3 - 6 「ハルトとハイデルト」

 

「よう、相棒! 心の友よ!」



 光一つない真っ暗闇の世界で、誰かに語りかける陽気な声が聞こえる。



「おーい、聞こえておるか? おかしいな…… 死んだらここへ来るように術式組んだ筈なのだが……」


『どちらさまですか?』



 つい条件反射で、聞き返してしまう。



「さぁだ〜れだ? 当ててみよ! 賞品はセルミアから盗んだ染み付きおパ…… うわっあちち!?」



 暗闇に紅色の炎がぼわっと舞い上がり、一瞬だけ全裸の男が視界に映った気がした。



「魂だけの状態で魔法を行使するとは…… さすがは心の友…… 我が相棒である!」


『誰が心の友だ! 勝手に同類にするな!!』


「はっはっはー! やはり我が誰か、既に理解していたようだな!」


『そりゃあ嫌でも分かる…… あれ?』



 ハルトが先程から感じていた違和感に気が付く。



『声が……出てない? それにさっき魂だけって言ったか?』


「ああ! この空間にいるのは我と、相棒のお主――の魂だけだ!」


『ど、どういうことだよ』


「なぁに、それは至極簡単なこと。我が生前に、死後に自身の魂をここへ転移させるよう術式を組んでおいたのだ」


『そんな…… お、俺は死んだのか?』


「ああ! 死んだ! 絶頂を迎えたショックで心臓が破裂したぞ!? はっはっはー! どれだけ刺激的な絶頂だったんだ!? なぁっ教えてくれ!?」



 暗闇から何かがぬっと至近距離にまで近付いてきたような気がした。


 だが、依然として目の前は真っ暗闇だ。


 何も見えない。


 ハルトはハイデルトの問い掛けを無視して話を進める。


 聞きたいことは山程あるのだ。



『何で俺はここへ飛ばされたんだ……? ここへ飛ばす保険をかけていたってことは、何か理由があったんだろ?』


「我の質問は無視か!? あっ、もしやこれが噂の放置プレイという奴か!? ふむ、悪くない。この感じ、悪くないぞ! とても甘露な味わいだ!」



 この手の類いは、気にしたら負けだ。



『……で、理由は? まさか身体から出てきた黒い触手に関係があるのか?』


「その通りである! ピンポンピンポーン! 正解、正解、大正解! じっちゃん顔負けの名推理ではないか!」


『くっ…… ノリが若干鬱陶しい』


「はっはっはー! それは生前に何度も言われたな! 懐かしいぞ!」


『はぁ…… 分かった分かった。話を先に進めよう。それで、魂だけここへ呼び寄せた目的は?』


「我はこの真っ暗闇で何年も一人寂しく待っていたのだぞ? 少しくらいお喋りしてもよいではないか」


『何が一人寂しくだ! お前俺の記憶覗いて楽しんでただけだろ!!』


「な、なぜバレたし!?」


『覚えた知識をすぐに使いたくなる小学生かお前は!!』


「はっはっはー! こりゃあ一本取られましたな。はっはっはー!」


『もういいから…… 話を先に進めてくれ……』



 それからまた暫くハイデルトの無駄な掛け合いに付き合うこと小一時間。


 ようやく、まともに話ができる状態まで落ち着きを取り戻したハイデルトへ、なぜ魂だけここに呼び寄せたのかという最初の質問に回帰させることができた。



「相棒の身体…… いや、我の身体には、魔王という名の異世界からきた怪物を封印してある」


『魔王?』


「そう。魔王。理不尽なまでの攻撃性から、そう呼ばれておる。本当の名前は我でも分からぬ。突如前触れもなく異世界から飛んできた怪物だ。過去にも同様の怪物が飛んできたらしいのだが、どうやら過去に飛んできたのは身体の一部だったようでな、今回飛んできた本体は、殺しても死ななかった。色々悩んだ結果、仕方なく身体へ取り込んだのだ……」


『なぜそこで身体に取り込んだ……』


「それはもちろん、気持ち良…… 世界を守るためである!」


『頭が痛くなってきた……』


「はっはっはー! さすがは相棒! 魂の状態で頭痛を感じるなど不可能! 頭などないからな! だが不可能を可能にするのが我が相棒だ! あっぱれ!」


『うぜぇえええ!!』



 結局、ハイデルトが死ねば、身体に封印した魔王が復活する。


 だから、予期せぬ事故で死んだ時のために、魂だけ転移させ、復活魔法をかけて送り戻すという保険をかけていたとのことだった。


 ハイデルト曰く、あらゆる補助魔法やら人体改造を施した我が負けるはずはないが、人生何が起きるか分からない故、保険は凄〜く大切、だとか。


 案外慎重派なのかもしれない。



「我の身体。今は相棒の身体でもあるが、相棒が死ねば世界が滅ぶ。我の身体に取り込んだ魔王はそういう類のものよ。そうなれば、何億という命が失われることになる。それだけは避けねばならぬ」


