3 - 2 「生きたいように生きる決意」

 山賊達のアジトと思わしき場所に着いた。


 森の中に、草も生えていない開けた場所があり、そこに木と岩で出来た建物が見える。


 何かの砦の跡地に、木で補強した印象を受ける見た目だ。


 外壁が岩で出来ており、崩れた壁や屋根に木が当て嵌められている。


 そのアジトに、ハルトは出来る限り息を殺しながら近付いていった。


 勿論、露骨に息をすると白い靄が発生してバレてしまうので、呼吸を止めていたに過ぎない。


 それでも呼吸をしないと死んでしまうので、少しずつ白い靄が漏れ出ていたりする。


 アジトの前には、鎖に繋がれた女達が集められていた。


 その女達を囲むように、男達が何か話をしている。



「ボスがアジトを移すんだと」


「ああ、珍しくボスが慌ててたな。やべぇのがいるって」


「ボスがビビる程のもんって何だ?」


「さぁな。首狩りのザブザも人間ってことじゃねぇか? おっと、噂をすれば…… ボスが来たぜ」



 ボスと呼ばれた男がアジトから出てくる。


 道中、ハルトの気配に気付いた男だった。


 その男が口を開く。



「てめぇら、準備はできたのか」


「へい、ボス。後はこの女どもだけですが、どうするんですかい?」


「勿論、連れていくに決まってるだろ。だが、足手まといになる女は捨てていく」



 ボスの言葉に、仲間の男達がどよめいた。



「捨てるってことは…… 少し遊んでも構わねぇってことですかい?」


「なんだぁ? まぁ構わねぇが…… 出発に遅れれば容赦なく置いてくぞ」



 その言葉に、仲間の男達が沸いた。



「よっしゃーー! 久しぶりの女だぜー!!」


「うっしゃっしゃ…… 俄然楽しくなってきたなぁおい」


「まぁ待て待て、問題はどの女を捨てていくか、だろ?」



 ボスに視線が集まる。


 すると、視線を受けた男は女達を睥睨した。


 その視線に、悲鳴をあげ、怯える女達。



「盲目と乱暴女。この二人は好きにしていいぜ」



 その言葉に、男達が浮足立った。



「い、いいんですかい?」


「盲目は、まぁ希少価値は高ぇが、これから山道を長時間連れ歩くとなると足手まといだ。大分弱ってるしな。それと乱暴女だが、確かに上玉だが、性格がダメだ。ここまで強気な女は久しぶりだが、既に道中で2人も負傷させやがった。調教するのにも時間がねぇ。ここで間引く」


「いやっほぉ! ボスからお許しが出たぞー!!」


「盲目ってことぁ、狐人族の娘か?」


「まじかよ! 盲目とは言え、発育途上の狐人の娘となりゃかなりの値がつくんじゃねーか!?」


「それよか乱暴女って、このエロい巨乳女だろ!?」


「そっちの方が意外だぜ! いや、おれぁ大歓迎だがよ!!」


「うぉおおお! 上玉が抱けるぜぇえええ!!」


「グェヘヘ、俺のデカブツをしゃぶらせてやるからなぁ」


「ばっか、乱暴女にしゃぶらせてみろ、噛みちぎられるぞ」


「そんなもん、歯を全部折りゃーいーじゃねぇーか」


「ひはは、は、早く順番決めようぜ」



 逸る部下達に溜息を付きながらも、男はそれを止めようとしなかった。


 女達の中から、男が目隠しと猿轡を付けられた女を掴み上げ、そのまま地面へと転がす。


 その女は、紫色の髪に、首には黒いチョーカー風のリボン。


 それに、見覚えのある看守服を着ていた。



(メ、メイリン!?)



