続 がんばれ!はるかわくん! -1-
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大 窪
《 2 Years Ago 》「逃亡 0」
《 DATE 9月24日 午後2時13分》
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春川は体育に出ない。
なんとかいう臓器が、なんとかいう重い病気なのらしい。
激しい運動はもちろん、軽いジョギング程度の運動すらヤバいという。
体が弱いから毎日家族が車で迎えに来ているそうだ。週に何回かは、放課後に病院で検査を受けているのらしい。
それにしては教室では元気に動きまわる。
俺らと一緒に大声で騒いで、腹がよじれるほど笑ったりもする。
春川に会うまでは、体が弱い奴ってのは、フツーは休み時間も読書したり、机に突っ伏して寝てたり、とにかく動かないものなんだと思い込んでいた。
春川は、学校が楽しくて仕方ない、と言う。
そりゃ楽しいだろ、春川は。
休んでばっかなのに成績もそんな悪くないし、体が弱いから先生たちからの「取扱い」も俺ら他の男子とは全然違う。
なにより女子にモテる。まあ俺だってそれなりに人気はあるけど、春川のそれとは「重み」が違う。女子は「カワイイ系」の、しかも「カラダ弱い系」男子に弱いのだ。
放課後が近づくと、本気でブルーになったりしている。
「帰りたくないんだよな…」
ある日、あんまり思いつめた感じで言うので、
「今日ハラケンたちとファミレス寄ったあとカラオケ行くけど、一緒に行こうぜ。1日くらい大丈夫だろ?」
と誘ってみた。
すると春川は、カワイイ系の顔をむちゃくちゃしかめて言った。
「無理だよ。一回とんでもないことになって…、3日休んだんだ…」
…そらマズいわな。
で、なんで俺が今そんな春川のことを思い出しているのかというと、体育館が蒸し風呂だからだ。
9月も後半だというのに、今日はムカつくほどすごい暑い。
熱血バカ体育教師のアゴは、愚かにもこの暑さのなか、大学受験を控えた大事な体のボクたちに、本気のバスケ試合を要求。もー熱中症で倒れてほしい誰でもいいから。
春川は今頃、空調の効いた教室でひとり自主学習中なのだ。
(ウマラヤシイ…)
松野がカットしたボールに向かって、俺が半ば反射的に前に飛び出すと、俺のマークについていた本宮がとっさに後ろ向きのまま飛ぶようにぶつかってきた。
弾かれた俺は、本宮もろとも体育館の固い床に転がり崩れる。とっさに思う。(チャーンス!)
「いぃってえ~!足!本宮、足ヤバい!どいてどいて!」
「えっ、悪い、大窪」
「なんだどしたあ?」
体育のアゴのはからいで、俺は「無事」保健室送り。
蒸し風呂の体育館を脱出し、空調の利いた教室への逃亡に成功した。
(やーり!)
次の休み時間までノンビリ過ごせるボーナスタイム、ゲットのハコビとなったのだ。
(そういえば昨日ニコ動で見つけた若手の新ネタ、まだ誰にも見せてなかったな。)
アレおもろかった。春川に一番に見せてやろ。
がらんとした廊下を抜けて、教室の後ろ側の引き戸を音を立てないように静かに開けると、春川は窓際の机でノートを広げ、ガチで自主学習中。
てっきり机で寝てるか怪しい雑誌を広げてお楽しみ中なのかと思った(俺ならそーする)。…真面目なやつ。
(驚かしたれい♪)
引き戸を、そーっと閉めて忍び足で近づく。
笑いそうになる顔をいったん押さえて、背中をつこうとした、そのとき、俺の目に妙なものがとまった。
(…なんだ?)
春川はノートを広げたまま、左手で自分の右の手首をさすっていた。
手首には、細長い赤くこすれた
そういえば春川は、スポーツなんかしないくせに、ときどき手首にナイキの赤いリストバンドを付けてくる。女子が「かわいい」とキャンキャン言って誉めそやしてたから覚えてる。
今日も朝からつけていたので、手首の痕には気づかなかった。
(まるでヒモかなにかで縛られた痕みたいな…)
――…もしかして昨日、誰かに何かやられたのか?
