第30話 キチかわいいマユの為ならば、俺はもしかしたら黒い悪魔も倒せるかもしれない。
マユに釣り合う男になる!!
そう誓いを立ててから、はや三日。
俺の『完全無欠の性格イケメン俺TUEEEEEE計画』の進行は、悲しいことに芳しくない。
頑張ろうとは思っている。
思っているのだが……やはり、どうにも二層は、こう……やる気がでねえ!
何をニートみたいな寝言をほざいてやがるんだと思うかもしれないが、どうしたって生理的に受け付けないのだから仕方がない。
なぜなら、魔物が虫ばっかだから!
レベリングにしても、さして強敵ではないので倒すこと自体は難しくないのだが……きしょい!
精神的な消耗が激しくて吐きそうになる!
絶望的なまでにモチベーションが保てない!
そして、何よりの問題が食事だ。
ここ数日のラインナップたるや、地上にいた頃と比べて……というか、ダンジョン生活も込みで、まさに地獄としか表現できない。
『ヴェノムキャタピラー』(デカきもいイモムシ)……禍々しいマダラ模様をした成体になると、食べるとかマジ無理。どの部位をどう調理しようが無理。ガチで死ぬ。しかし、全体がクリーム色の幼体なら(空腹の絶頂という極限の状況にあると仮定すれば)悪くない。油で揚げると苦味が多少減って、サクサクとスナック菓子のような軽い食感になる。ただし、見た目は最悪。味評価は星二つ。
『スペリオルマンティス』(デカきもいカマキリ)……一メートルを越える鎌状の腕は鉄よりも硬く、当然食えない。羽をむしり、頭部と四肢を切り落として焼くと匂いがマシになり、表面はパリッと中はしっとりとして、まあ(日々ひもじい思いをしているスラム街の恵まれない子供達の気持ちを想像すれば)食べられなくもない。ただし、見た目は最悪。味評価は星一つ。
『グリムスコーピオン』(デカきもいサソリ)……ハサミは硬くて食えない。猛毒のある尻尾は言わずもがな。だが、それ以外なら(食えばマユにキスしてもらえると自己暗示をかければ)割と平気。限りなく前向きに例えるとエビのような味……と言って言えなくもないような気がする的な感じみたいな風でもある可能性が否定しきれないかもしれない。ただし、見た目は最悪。味評価は星二つ。
ちなみに、味の最高評価は十とする。
全て、スキルを駆使して調味料や香辛料をフル活用した上での評価だ。
「ふう……もーーーー嫌だっっ!!!」
カラカラに枯れた潅木だけがぽつぽつと点在する、石と砂ばかりのヒビ割れた荒地が広がる小さな部屋の真ん中で、俺はついに耐え切れなくなって腹の底から叫んだ。
「ふにゅぅぅうぅぅぅ??」
天を仰いで泣きそうになる俺の切実な思いなど露ほども感じ取っていないマユは、不思議そうに首をかしげて目をパチクリさせる。
「なーなー、そろそろ虫以外が出るとこ行こうぜー。この辺の魔物マズすぎ! マユもそう思わねえ?」
いつもなら、愛しの我が主マユ様に意見するなど万死に値する愚劣な行為であるのだが、今回ばかりは許してもらいたい。
これは、マユ様のためでもあるのだ。
塩、コショウ、パセリ、ローズマリー、バジルを揉み込んでこんがり焼いた必死の抵抗料理『グリムスコーピオンの香草焼き』を見事な勢いで完食し、皿までペロペロ舐めながらマユはご機嫌な様子で答えた。
「うぅうぅぅぅンン……まえわぁぁあぁウエぇぇってぇなってえぇぇでぇもでもぉぉてんちゃぁんのだったらぁぁぁとぉぉってもオぉイシぃぃいよぉおぉぉ♡」
「ッ…………!」
「にゃははぁはぁぁあぁぁぁっなぁあんでもオぉイシぃぃくってえぇええてんちゃぁんすごぉぉいすごおおぉぉいいぃ♪」
か。
か……。
か…………。
かわいすぎるっっ!!!
