1 - 4 「神の残り香」
「ひぃっ!?」
驚きのあまり小さく声をあげた
「神ノ、息吹ヲ、身ニ纏ウ、者ヨ…… 我等ハ、永遠ニ、近イ、時ヲ、神ノ、命ニ、従イ、コノ自然ヲ、守ッテキタ」
「え? あ、ああ、え? 神の息吹? 身に纏うって、俺が?」
「見タ目ハ、人間。ダガ、魂カラ、神ノ、息吹ヲ、感ジル」
神の息吹……
可能性があるとしたら、転生のときに会った天使のことだろうか?
それとも、過去にこの世界へ転生した地球人が神扱いされてるのだろうか?
そう言えば、転生できるのは善人だけと言われた気がする。
善人ほど強力な異能を持てるとも。
良心的な人が転生してきた過去があるのであれば、これから自分と同じ境遇の人が転生してきたときの為に何か残してくれてたとしても不思議ではないのかもしれない。
(助かったのは良かったけど、これはどうすれば……)
「神ノ、息吹ヲ、身ニ纏ウ、者ヨ。コレヲ、其方ニ」
「え? これを? 俺に?」
「其レヲ、嵌メレバ、我等ト、繋ガル。神ノ、息吹ヲ、身ニ纏ウ、者ニ、渡ス」
「あ、ありがとう、ございます」
「我等ヲ、創造シタ、神ガ、残シタ、言葉ダ。我ト、同ジ、魂ヲ、持ツ、者ガ、困ッテ、イレバ、手助ケ、セヨト」
「同じ魂…… やっぱり同じ転生者……?」
「其レハ、解ラヌ。神ノ……」
「あ、ああ、ハルトで大丈夫です。名前。神の息吹って、呼びにくければですが……」
「ソウカ。デハ、ハルト、ヨ。何カ、困ッタ、事ガ、アレバ、助ケニ、ナル。指輪ヲ、忘レルナ」
「なんか…… すいません、本当にありがとうございます。 もし何か困ることがあれば、その時はよろしくお願いします」
「サラバ、懐カシキ、臭イノ、スル者、ハルト、ヨ……」
そう言い残すと、
それをただ呆然と見送るハルト。
指輪は木で出来ているようで、とても軽い。
表面には、緑色に発光する線が手の皺のようにいくつも走っている。
それが何とも言い難い神秘的な雰囲気を醸し出していた。
指輪を手に取り、そのまま左手の中指に嵌めてみる。
ハルトとしては、指輪をしまっておける場所がなかったので、取り敢えず指に嵌めておくか程度の気持ちだったのだが、不運なことに、この指輪には望まぬオプションがついていた。
突如、指の付け根を何本もの針で突き刺したような痛みが走る。
「い、いってぇええ!? な、何これ!?」
左手の中指に嵌めた瞬間、緑色の発光が強くなり、激痛とともに指と指輪が同化するという現象が起きたのだ。
ハルトが叫んだのも無理もないことだろう。
指輪と指の付け根が糸で縫いつけたように木の繊維質で張り巡らされ、見た目からして痛々しい…… というより、気色悪い見た目になっていた。
中指の付け根だけ不自然にボコッと膨らんでいる形だ。
「くそッ! 何だよこれ本当! 指と一体化するなら先に言ってくれよ! 一度嵌めたら外せない仕様とか、呪われてんじゃないだろうな!? 見た目もグロテスクだし、本当に何なんだよっ!」
ハルトの叫びに応える
仮に聞こえていたとしても、
もしかしたら、この指輪を作った本人が、善意で外せない仕様にした可能性もある。
そう考えると、怒りの熱も少しは冷めるのだが、だとしてもこの見た目はないよなぁとハルトは溜息を吐いた。
森の中にキュキュキュと小鳥のさえずりが響く。
平時であれば癒しに聞こえる鳥のさえずりも、今は間抜けな自分を笑われているようで、なんとも情けない気持ちになるだけだった。
◇◇◇
森の中を、半裸の男が歩いている。
上着もない。
靴もない。
あるのは腰に巻き付けた茶色い布だけである。
既に、身体には草木に当たってついた無数の傷ができており、足の裏からは血も出ていた。
この状況に絶望を感じながらも、
その方角に街があると信じて――
(異世界転生…… ハードモード過ぎだろ……
目頭が熱くなる。
三十歳過ぎても、やはり辛いものは辛い。
悲しいときは悲しいのだ。
ましては、真っ当に生きてきた結果が、この仕打ちである。
ハルトがこの状況を受け入れ、立ち直るまで時間を必要としても無理もないことだった。
暫く歩き、森を抜けると目の前には立派な城壁が見えた。
右手には森へと続く街道と門が。
門には軽鎧に身を包んだ男が立っており、外から来る者を検閲している。
(ど、どうする…… 門番がいる…… まぁ
街を城壁で守るくらいの危険が潜んでいる世界の森で、サバイバル生活を送るという選択肢は速攻で除外した。
そんな危険を冒すくらいであれば、牢屋で暮らした方が安全だと、この時のハルトは考えていた。
(ただ出て行っても駄目だ…… 完全に怪しまれる。怪しまれない方法は…… 被害者になった演技をするしかないか……)