 牢獄要塞フォートプリズンの副館長――メイリンだった。


 そして、メイリンの脇に、薄い銀色の狐耳が生えた娘が転がされる。



「おれはこの乱暴女を貰う!」


「俺もその女だ!」


「俺も」


「グヘェ、オレは狐娘を犯すぜぇ」



 男達が群がる。


 すると、ボスと呼ばれた男が、しょうがねぇなぁと頭を掻きながら渋々許可を出した。



「ちっ、この砂時計の砂が落ちきるまでだ。そしたら問答無用で出発するぞ」


「へーい!」


「ボス愛してるぜー!」


「一生ついてきやす!」


「調子のいい奴らだ」



 男がアジトの中へと戻ると、残った男達は我先にと二人の女の身包みを剥がし始めた。


 猿轡が外され、罵声を飛ばすメイリン。



「き、貴様ぁ! こんなことをしておいてただで済むとおボォッ」


「黙れやぁ雌豚がぁ、ひっひっひ」


「や、やめろ…… グハ…… な、殴るなガッ…… な、殴らないで……」



 抵抗しようとするメイリンが、男達に囲まれ、殴られ、蹴られながら、服を破かれるように脱がされていく。



「動くんじゃねぇえ! 入らねぇえだろぉお! お前らちゃんと抑えとけ!!」


「や、やめろ…… や、やめて…… むぐっ」


「おい、口開けろや。これ咥えろ。まずはその歯を綺麗にへし折ってやっからよぉ、ひっひっひ」


「乱暴女は大変だなぁ、こっちは大人しくていいぜ?」



 一方で、狐娘は、数人の男にゆっくりと脱がされていた。


 酷く怯えているのか、耳がペタンと倒れ、身体が端から見て分かるくらいに怯え、震えている。


 すると、突然頭の中に声が響いた。



『気付かれるぞ』



(あ……)



 目の前の光景が刺激的過ぎて、思考停止して止まっていた時が戻ってくる。


 だが、既に遅かった。


 どうやら無意識に興奮して呼吸が荒くなっていたらしく、足元に白い靄が大量に発生していた。



「お、おい、これ……」


「ボ、ボスを呼んでこい!!」



 その白い靄に気が付いた男達が、それぞれ獲物を取り出し、周囲の警戒を高めた。



「お、おい、なんだ!?」


「まさか、ボスが言っていたやべぇー奴か!?」


「くそ! 久しぶりに上玉で遊べると思ったらこれか! 邪魔しやがって! ぶち殺してやる!!」



 男達が騒ぎ始める。



炎の雄牛ファラリス、ちょっと質問なんだけど……)


『なんだ?』


(炎は出せるよね?)


魔力マナは枯渇気味だが、少し出す分には問題はないだろう』


(そ、そっか。良かった。じゃ、じゃあ……)



 ハルトが樹人ツリーフォークの指輪に願う。



(草木に炎が燃え移ったらごめん。被害が最小限になるよう食い止めて。後、彼らを脅してもらえたら嬉しいなぁって……)