って、いかんいかん……落ち着け。
やれやれ系主人公になると心に誓ったじゃないか。
Be cool……フラットに行こうじゃないか、日比野天地。
常に余裕を持って優雅たれ、というやつだ。
「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどさぁ……もう充分だろ、虫は。二層でもマシなのが出るとこあるし、明日からそっち行こうぜー」
にやつく顔を手で抑え、あくまで平静を装いながら内心はお祭り気分で再度の提案を行う。
早くも満腹からのおねむモードに進行しているマユは、こっくりこっくりと頭を揺らして、キュートな欠伸をかましつつムニャムニャと答えた。
「ふわぁぁあぁあぁぁぁ……にゃらぁぁあそぉおおぉゆぅこおとぉぉでぇぇぇえマユわマユわぁぁあぁイイぃぃいっ――――――」
「…………ん?」
ピタッッ――――っと。
なぜか突然、マユは石化したように固まった。
「………………」
「……お、おい……どうしたんだ、マユ……?」
な、何だ?
一体、何が起こった?
マユを観察していると、ついさっきまで九割近く閉じられていた虚ろな瞳が、今はカッと見開かれて、瞬き一つせずに一点をひたすら凝視している。
視線は俺の後方、やや下向き。
「何だってんだよ~マユ。食べ物でも落ちてるのか? …………んん? あれって……」
マユに注目されている羨ましいこんちくしょうの正体を突き止めるべく、視線を辿って篝火とセーブクリスタルにぼんやりと照らされた薄茶色の地面をジッと見つめると……何やら小さな黒い物体が、そこにはあった。
とても懐かしく……夏の風物詩とも言える……凄まじい生命力を持った……恐怖の象徴……黒い悪魔。
ゴキブリだ。
「うへぇ~、ゴキブリじゃねえか。ダンジョンにもいるのかよ、コイツ……」
地上にいた頃からの付き合い(?)とは言え、再会を喜ぶ気はサラサラない。
なぜなら、俺はコイツが大大大嫌いなのだから。
まあ、好きだという奇特なヤツもいないだろうが……。
しかし、ダンジョンの恐ろしい魔物の数々……とりわけ二層のキモ虫野郎共を見慣れてしまうと、ゴキブリのインパクトも大分薄れるもんだ。
以前の俺なら「ひぇぇぇ、退治してくれマユー!」と泣きついていたかもしれないと思うと、俺の精神力のレベルアップは著しいな。
「にしても、セーブクリスタルがあってもゴキブリには関係ねーってか……。で、それがどうかしたのか? マユ?」
まさか、ゴキブリを食べる気じゃあるまいな。
いくら超絶キチかわいいマユでも、それはちょっとやめてほしい。
すでに数十倍は反吐が出そうな虫共を片っ端から食い散らかしてきたが、それでもゴキブリは俺的にアウトだ。
もし手を出そうものなら……全力で止めねばなるまい。
「う……う…………」
「……?」
やはり様子がおかしい。
わなわなと震えだし――――。
「うぅぅうぅぅぅぅっう゛う゛ぅぅう゛ぅううゥゥっっ!」
青天の霹靂、とはまさにこのことだ。
マユはいきなり奇妙な声で叫びながら弾けるように飛び上がり、いつの間にか手にした麺切包丁を滅茶苦茶に振り回し始めた。
「うおっ!? どどっ、ど、どうしたんだよ、マユッ!??」
「う゛ゥゥウうぅう×$%&◇∀〆∝☆∮’@=>?”Σσ▽§~~!!」
何が何だか分からない……!
顔を真っ赤にして、狂ったように暴れるマユ。
放たれた斬撃は俺の頬をかすめて空を切り裂き、轟音と共に乾いた地面を次々と割っていく。
ケルベロスの足を豆腐みたいに切断した、飛ぶ斬撃。
まかり間違って俺に当たろうものなら……。
し、死ぬっ!
このままでは死んでしまうっ!!
「おち、おち、落ち着けマユっ! 急にどうした!? と、とにかく一旦落ち着こう! なっ?」
「む゛ぅう゛う゛ぅぅうぅごごごぉぉゴぉキ……キぃぃいぃダぁメぇぇえぇっ! あっちぃぃいぁあっちいぃぃいぃう゛ぅううぅううう……っ!」
「…………ッ!」
も、もしや……。
マユって……ゴキブリが苦手なのか……?
いやいやいや、まさかそんな馬鹿な。
だって、あのマユだぞ?
大体、この層で虫を散々ぐっちゃぐちゃにしてきたじゃねえか、喜々として。
それなのに、ゴキブリだけが例外だなんて……信じられない。
あり得ないだろ? ドッキリだろ? 冗談だろ?
「ぅぅうぅうぅぅぅわぁあああぁあぁぁぁんわあぁぁぁあぁああんんんっ!」
しかしながら、半信半疑で口をぽかんと開ける俺の前で、いよいよマユは盛大に泣き喚き始めた。
今にも誤って首を切り落とされそうな危険下で……なおかつ、あのマユが初めて取り乱しているという異常事態だというのに、あまりに能天気かつ不謹慎ながら、俺は思った。
ああもう、かわいすぎるっっ!!
