第50話 こころ
サユとアユをいじめたわるい人に、仕返しした。
……ううん。
サユとアユをころしたわるい人を…………ころした。
マユが……。
なんだろう、この気持ち……。
マユがそうしたいって思ってやったことなのに。
そうした方がいいって思ってやったことなのに。
サユとアユもきっとよろこんでくれるって……そう思ってやったことなのに……。
かなしいのは消えなくて……。
苦しいのは、もっともっと苦しくなって……。
なみだが、止まらなくて…………。
「おめでとおぉおぉぉぉおございまぁぁああす! いやぁぁあ、これでサユちゃんとアユちゃんもぉおお浮かばれるってぇもんですねぇえぇええ」
そう…………かな……。
そうだと、いいな…………。
「おやおやあぁああ? なぁぁあんで泣いてるんですかああっ! かわイイぃお顔が台無しじゃぁあないですかぁぁああ、ほらほら笑って笑ってぇぇえっ、にゃハハハハぁあぁあぁああ♪」
どうして……。
どうしてルカさんは、そんなにわらえるんだろう。
出会ってからずっと、ずーっと楽しそう。
マユは今も……こんなに、つらいのに。
ちゃんとふくしゅうできたのに……。
なんだか……うらやましいな。
もしも……ルカさんみたいになれれば……。
マユもまた、サユとあそんだ時みたいに……アユとおしゃべりしてた時みたいに…………たのしくわらえるのかな……?
「さぁぁあぁて、とぉぉ……祝杯でもあげたいところですがぁあぁぁ……ここで! マユちゃんにもう一つ大切な宿題がありまぁあぁぁあっすぅう」
「……え………………?」
マユのほっぺたについた血をふいてくれてたルカさんは、マユを見つめていたやさしい目をサユとアユに向けた。
「マユちゃんのだぁあぁい好きなサユちゃんとアユちゃんわぁあ……ご覧のとおぉぉり、残念ながらお亡くなりになってしまいましたぁぁ……け・れ・どおぉお……」
「……………………?」
「実は! お二人の優しい優しいぃい『心』はまだ! 死んでないんです! 生きてるんです! 救えるんですよおぉおぉぉおおおっ!」
「こ…………こ……ろ………………?」
どういう、こと……?
心が……生きてる?
死んじゃって……ないの……?
「心はねえぇぇマユちゃぁん、ヒトのいっちばぁあん大切なモノなんですよぉおお。マユちゃんと一緒に遊んだ楽しイイぃ記憶……積み重ねた懐かしイイぃ思い出……汗を流して必死にプレゼントを探したぁぁ優しくて温かああぁい気持ち……それが心にぜぇえぇぇんぶ詰まってるんですよおぉおおおっ」
サユ……アユ…………。
「体なんてぇぇえだぁぁいじな心を入れておくだけのぉおぉ入れ物に過ぎないんですぅう。壊れちゃったのならぁあぁあ、キレぇぇえぇえなのに移せばイイぃいだけなんですよおおぉおっ♪」
そう……だったんだ……。
サユとアユの心は、まだ助けられるんだ。
よかった……。
でも…………。
「心を…………移す……って……ど、どこに……どうやって? 心なんて……見えないよ……?」
ぽろぽろと流れつづけるなみだをごしごししながら、マユは聞いた。
ルカさんはサユとアユのむねのところに指をさして、にぃってわらった。
「にゃははぁああ、心はねぇぇえぇ……ココ♪ 心臓の中にたぁああっぷり入ってるんですよおぉおお、実はあぁぁ」
「しんぞう………に?」
そんな……そんなの、聞いたことない。
パパにも、ママにも、おいしゃさんにも、聞いたことない。
「そぉぉそおぉぉおっ。そして心わですねぇぇぇ、ある方法でひょいってかぁぁんたんに移せちゃうんですよねぇええぇ、これがあぁぁ。しかもマユちゃんの中に入れられちゃうんですよぉぉ。よかったですねぇえ、これからはずぅぅっと一緒ですよおおおぉお?」
「ほ…………ほんと……?」
もしも……。
もしも、それがほんとなら……。
サユとアユの心は、助かるんだ。
これからもずっと……ずっといっしょにいられるんだ……。
だったら…………。
「どうすれば……どうすればいいの? マユ、なんでもするからっ!」
「にゃはぁ……ぜえええんぜん難しくありませんよぉおぉぉ。やることはたぁぁったひとぉおつ――――」
ぺろって、したをちょっと出して。
ふらふらって、頭を左右にゆらしながら……。
ルカさんは言う――――。
「食べるんですよおおぉおおお……心臓を♡」
「…………………………え?」
た………………べ…………る?
サユと、アユの、し……しん…………。
「む……むり……。そ、そんなのむり、だよぉっ……」
「ぇえぇええぇぇ? なんでですかぁああぁあぁぁ??」
「なんで……って…………」
そんな……そんなこと、ひどすぎるよ。
そんなの、サユとアユがかわいそうだよ。
ぜったいぜったい、だめ……!