『じゃあ何でお前は死んでんだよ』


「おお! 聞いてくれるか心の友よ!!」


『あー、はいはい。手短にな』


「任せたまえ! 要領よく簡潔に説明するのには定評があるのだ!」


『はいはい。で、何で? 魔王にも勝てるお前が何で死んだの?』


「実は、日頃の刺激に感度が鈍くなってしまってな…… それで身体を少ーしばかり弄ったのだが…… 感度が数十倍に増幅されるように…… まぁ、なんだ。ちょっとやり過ぎたようで…… な。その…… まさか死ぬほどとは…… 反省しておる。我、反省」


『やっぱり自分のせいじゃねぇええかぁぁあああ!!』


「あちち!? 熱い! 熱い熱い! 熱いよぉぉぉああでも気持ぢぃいいい!!」


『く、くそっ…… ぬかった…… こいつ生粋のマゾヒストだった……』


「も、もう少しだけ…… 途中でやめないで……」


『………………』



 ハイデルトの死因は、奇しくも今回のハルトと同じ。


 絶頂死オーガニズムデスだった。


 ハイデルトは山中での全裸徘徊の露出プレイ中に。


 ハルトは溜まりに溜まった状態でのミーニャのにぎにぎにて。


 情けなさ過ぎて涙が出そうで出ない。


 魂だから。


 畜生が!!


 しかし、そうなると思わぬ弱点が生まれたことになる。


 絶頂=死。


 風俗どころか、一人で発散することすらできない。


 この約束を破れば死が待っている。


 あられもない姿での死が……



『い、生き地獄じゃねーか……』


「はっはっはー! どんまいだ相棒!」


『ふざけんなぁあああ! 元に戻せぇえええ!!』


「ぎぃひぃいいい!? 気持ぢぃいいい!!」



 いくら問い詰めても、返ってくる答えはNO。


 改造したのは身体であり、ハルトの魂ではない。


 ハイデルトが同じように身体を改造するには、ハイデルト自身が復活しなければならない。


 それはできないということだった。



『お前、天才だろ……? 復活もできるんじゃないのか?』


「はっはっはー! 我は褒められるより貶される方が好きなのだが…… そう、我ならできる!」


『じゃあ、お前が復活して身体を改造することがなぜできないんだよ!?』


「ふむ。それはな……」


『それは……?』



 急に真面目な口調になったハイデルトの口から語られたのは、衝撃的な事実だった。



「相棒の魂が消滅してしまう恐れがあるからだ」


『な、なぜ……』


「こればかりは、そういう世界の理だからとしか説明のしようがないな。恐らく、同一の魂は同じ世界に同時に存在することができないのだろう」


『そんな…… ん? 同一の魂?』


「我と相棒の魂は、どんな因果か分からないが、同じなのだ。全くの同じ。だが、それぞれの魂には違う自我が存在しておる。これは奇跡としか言いようがない。素晴らしいとは思わないかね!?」


『……思わない』


「はっはっはー! 素っ気ない反応!」


『それじゃあこれからどうすれば……』


「そう気を落とすことはないぞ? 相棒だけであれば、また我の身体――相棒が先ほどまでいた世界へ送り返すことができる。今回だけだが」


『ほ、本当か!?』


「そのための術式だ。当然!」


『……ハイデルト、お前はどうなる?』


「はっはっはー! さすがは相棒。気付いてしまったか。無論、消滅する」



 ハイデルトのその発言に、言葉を失うハルト。


 ウザい奴だが、自分が消滅するのを顧みず、迷うことなく俺を助けようとしてくれている。


 その事実に、目頭がジーンと熱くなった。



「そう心配せずとも運が良ければまた会える! 我はまだまだこの世界に大量の保険をかけておいたのでな! そして、なんと我の分身は、皆、集合精神グループマインドで繋がっておる! まさに無敵! まさに天才! はっはっはー!」