 ハルトの控えめな願いに応えるかのように、草木が大きく揺れ始めた。



「な、なんだ!?」


「何が起きてやがる!?」



 風もないのに周囲の木々が揺れ始めたことに、焦り始める男達。


 草木の擦れる音が次第に大きくなり、さすがの男達も怯えの色が強くなり始めた。


 そこへ、先ほどボスと呼ばれていた男がアジトから飛び出してきた。



「何事だ!?」



 男は、草木の奏でる森の喧騒と、地面を這う白靄に、顔を大きく歪めると、仲間の男達へと指示を出した。



「ちっ、もう追いつかれたのか! てめぇら! すぐに出発だ! 急げ!!」



 すると、メイリンを組み伏せていた大男が、明らかに嫌な顔をしながら、ふてぶてしく不満を口にした。



「まだ楽しんでねぇぞ……」



 その言葉に、ボスと呼ばれた男は顔をしかめたが、相手をする時間も惜しいとばかりに受け流した。



「死にたければ残れ、勝手にしろ。俺についてくる奴は今すぐ準備しやがれ!」



 すると、大男に同調する男が増えた。



「俺はこの女を抱く!くそがかかってきやがれ!」



 ハルトの居る方角に向けて吠え始める男達。


 そんな男達の元へ、ハルトは意を決して、重い一歩を踏み出すのだった。




 ◇◇◇




 そいつは、全身が炎に包まれていた。


 悪魔の角のように湾曲した漆黒の大角。


 気色の悪い仮面。


 地獄から這い出て来たかのようなボロボロの黒いローブ。


 そのローブから除く、赤黒い肌。


 そして――濃厚な血の臭い。



 奴は、全身が燃えているのに、水蒸気のような白い靄を大量に撒き散らしている。


 煙じゃない。


 あれは水蒸気だ。


 触れて確かめたから分かる。


 まさに異質。


 それが奴の第一印象だった。


 奴が一歩踏み出せば、草木が奴に道を開けた。


 それを見て、瞬時に全身を悪寒が駆け巡った。


 鳥肌が総立ちし、長年の経験が最大級の警鐘を打ち鳴らす。


 恐怖のあまり視線が釘付けになり、中々引き離せない。


 顔が引き攣り、震えで歯がぶつかり、ガチガチと音を鳴らしているのが自分でも分かった。


 心臓が、直接耳にまで届くほどの大音量で早打ち、気を緩めれれば腰を抜かしてしまいそうなほどの恐怖を肌で感じている。


 長年修羅の道を突き進んできた、俺が、だ。



(奴は…… 駄目だ…… 住む世界が…… 違ぇ……)



 気が付けば、部下達を置いて一人で逃げていた。




 ◇◇◇




(あ、あれ? 逃げた?)



 ボスらしき男が逃げ出した。



(賢明な判断だと思うけど…… あれ、これ逃がして正解? いや、逃がして二次災害起こすくらいなら、今ここで捕まえておくべか? 捕まえてどうする? やっぱり殺すしかない?)



 ハルトが自問自答していると、大男が逃げた男を罵倒し始めた。



「おい見ろ! あいつ俺達を置いて一人で逃げやがったぞ!」


「ど、どうするんだよ!?」


「ボスはマジで逃げたのか!?」



 動揺する男達。


 だが、ハルトにとっては運の悪いことに、大男が他の男達を鼓舞し始めた。



「ボスは逃げた! ここを放棄した! つまりは、この女共を全員犯そうが殺そうが、俺達の自由だっ!!」


「お、おおお!」


「全員か! いいのか!?」


「ああ! No.2である俺が許す! だぁが…… まずは、このふざけた仮装野郎を殺すのが先だ!」


「おおおお!」


「殺っちまぇえええ!!」



 男達が戦闘体勢に入る。



(……やっぱりここで殺しておこう)



 ハルトも覚悟を決める。



(森よ、逃げようとした奴は拘束してもらえると嬉しい)



 ハルトの願いに、枝葉をぶつけて応える木々。


 すると、男達が獲物を振りかざして走ってきた。


 ハルトは、手前の男に手を差し向けると、超高温の熱波を出すイメージで燃えろと念じる。



(燃えろ燃えろ燃える燃えろ)



「ぎぃやぁあああ!?」



 目の前の男が突如発火し、全身火達磨になる。


 その次の瞬間、周囲の喧騒が鳴り止んだ――いや、時が止まっていた。



(スローモーション!? 何が迫ってる!?)



 すかさず、周囲を見回すハルト。


 すると、自分に向かって複数の矢が飛んできていることに気付くことができた。



(ボウガンか! くそ! 灰にしてやる!)



 今度は視線だけで燃えろと念じる。


 イメージするのは、一瞬で灰になるくらいの高温。


 水爆くらいの超高温イメージだ。


 すると、矢が一瞬で閃光とともに白い煙となって消えた。


 灰すら残らなかった。



(よし! 成功! 少しずつコツが分かってきたぞ)



 それを全ての矢に行うと、時が戻った。


 男達には、ハルトに放った矢が、一瞬で火花を散らして消失したように映った。


 その光景に、男達に動揺が走る。



「や、矢が効かねぇ!?」


「近付いただけで燃やされるのか!? ふ、ふざけんじゃねぇ!?」


「に、逃げろ」


「本物の化け物だ! う、うわぁあ!?」



 逃げる男達。


 だが、その男達を逃がすまいと、草が足に絡みつき、逃げようとする者を転倒させ、木の横を通り過ぎようとすれば、枝や幹が鞭のようにしなり、男達を次々に弾き飛ばした。



(これで良し。思いの外上手くいった)