「うぅぅうん……あのですねえぇぇマユちゃぁん……サユちゃんとアユちゃんの体はもおお壊れちゃってますからぁぁ、痛みなんてこれっぽっちも感じないんですぅうう。だからなーーんにも気に病むことはないんですよぉおぉおお」
「で、でも…………!」
「お二人の気持ちをぉぉ考えてみてくださぁああい。きっとマユちゃんに助けてもらいたぁいい、一緒になりたぁいいぃって思ってるハズじゃないですかぁぁあぁ」
「でも…………」
「どぉおおせこのままだったらぁ、お医者さんに切り刻まれてぇぇ内蔵ぽいぽいとられちゃってぇええ骨だけ残して燃やされちゃうだけですよおぉおおお?」
「で…………も…………」
「このまま何もせず見殺しにしていいぃんですかぁああ? 本当にぃぃ??」
「…………………………」
あ……れ…………。
マユが……マユが、おかしい……の?
マユがわがままで、わるい子なの?
本当に……それが一番で、正しくって、いいことで……二人がよろこんでくれる……のかな……?
…………そう……なのかな……。
……………………。
「……あぁあぁぁぁ……残念ですがぁぁ、あぁんまり時間は残されてないんですよぉおお。お二人の体が冷たくなった時にはあぁぁ心もなくなっちゃいますからぁあぁあぁぁ」
「!? そ…………んな…………」
うそ……うそ…………。
つめたくなるって……どのくらい?
わかんない。
だめだ、まよってなんかいられない。
早く……しなきゃ…………!
「あっ、もしかしてぇぇお味の心配ですかあぁあ? だぁああいじょぉおおぶですぅ、だああいすきなヒトの心臓はですねぇぇぇチョコレートみたぁいに甘ああぁく感じますからあぁああっ。お二人であればぁぁそれわそれわ濃厚ぅうでトロけるよぉぉな極上のスイーーツに違いありませんよおおぉおおっ♪」
そんなの、どうだっていい。
マユは、二人を本当にたすけられるんならそれで……。
本当に、これでずっといっしょになれるんなら、それで……。
した方がいいことなんだ。
しなきゃいけないことなんだ。
サユも、アユも……マユも、そうしたいって思ってるんだ。
マユは、ほうちょうをにぎり。
アユとサユのそばにすわって。
そして……。
そして――――――――――。
「ニャハハはははぁあああっ! ほんとにほんとにほんとにほんとに優しイイぃぃいいぃいですねええぇえええ、マユちゃぁんわぁあああああっ♡」
「――ちっくしょうっ! どうなってやがんだこりゃあ!」
不運にも渋滞に阻まれたことで苛立ちをピークまで募らせた剛健と栞那は、メールに表示されたGPSの位置情報――公園より先に、ひとまず音信不通となった自宅へと戻った。
サユとアユに何かあったのは間違いなさそうだが、今もまだ同じ場所にいるとは考えにくいからだ。
そして、そこで目の当たりにしたのは、つい三時間前までは平穏であった我が家の無残な惨状。
剛健と栞那はしばし呆然と立ち尽くしていたが、愛する娘達の安否を一刻も早く確認しなければと思い、組員の死体と血が散乱する廊下を足早に駆けていた。
「マユ……サユ……アユ……無事かしら……? きっと大丈夫よね、あなた?」
「……ああ、とにかく急ぐぞ。それと……足元に気をつけろ。……極力見ずにな」
惨たらしい死体を見たことと不安によって精神的に相当消耗している栞那。
その手を引く剛健自身も、内心は慌てふためき心の底から叫びたい気持ちだった。
しかし、そんなことをしたところで事態は改善されないどころか栞那の動揺が増すだけだ。
代わりに剛健はひたすら走り――階段を駆け上がり――マユの部屋がある三階へとたどり着いた。
くちゃ……くちゃ……。
開け放たれた扉を見て、二人の緊張が高まる。
事務所と自宅を兼ねていることから、万に一つとはいえ襲撃の危険があることは想定していた。
そんな時、娘達には特注の頑丈な扉に鍵をかけて絶対に外に出ないよう伝えてあったのだ。
くちゃ……くちゃ……。
加えて、その中から聞こえてくる、小さいながらも不快で奇妙な音。
くちゃ……くちゃ……。
息をするのも忘れ、剛健はゆっくりと近づき……部屋の中を覗き込んだ。
くちゃ……くちゃ……。
最初に目に付いたのは、フローリングを真っ赤に染める大量の血と、切り裂かれた二人の死体。
その瞬間、剛健は全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
だが、すぐにそれが成人男性の物であると分かりほっと息をつく。
くちゃ……くちゃ……。
…………襲撃者はいない。
部屋の中に危険がないことを確認した剛健は、中心にうずくまる見慣れた後ろ姿に語りかけた。