――って言っても、昨日も春川は、家族が迎えに…
「…春川、ソレ…」
「!」
驚いた春川が勢いよくこっちを振り向く。
俺は、何か言おうとしていたはずの言葉を思わず飲み込んだ。
春川は、…泣いていた。
濡れた赤い目が俺の目の中に飛び込んでくる。
白い頬につたう、何本もの涙のあと。
その顔は一瞬で消えた。
春川はぱっと正面を向きなおり、慌てたように左手首のバンドで顔をこする。
「大窪っ」
そしてやおら椅子から立ち上がると、俺に向かい合い、とっさに笑顔を作って見せた。
…右腕は背中にまわして隠している。
「たっ体育は?」
動揺を隠しきれてない。
いつもそうだ。春川は感情をうまく隠せない不器用なとこがある。
「…いや足くじいて…ほんとはくじいてないけど…、それよか春川、お前その手首、誰に」 「病院だよ」
春川は笑顔を引きつらせて俺のセリフにかぶせてきた。目が赤い。
「治療のあと。ダイジョブ、コレ見た目ほど」 「いやそれヒモかなんかで固定されたあとだろ。」
負けじと春川のセリフにかぶせ返す。
「左のバンドの下にもあんの?」
春川はうつむいて
「…あるよ。そう。ヒモのあとなんだ。」と言ってから、
「…治療、がキツいとき、…暴れないように、固定してもらうんだよ…。」
とつぶやくような声で言った。
「…なんじゃそら。」
(俺は知ってるんだよ、そういうケガを隠してたヤツを。)
中学のときにいた
ヤツらは見えない所を狙ってぶつ。
「ほかにもあんだろ?」
「…治療の傷?」
「ちがうって。」
いらいらしてきた。春川に対してじゃない。春川の「後ろ」にいる、春川を傷つけてるヤツに対して、だ。
俺は弱いヤツに暴力をふるうヤツらを許せない。腹が立ってしょうがない。
俺んちは、家族そろってのおせっかい一家だ。
野下のときは、民生委員をやってる親父に相談した。野下は今、保護施設に入っている。
親父は昔から、困っている人間がいるとすぐに駆けつけてって、俺ら家族より優先してそいつらの「救護」にあたっていた。
路上生活者のために自分とこの不動産物件だったアパートを一軒まるごと解放してやったことも知ってる。
そういう背中を見て育つから、自然と暑苦しい人情一家が出来あがっていく。
「よくやる。」 俺らの様子を見て誰かが言った。
でも、近づいて、話を聞いて、それはおかしいと教えてやって、そんな生活から脱出する術を一緒に考えることくらい、普通の暮らしを謳歌してる人間にはたやすいことのハズで、間違ってるとは思わない。
いや、正しいとか間違ってるとか、そんなの関係ない。自己満足だって言われてもそのとおりなんだからしょうがない。
目の前にいる弱ったヤツは片っ端から助けたい。それのどこが悪いんだよ。
春川の手首のケガ、怯えた目。
こいつは絶対親か兄弟にぶたれてる。しかも、たぶん、日常的に。
「見せてみろよ。」
「…なにを…」
らちがあきそうに無いので、一歩踏み込んで春川のシャツを握る。
「よせ…!」
手首を取ってふりほどこうとしてくるが、かまわずもう片方の手でシャツごと引き寄せ、制服のズボンからシャツを引き抜く。
「………!」
体をねじって乱暴に俺から離れようとしたのを椅子にはばまれ、春川はバランスを崩した。
椅子の上に倒れ込んで、すぐ後ろの壁で背中を支える形になった。
俺は春川につられるように、春川のシャツの端を片手で持ったまま、春川の椅子に手を置く形で床にひざをつく。
目の前に春川の白い体がある。
(……ん?)
―― 想像していたのと、違う…。
棒で殴られたんなら直線的な青アザが出来てるはずだ。
殴られたあとだとしても、こんなに小さくはない。
…コレって、
(まさか、…キスマーク?)
春川の体には、小さな赤い
腰のあたりには、それこそケガをしているのか、湿布みたいな大きめの白いテーピング。
「…おもしろい?」
春川の泣きそうな声にはっと我に返る。
「あ、ごめん」
言いながら春川のシャツを下ろして慌てて立ち上がる。
想像と違っていたので、思わず固まってしまった。そのことを詫びたのに、次の瞬間、春川は逆上した。
「なんで謝るんだよ!そんなにミジメに見えたのか俺が!」
「春川?」
「…どけよ。」
春川が上目遣いでにらんでくる。
…こいつ。
「…どかねえよ。」
春川の赤い目をにらみ返す。
春川はここから、俺から逃げ出したくてたまらないのだ。
でも、今こいつを「手離す」と、二度と救えなくなる。直感的にそう思った。
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