一度深く深呼吸をして呼吸を整えたハルトは、あたかも森の中で何か被害にあったような様子を装いながら、森を飛び出した。
両肩を抱き締め、小走りで門へと向かうハルト。
緊張で心臓が高鳴り、自然と顔も引き攣っていたことだろう。
森から走ってきた不審者に、門番が反応しない訳がなかった。
すぐさま、その場で立ち止まるよう声がかけられる。
「おい! そこのお前! 止まれっ!」
だが、ハルトは敢えて無視した。
まだ門へは距離がある。
話をするならもう少し近付いた方がいい。
それに森から逃げて来た被害者なら、止まれと言われてもすぐ止まらないだろう。
そう安易に考えていた。
だが、それが間違いだった。
「くっ! いいな!? 警告はしたぞ! ……万物に宿りし母なる
突如、門番の手から拳大の火の玉が放たれる。
炎を纏った朱色の球体が、火花を散らしながらハルト目掛けて飛んでいった。
「……えっ?」
まさか警告一発目で相手の言い分を聞かず攻撃されると思っていなかったハルトは、突如飛来した火の玉に上手く反応できず――
咄嗟のところで腕で顔を庇い、そのまま被弾した。
バァンッ! と爆発音とともに火花が舞い、その衝撃と爆発により後ろへ倒れ込む。
「いっ…… でぇ…… あ、う、腕!?」
あまりの衝撃に、腕が消し飛んだのかと肝が冷えたが、少し黒くなっただけで何ともない腕を見て安心した。
「よ、良かった…… ついてる…… 何ともない…… くそっ、いきなり撃ってくるとか…… マジかよ、この世界…… どうなってんの……」
門番に落ち度はなく、むしろ平和ボケしたハルトの方が非常識な思考だったのだが、生まれも育ちも日本であり、日本の治安しか知らないハルトにとっては想定外の出来事だった。
また攻撃されたら堪らないと、直ぐ様上半身だけ起こし、門番へ向けて叫ぶ。
「ま、待って! ストップ! ストップ! 攻撃しないで!」
叫んでみたが、こういう時、何て説明すればいいのか分からず、とにかく攻撃しないでと訴え続けること数回。
門番がハルトへ指示を出した。
「そのまま手を上げて、後ろ向きにゆっくりとこちらへ歩いてこい!」
「い、言う通りにする! だから攻撃しないでくれ!」
攻撃しないで!と懇願する自分が酷く情けなくなり、また目尻に涙が滲んだ。
俺は半裸で半べそかきながら何やってんだろうか……
そう思うとまた涙が込み上げてくる。
どうやら、まだ真っ当な社会人だった頃のプライドが残っていたらしい。
まさかこんな惨めな気持ちになるとは思いもしなかったが……
そんなハルトに追い打ちをかけるように、後ろを振り向いたハルトの視線の先には、絶世の美女が二人。
一人はブロンドの長髪を風に靡かせながら、夕陽に照らされて更に神秘的に見える美貌に、まるであり得ないモノを見たかのような驚愕の表情を浮かべていた。
もう一人は獣耳を生やした褐色の美人で、こちらも同様の表情だ。
(ギャラリーがいたのか…… 死にたい……)
よりによって出会うのは尽く美人であり、そのタイミングはいつも最悪な状況だ。
といっても、この世界に転生してきてから一度も良いことなんて起きていないが……
だが、捨てる神あれば拾う神ありとでも言おうか。
不運続きだったハルトに、まさしく手を差し伸べてくれる女神がいた。
「す、すいません! そ、その人は私の連れです! 数日前に森の中で逸れてしまって……」
「えっ? 俺……?」
ブロンド髪の子が、門番へと走っていく。
獣耳の方を見ると、彼女も相方の行動が予想外だったのか、目を丸くして驚いていた。
「なぜ裸なのかは分からないですが、あの様子だときっと身分証も無くしてると思うので、これを…… 仮手形をお願いします」
「そ、そうか…… 攻撃して、すまなかったな」
「いえ、警告を無視した彼が悪いんです……」
「しかし、
「彼は少々特殊なので…… あの、仮手形を」
「っと、すまない…… 通行料200G、確かに受け取った。今仮手形用意するから、そこで待っててくれ」
「お手数おかけします」
そう言うと、ブロンド髪の子はこちらを見た。
どうやらハルトの為に通行料を立て替えてくれたようだ。
だが、ハルトには何故彼女が親切にしてくれるのか分からなかった。
ブロンド髪の子が無言でハルトを見つめている。
その顔に笑みはない。
(もしや…… この器の人の事を知る人? で、でもあの目は、親しい者に向ける目じゃないような…… ま、まさか被害者とかじゃないよね……)
ハルトを見つめる目に輝きはなく、その整った人形みたいな容姿と相まって、見る者に若干の薄気味悪さを感じさせるような雰囲気をもっていた。
