応かくれんぼの体裁を保つべくマユから四十メートル以上は距離をとっていた。
しかし、結果はこのザマである。
どうやら、俺はマユの実力を大きく見誤っていたようだ……。
ファンクラブ会長失格だ。
「つ・ぎ・わぁぁああああぁあぁぁ……ひぃぃぃめちゃああぁあぁぁぁんっ♪」
にたにたと笑いながらよだれを垂らし、上体を揺らして獲物を狙う肉食獣のように爛々と輝く目を八方に巡らせるマユ。
あ~……。
こりゃダンジョンかくれんぼ最速発見世界新記録だな……。
と、別に悔しくもない敗北を味わった俺は、別にめでたくもない世界記録が誕生する瞬間を確信していた――が…………。
その予想すらも呆気なく外した。
「――う゛ぅぅうぅ……いなぁぁあいなああぁぁぁ……うぅう゛ぅううう……」
「なん…………だと……」
三分後。
陽芽が見つからずに地団駄を踏んで歯噛みするマユの姿が、そこにはあった。
どうやら陽芽は手を抜くつもりなど一切なく、絶対に勘付かれないくらい全力でマユから離れている……などというレベルじゃあ断じてない。
その程度で超機動力と超嗅覚を誇るマユを欺けるはずがない。
一体どんな裏技が……と敗者になって高みの見物を決め込みながら考えていた俺は、ふと一つの手段に思い至る。
それは、陽芽が使える唯一のスキル――『暗殺』だ。
陽芽曰く「ただ姿が消せるだけの、しょぼいスキル」とのことだが、それこそ持っている者がほざく贅沢な文句である……というか、よく俺に言えたもんだ。
田辺さんから聞いたが相当チートでレアな『暗殺』は、視覚のみならず嗅覚や聴覚に優れた魔物にすら気づかれることはないらしく――この状況を見るに、どうやらマユの『察知』にも引っかからないようである。
おいおい、そんなのアリかよ。
ずりぃよ、俺にくれよ。
しかし……そんな反則級スキルにも弱点はある。
使用中はMPがガンガン減ってしまうのだ。
今の陽芽のMPだと、残念ながら二、三分足らずでMPがスッカラカンになってしまうので乱発ができない……はずだが、おそらく常に発動せずMPを節約しながら上手く攪乱しているようだ。
その証拠に、マユは何かを見つけたように鋭い視線を向け――たかと思いきや、すぐに見失ったように苛立った唸り声を上げ、もどかしげに悶えて……を繰り返している。
す……すげえ……!
なんという高度な遊びだ!
…………。
……いやいや、かくれんぼごときにどんだけマジなんだよ、こいつら?!
え? 何? 俺が変なの?
「う゛ーーーー! う゛ぅ゛~~~~~~っ!!」
結局、MPが尽きた陽芽が見つかり、この不毛なかくれんぼが終わりを告げるまでさらに十五分の時間を費やした。
その後、ようやく樹海の探索が再開されたが、俺達が下り立った場所へは相変わらず戻れなかった。
でも……。
悔しそうにもがく貴重なマユを見ることができたから……まあいいや。
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