って、いかんいかん……落ち着け。
TPOを考えろ俺。
とにかく、速やかにゴキブリを排除せねば……!
「う゛ぅぅうぅぅうぅううてぇぇえんちゃぁあぁああん! てぇええぇんちゃぁぁあぁんっ!」
「――――――!!?」
ようやく我に返って決意を固める俺に、さらなる衝撃が訪れた。
マユが抱きついてきたのだ。
間違いない……俺の心臓は、今、この時、確実に止まった。
脳はブツンと音を立てて、完全に機能を停止した。
そんな俺に対して、マユはぼろぼろと涙を流しながら、上目遣いで容赦なく止めの一撃をぶっ刺した。
「ぅぅうぅ……ぉおねがぁぁぃいぃぃぃ……もぉぉ……もぉおぉやぁぁだぁあぁぁぁ…………」
ズキュ――(*〃´Å`〃)――>>ンッ!!
ああ……。
我が生涯に……一片の悔いなし!!
俺はきっと、この瞬間のために生まれてきたのだろう。
前前前世から僕は、君を探し始めたに違いない。
一億と二千年経っても愛してるに違いない。
任せろマユ、今すぐヤツを駆逐してやる!!
この世から……一匹残らず!!
「…………んあ?」
何の恨みもないが消えてもらおう……と……。
たかがゴキブリごときを相手に過剰な殺気を放ち、愛用の鉈をゆっくりと振り上げたところで……。
またしても、マユは予想外の行動に出ていた。
噛み付いているのだ…………俺の首に。
「へ? ……ちょ、マユ、な、何を――――って、いてててててててててっっ!!」
なぜ!?
俺は今まさに、お前のためにゴキブリを成敗しようとしているのに。
恐怖と混乱がピークに達してトチ狂ってるのか?
くっそ、当然だけど悲しきレベル差によってマユを振りほどけない。
ていうか、至福の抱擁も力が強すぎててててててッ!
何これ、アイアンメイデン!?
マユどいて! そいつ殺せない!
「う゛にゃぁぁあぁあぁぁぁあ゛あ゛っっ!!」
「ぐぅッ!!」
ぶちぶちっっ!
皮膚と肉を引きちぎる嫌な音とともに吹き出す血。
不幸中の幸いか、動脈は辛うじて避けているため大事には至らないと思われるが……ただし、痛いものは痛い、すごく痛い。
てかこれ、どういう状況?
俺達、ただ害虫を追い払いたいだけなんだよね?
何で流血沙汰になってんの?
「くっ、このままじゃ…………って、あれ? ゴキブリは?」
なんということでしょう。
謎の内輪揉めですったもんだしている間に、ゴキブリが消えた。
男らしく退治して株を上げるラッキーイベントはご破産になったが……何はともあれ、これで一件落着か……。
ところがどっこい。
ブブブブブ……という不穏な羽音が聞こえて目線を上げると、恐ろしい黒い悪魔は俺とマユ目掛けて猛スピードで飛びかかっていた。
「や゛ぁああぁぁぁあぁあぁぁあああっ!!」
それに気づいたマユは、一際甲高い声を上げて体をこわばらせた。
しがみつく手にも自然と力が入り、俺の背骨が粉々に砕けなかったのは奇跡としか言えない。
苦しみに喘ぐ俺。
迫り来るゴキブリ。
万事休すかと思われた、その時。
マユが目をつぶったまま再び包丁をデタラメに振り回し……何と、それがゴキブリに命中した。
「お、おお……っ! マユ、もう大丈夫だ。安心し――――」
ズズゥゥ……ン……!
ようやく事態が収束を迎えてホッと一息つき、ここぞとばかりにマユの頭をなでなでして落ち着かせていると……不意に、後方から重々しい低音が響き渡る。
何だってんだよ、これ以上何が起こるってんだ……。
うんざりしながら目を向けた先には…………真っ二つに割れたセーブクリスタルが、淡い輝きを完全に失って地面に崩れ落ちていた。
「………なん…………だと………………」
「ふにゅぅうぅぅぅうぅぅ……??」
この日、ダンジョンにおける貴重な安息の地が一つ、姿を消した。
とんでもない硬度を誇るクリスタルを誰が、いかにして、何故に破壊したのか……それは情報収集班による後の調査でも明らかにならず、真相は俺とマユのみぞ知ることとなった……。
…………よし。
見なかったことにしよう。
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