どうしていいのか分からずに呆然としていると、先ほどの門番と同じ格好をした男が門から現れ、二人の間に生まれていた無言の静寂を破った。
「爆発音っぽい音が聞こえた気がしたんだが…… 何かあったか?」
「ああ、ちょっとな。だが問題ない。ほら、仮手形だ。問題にしたら報告書書くのが面倒だからな。もう行っていいぞ」
「お手数おかけします。ほら、……ギヌも行くよ」
ギヌと呼ばれた獣耳の美女は、ブロンド髪の子に短く返事をすると、ハルトの事を睨みつつ横を通り過ぎて行った。
もしかしたら普段から眼つきが悪いのかも知れないが、先ほどから連続して人から敵意を向けられてきたハルトには、全ての人間が自分を憎んでいる様に見えていた。
それくらい酷い精神状態だったといえる。
(こ、これ付いて行って大丈夫だよな? 取り敢えず街の中に入れるし、感謝してもいい場面だよな? や、やばいもう全員敵に見える)
ブロンド髪の子に、羽織っていた白い布のロープを肩から掛けて貰ったハルトは、ビクビクと疑心暗鬼になりながらも、どうすることも出来ず、ただ流れに身を任せるのだった。
◇◇◇
城門を潜ると、そこには別世界が広がっていた。
城壁の外とは打って変わり、街は行き交う人々や道脇に並ぶ露店で大いに賑わっている。
地面は石畳みで舗装され、綿密に区画整備された土地には、赤い木製の屋根に白い石造りの家が綺麗に建ち並んでいた。
「うぉお…… すげぇ……」
ハルトが思わず唸るような声をあげると、ブロンド髪の子は不思議そうにこちらを見て、こう言った。
「……凄い、ですか? 王都はこの比ではないと思いますが……」
「え? あ、いや、こういう街並み見るの初めてだったので…… あっ、すみません。さっきは助けていただいて、その、ありがとうございます。本当に助かりました」
深々と頭を下げるハルト。
そんなハルトの行動に、先ほどの二人は出会ったときと同じような驚きの表情をしたのだが、頭を下げているハルトは気付くはずもなかった。
「あ、頭を上げてください。いいんです。私の知っている人だと勘違いしただけですから。結局は人違いでしたけど…… これも何かの縁です。私達でよければ助けになりますよ」
「ほ、本当ですか!?」
身寄りもなく、無一文で先立つ物以前に靴すらない。
そんな絶望的な状況で、最も言って欲しい一言を掛けて貰えた事がどれだけ嬉しかったか…… その答えはハルトの顔に分かりやすく現れていた。
「え、え? な、泣かないでください。あ、あの、ちょ、ちょっと」
突然、大の男が公衆の面前ですすり泣きを始める。
しかも白いローブを羽織り、腰には茶色い布を巻き付けた奇怪な姿で、である。
これが周囲の目を集めない訳がなかった。
「ティア、ここに居ては流石に人目につき過ぎる。場を移した方がいい」
「そ、そうですね。あの、ちょっとこちらへ……」
すすり泣くハルトの腕を取り、強引に路地裏まで連れて行くティア。
その顔は先ほどと打って変わり、どうしたらいいのか分からないと言った困惑の表情をしていた。
「ず、ずみまぜん…… ずずっ…… あまりに、その、嬉しかったもので…… も、もう大丈夫ですから。取り乱して本当に申し訳ない……」
あんなに人目を気にせず泣いたのは何年振りだろうか。
いや、何十年振りくらいかもしれない。
せっかく手を差し伸べてくれた恩人に迷惑をかけちゃダメだと自分を叱咤し、緩んだ涙腺を引き締めにかかる。
「ハルトって言います。今まで名乗らずすみません」
再び頭を下げたハルトに、ティアが中腰になりながらもそれをやめさせようとした。
「そ、そんなことで頭を下げないでください。私達は気にしませんから……」
「本当にすみません…… 気が付いたらあの森に居て…… ここがどこかも、自分が何者かも分からない状態で……」
「……え。記憶喪失、とかですか?」
「……恐らく」
恩人に嘘をつくのは良心が痛む。
この異世界を生き抜くには多少の嘘は必要だと割り切ったものの、流石に申し訳ない気持ちになり、暫く顔を上げることはできなかった。
一方で、ハルトの発言を聞いたティアの眼には、出会った時のような黒い影が再び落ち始めていた。
ハルトが顔を上げると、ティアの顔に笑みはなく、ハルトを無機質な眼で見つめながら、衝撃的な自己紹介を始めたのだった。
「私はティア。ティア・マアト。貴方に滅ぼされた法と秩序の国、マアトの元第一王女です」
その告白に、ハルトは言葉を失った。
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