「マユ…………マユだよな? 大丈夫か? 何ともないか……?」
手で制していた栞那と共に、カーテンを閉め切った薄暗い部屋へと足を踏み入れた剛健は、そこで異変に気づいた。
奇妙な音は、マユの方から聞こえるということ。
そして……。
マユのすぐ傍で横になる、同じ服、同じ体格の、見慣れた…………。
「マ…………ユ………………?」
くちゃ…………。
………………………………。
ようやく剛健の声に気づいたマユが、ゆっくりとこちらを向いた。
「――――――――――ッ!?」
剛健と栞那は見てしまった。
マユの口の周りを覆う、夥しい血液。
その口元……震える両手で大事そうに持っている…………心臓を。
「き……きゃあぁぁあああああああああっっ!!」
――――――五日後。
「PTSD……心的外傷後ストレス障害です。今はご両親のお二人も辛いとは思いますが……できる限りマユちゃんに寄り添ってあげて、時間をかけて治療していきましょう……」
「はい……ありがとうございます、先生……」
行きつけの大学病院。
光線過敏症の治療で何度もお世話になったこともあり、マユに配慮してカーテンを二重にした室内。
そこで、担当の精神科医が下した診断に重々しく返答する剛健と、泣き腫らした目にハンカチを当てて俯く栞那。
申し訳なさそうに退室する医者を見送り、二人は並んで椅子に腰掛けてマユを見つめる。
「あはは……やっぱりすごいなぁサユは……。ねぇアユ、楽しいねー…………」
ベッドの上で上体を起こし、頭を左右に振りながらブツブツと呟くマユ。
あの日から、ずっとこの調子だ。
虚ろな目で何もない中空を見つめて、剛健と栞那以外の誰の問いかけにも一切反応せず、死んだように無表情のまま、亡き妹達と会話をしているような独り言を延々と繰り返している。
「マユ………………うぅっ……」
その様子を見て、栞那が――結婚以来ほとんど泣くことのなかった栞那が、何度目とも知れぬ涙を流して剛健の腕にすがりつく。
剛健とて悲しくないわけではない。
ただ、何もできなかった不甲斐なさ、やるせなさ、何よりも今回の事態を引き起こした犯人に対する怒りが、泣き喚くことを拒絶している。
「栞那…………俺は決めたぜ……」
「え……?」
そして今。
マユの入院手続きを終え、サユとアユの葬儀を終え、剛健はある行動に移ることを決心した。
「これから、ちっと派手に喧嘩してくる。もしかしたら……しばらく家には戻れねえかもしれねえ。こんな状態のマユを放ってはおけねえから、今までずっと悩んでたんだが……俺は……俺は、どうしても…………」
剛健には、すでに襲撃者の目星がついていた。
マユの部屋にあった死体が、いるはずのない男……広瀬組の幹部中の幹部、組長の右腕である男だったからだ。
当然、興将を始め知る限りの組員に片っ端から電話をかけたのだが、なぜかいずれも繋がることはなかった。
こうなったら、直接広瀬組の事務所に乗り込むしかない。
そう剛健は考えていた。
「……分かった。ただし……私も行くわ!」
「はぁ!?」
剛健は今回の黒幕を殺してしまうかもしれないと危惧していた。
マユの今後のためにも、できるだけ穏便に解決したいという気持ちはあるのだが……いざ犯人を目の前にした時、剛健には自分を抑えていられる自信がなかった。
そうなると、マユを支えてあげられるのは、母である栞那しかいない。
だからこそ一人で、と剛健は決断したのだが……。
「い、いやいやいや、連れて行けるわけねえだろ、危険が――――」
「あなたが守ってくれるなら大丈夫でしょ? それに、私だって絶対に許せない。殺してやりたいって思うわ。でも……そんなわけにもいかないものね……。あなたがボッコボコにやっつけてくれるのを見て、それで満足することにするわ。あはは……」
「栞那…………」
こうなったらもう、栞那は揺るがない。
昔から、こうと決めたことは一歩も譲らない芯の強い女性だと剛健は知っていた。
だが、そんな彼女に惹かれた剛健は、ふっと険しい表情を崩して大きく頷いた。
「わーったよ。くれぐれも無茶はすんじゃねえぞ。……下手したら、俺をほったらかして殴りかかっちまいそうだもんな、お前は」
「ぷっ、そんなことしないわよ! ふふ……ふふふ…………」
ここ数日、見ることのなかった妻の笑顔。
目の周りは赤く腫れ、心労もあり少しやつれた痛々しい姿ながらも、剛健は間違いなく世界で一番美しいと感じた。
せめて、残された妻とマユだけでも一生守りぬく。
そんな決意を新たにして、剛健は大きく息を吸い込み、勢いよく立ち上がった。
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