 ハルトが開けた場所へ姿を現すと、その姿を見た女達が悲鳴を上げた。


 目の前には、破かれた服を必死に掴んで身を縮めている狐娘と、全裸で四つん這いにされたメイリンの腰を掴みながら、下半身を露出させた大男がいる。


 メイリンは、こちらを見て言葉を失っているようだった。



「て、てめぇ一体何もんだっ!?」



 大男が立ち上がる。



「聞いてやがんのか!? おい! 仮面野郎!!」



 尚も大男が吠え続ける。


 ふと、大男のいきり立ったソレが、ハルトの視線に入った。



(汚ないもん見せやがって…… 強姦は家畜の所業…… 去勢が必要だな。よし、アソコ熱波の刑)



 男のアソコが閃光を放ち、灰色の煙をあげて消失。


 恐る恐る下を向いた大男が、消失した自分のソレを見るや否や、泡を吹きながら失神し、仰向けに倒れていった。


 身体の拘束を解かれたメイリンが、立ち上がろうとして失敗し、そのままM字開脚のような体勢のまま後退り始める。


 こちらから色々丸見えだったが、意外にもハルトは落ち着いていた。


 ひとまず大人しくしてもらおうと思ったが、丁度メイリンのいる場所は草が生えていないので拘束できない。


 そう考えていると、次の瞬間には、地中から根が飛び出して、あっと言う間にメイリンを拘束し始めた。



(この指輪の力、想像した以上にチートだったんだな…… 最初からこの力に気が付いていればこんなことにはならなかったのに…… というか、メイリンすごい体勢だな……)



「く、来るな! ジョーカー! わ、私が悪かった! 悪かったから! ゆ、許してくれ!」



 メイリンが泣き叫ぶ。



(さて、これからどうしよう。炎の雄牛ファラリス? さっきから大人しいけど、どうかした?)



 応答がない。



(もしかして、魔力マナ不足? あ、俺が炎出したから? もしや出し過ぎた?)



 ハルトには、自分がイメージした炎を具現化するのに必要なエネルギー(魔力)が、どれほど膨大なものになるのかという知識がそもそもなかった。


 この世界の理の中で生きる者であれば、通常、そのような暴挙には出ない。


 いや、少なくとも脳がリミッターをかけてくれるため、そういう行動ができないともいえる。


 過剰な魔力マナの放出に身体がついていけないと脳が判断した場合は、意識を落としてブレーキをかけてしまうのだ。


 だが、ハルトは違った。


 異世界転生者故の弊害だろう。


 気が付けば、身に纏っていた炎も消えていた。


 案の定、気を失いそうな強い脱力感に襲われる。



(ぐっ…… な、なんだこれ……)



 貧血の人が倒れるように、糸を切られた人形が崩れ落ちるようにして、片膝をつくハルト。


 その動作に、女達が短い悲鳴をあげたが、すぐさま異変を感じて大人しくなった。



(ま、まずい…… これもしかして…… 魔力欠乏症ってやつ……? あ、ダメだ…… 気を失いそう…… まずいまずい…… せ、せめて皆の拘束を解いてやらないと…… も、森さんお願…… い……)



 ハルトが倒れ際に女達へと手を伸ばす。


 ハルトが指さした手の先にいた女に、地中から出た根が伸びると、その女は顔に恐怖を浮かべて酷く震え上がった。


 だが、その根が拘束具の穴に入り、その施錠を外すと、顔からは怯えが消え、戸惑いの表情へと変わっていった。


 木の根は、尚も他の女達の拘束具へと伸び、次々にその拘束具を外していく。


 自由となった女達は、互いに涙を流して抱き合うと、地面に落ちた武器を急いで拾い、構え始めた。


 その光景を、地面に倒れたまま見つめるハルト。


 薄れていく意識の中で、気を失っている間に、拾った武器で刺殺されなければいいなぁと淡い希望を抱きながら気を失うのだった。

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