 前言撤回。



「我には夢がある! 生前に抱いた夢ではない。死後に抱いた夢だ! 何だと思うかね?」


『嫌な予感しかしない』


「正解だ! さすが我が相棒! そう! 我は日本へ行きたいのだ! 我が思い描いた理想卿が存在する国、日本へ!!」



 むしろここで消滅させるべき存在なのかもしれない。



『断固拒否する。お前を連れていくくらいなら道ずれにして死ぬ!』


「酷い! 最低だ!」


『どっちがだ!!』



 それからまた暫くハイデルトの無駄話に付き合うことになった。


 やれ日本のAVのジャンルは網羅されていて凄いだの、エロVR技術は革新的だの、色々……



「側溝プレイのAVの記憶を覗いたときは、さすがの我にも衝撃が走ったぞ。住む世界は違えど、我と相棒は繋がっていたのだとな!」


『あれは…… ネットで話題だったからつい……』


「蚊という血を吸う小さい生物になって、女子おなごの血を吸うゲームとやらも秀逸であった! そのような発想、さすがの我でも思いつかなかった!」


『また古いゲームの記憶を……』


「ぜひ試したい物もある! 四次元オ◯ホールだ! どんな刺激が味わえるのか…… 想像もできん! うぉおお! 未知への知的好奇心が震えるぅううう!」


『もはや病気だな…… 快楽中毒者』


「レムりんぺろぺろ」


『もはや会話すら成立していないが、レムりんが可愛いのは認める。なぜここでレムりんが出てきたのかが謎だが、あれか? 今回の死に戻り能力が似てるとでも思ったからか?』


「いや、それは関係ない」


『関係ねぇなら差し込んでくるなっ!』


「そうだった。一つ疑問があるのだが」


『くっ…… ペースが乱される…… ったく、なんだよ急に』


「相棒はなぜ幼い狐耳の娘に欲情しなかったのだ? 記憶では、しっかりと未成年モノも大量に見……」


『うぁあぁあぁあ!? ど、どうだっていいだろそんなこと! 見るのと実際にするのとでは全然意味が違うの!!』


「ふむ、その違いが我にはよく分からぬのだが…… まぁよいか。しかし、早く日本へ行きたいものだな! エロアニメの国、日本! 変態の国、日本へ!!」


『かなり偏った見方だな…… 俺の記憶のせいかもしれないけど…… でも、お前が言うと不可能も可能に思えてくるから不安になるよ』


「はっはっはー! 我は可能にしてみせる! 我にはそれができる才能がある! 既に日本が存在する世界律への介入実験は済ませてある。それに、魂を転移させる術式は既に開発済みだ! だが、どうやら魂と同化できる肉体は世界律毎に固有らしくてな。日本が存在する世界律で、我の魂と同化できる肉体はただ一つ、相棒の身体だけのようなのだ」


『はっ? お前何言って……』


「だが安心せよ! 相棒が死んだ後、抜け殻となった肉体が火葬されそうになっていたのでな。禁術を駆使して無理矢理世界律をこじ開け、やっとの事で相棒の肉体へ、火に対する圧倒的な耐性を付与しておいた。後は、腐敗耐性もな! その影響で、火葬場から服だけ燃やされた状態で出てきた相棒の肉体に、日本だけでなく世界中が騒然となっていたようだがな! はっはっはー!」


『お、お、おま……』



 衝撃的過ぎる事実に、ハルトは正しく発声できないくらいに動揺した。


 すると、突然ハイデルトの声がかすれて聞こえ始めた。



「おっと、そろそろ時間のようだ。相棒と話せて最高であった! また会おうと言えないのが寂しいところではあるが、我は無事に日本へと旅立ってみせるぞ! 相棒の肉体は我に任せよ!!」


『ふ、ふ、ふざ、ふざけん……』


「早く行かねば、相棒の秘蔵HDDが研究機関に押収されてしまう…… あれの中には我のお気に入りが詰まっているというのに…… 渡してなるものか……」


『な、まじ、や、やめ、やめて、え、何、研究機関って、ほん、ほんと、やめ、おね、おねが……』


「おお、大事なことを忘れるところであった! また身体を真っ二つにされぬよう、相棒の身体に最大限の斬撃耐性をかけておいたぞ! これをやるとそっち系の楽しみがなくなるのだが…… 相棒にはあまり必要ないみたいだったのでな。ああ、それとセルミアだが……」



 遠のく意識の中に、ハイデルトの言葉だけが朧げに届いてくる。


 既にハルトの悲痛な叫びは届いていないようだ。



「セルミアは、可哀想な女だ。我とは相性が悪かったが、相棒なら仲良くやれるだろう。気性の荒い女だが、強引に抱かれたい欲求が人並み以上に…… いや、野獣並みに強いらしい。同時にプライドも高いせいで、自分からアプローチできずに常に悶々としておる。眼だけはいつもギラついているがな」



 ハルトからの応答はなかったが、それでもハイデルトは話を続けた。



「セルミアは全力で嫌がるかもしれないが、本心は正反対のことを求めている。生粋の天邪鬼…… いや、相棒の知識を借りるならツンデレという奴だ。もし暴れて言うことを聞かないようであれば、手の手刀あたりを甘噛みしてやれ。途端に大人しくなる筈だ」



 最後の最後で、ハイデルトから届いた言葉は、どこか寂しそうな声色を含んでいた。



「我ではもうどうすることもできないのでな…… セルミアを頼んだぞ、相棒」



 落ちていく意識。


 ハルトの「イったら死ぬ身体で、どうやって抱けっていうんだよバカ野郎ぉおおお!!」という心の叫びは、ハイデルトへは届かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る