がんばれ!はるかわくん! -10-
「は……は、あッん……」
店長の指が出て行くと、俺の口からは自分でもいやになるほどナマめかしい吐息が漏れ始めた。
感じているのだ。
どうしようもなく。
ヒミズさんの目の前で限界まで足を広げられ、歓喜の吐息をあげている。
そんな自分を嫌悪した。
「…ん…ンア……ぁっ」
すっかり張りつめた陰嚢を、その熱を確認されるように揉み扱かれた。
じゅく、じゅぶ、と後孔が淫らな音をたてるのを聞いた。
―― …やめてくれ… …もうだめだ… …限界だ…
俺の理性が悲鳴をあげる。
「らめ、え……」
ようやく搾り出された言葉と思しき俺の声は、自分の声とは思えない、女の子みたいな声だった。
恥ずかしさで顔が紅潮していくのがわかった。
店長が俺から離れ、俺の顔を見る。あいかわらずの「笑顔」で。
…だめ…
…店長…
…だめ……おれ…… もお、
抑えこもうとしたとき、
「…ひくっ…!…ん……ああ…ッ!ア!」
自分の大きな嬌声が聞こえた。
…店長に見つめられたまま、俺は、ヒミズさんの手のなかに射精したのだ。
びくんっ、びくんっ、と、腰が何度も震え続けているのがわかった。
ソファがまた音をたてて、その瞬間、俺は、あのひとを思い出した。
今俺を苦しめているのは、あのひとなんじゃないか?
…興味本位で俺の体をいじりまわす、ヒミズさんの手の動きは、…あのひとのそれに、そっくりだ。
遠くなりそうな意識のなかで、悪夢のような恐怖がいっそう増した。
「…は…」
ヒミズさんの声が、ずいぶん遠くで聞こえて、次の瞬間、腰から背中にかけて、体を引き裂くような痛みが突き抜けた。
ヒミズさんの性器が、俺のなかに入ってきたのだ。
「…―んんん…!!」
いつの間にか俺の口はまた店長にふさがれていて、悲鳴が耳にこもる。
店長は、今度はヒミズさんのほうをみて、うれしそうにしている。
ソファが揺れているのか、車全体が揺れているのか、ヒミズさんが腰を動かすたびに俺の体は引き裂かれた。
あまりに強い刺激に朦朧とする。
すがるように、店長を見た。
俺はまた、好きでもないひとの体を無理やり受け入れさせられている。
目の前にいる、俺が初めて好きになったひとは、助けてくれるどころか、愉快そうに俺を見下ろしている。
混濁する意識のなかで、それでも、俺はまだ店長に期待し、…救いを、もとめていた。
―― 店長なら…―
…どうせなら、店長の体を受け入れたかった。
店長だったら、こんな思いにはならなかったかもしれない。
俺は、この行為に初めて「喜び」を見いだせたかもしれない。
(せめて、店長だと思おう。)
俺の中でうごめいているものを、受け入れなければならないのなら。
恐怖と痛みと絶望のなか、そんなことを考えている俺が、情けなくて、やるせない。
涙が目尻から次々にあふれて行くのを、止められないでいる。
息が苦しい。
俺はついに、しゃくりあげて泣き始めていた。
店長が少し驚いた顔をして、不思議そうに俺を見る。
そんな顔、しないでください。
まぶたを持ち上げながら、店長だけを、ひたすら見つめる。
俺の口をふさいで、目の前にいるけど、今、俺のなかにいるのは、店長なんだ。
受け入れるために、何度も頭を振ろうとした。
でも、力が、入らない。
いたい。
体中がばらばらになりそうだ。
くるしい。
頭のなかも、めちゃめちゃだ。
―― 夢だ!こんなの、現実じゃない!たすけて!店長!
どこかにいる、俺のなかの「店長」を、必死で求めた。
あの「笑顔」を。
声に出して叫びたかった。
狂っているのかもしれなかった。
体が痙攣を繰り返し、呼吸がうまくできなくなったころ、とうとう俺の口のうえから手が外された。
「―― 店長…!!」
絶叫していた。
…すると、ヒミズさんの腰の動きが止まった。
「…起きてるんじゃないですか…?」
下のほうでヒミズさんの声がした。少し息があがっている。
店長は俺から視線を外し、
「いや、言ったろ。ぜったい起きないって。寝言だよ。気持ちよさそう。」
と言った。
「最後までやりなよヒミズ。」
俺は、荒く息をしながら、店長のそのひとことでどん底に突き落とされた。
「ふうぅっ」
ますます泣きたくなった。
もう、俺の中では、なにもかもが、ぐちゃぐちゃだった。
店長は、俺よりヒミズさんが大事なんだ。
俺がこんな目にあっても、平気なんだ。ヒミズさんさえ、よければ。
店長の笑顔が、歪んでは、次々と落ちる。
「はあ!あ…ひうっ…」
体からヒミズさんが抜き出て行った。
視界が暗転した。
ヒミズさんが俺の腰を掴んで下に思い切りひっぱったからだ。
ソファのうえを滑ると、店長のコートが、匂いが覆いかぶさった。
俺にはそれをどかす力も、気力もなかった。
コートがはぎとられ、ヒミズさんの顔が見えた。
ルームライトの影になったヒミズさんは、いつにも増して無表情だった。
その顔が、かすかに歪む。
パチンと手袋を外して、右手で俺の口元をぬぐった。ヒミズさんの右手にチョコレートがついた。
「…いつから起きてたんですか?」
「…だって、かわいかったから、教えたくなくて。一緒にちょっと遊んでた。」
上のほうから聞こえる店長の声色には、笑い声が含まれていた。
「泣いてますが。」
「うん。なんかね、泣いちゃった。」
ヒミズさんの低い声とは対照的に、店長の声は、相変わらずだった。
ヒミズさんは目を閉じ、眉間に皺を寄せて、ため息をついた。なぜか悲しそうに見えた。
「もいっかい、ちゃんと最後までやりなよヒミズ。きみのために、わざわざアンドーに調達してもらったんだぞ。」
「…けっこうです。」
ヒミズさんは俺の膝を折り曲げて横に倒すと、俺の体に毛布を掛け、そのうえから店長のコートを下ろして巻き付けた。
ヒミズさんの影が揺れて、同時に車が揺れた。車から降りたらしい。足音がして、俺から少しずつ遠のいていく。
店長とヒミズさんがなんのことを話しているのかわからなかったが、ヒミズさんがこれ以上俺に何かすることはないことだけはわかった。
俺は、(終わったんだ) と思った。
だけど安堵は出来なかった。
ただ、ただ悲しかった。
まぶたが一気に落ちてきて、俺はもう抗えないまま、意識は、再び暗い川の底に、引きずり込まれるように流れていく。
頭上で、車のドアが、開いて閉まる。
店長がヒミズさんのもとに向かっていく足音がする。
俺から離れて行く。
(行かないでください)
俺の、声にならないつぶやきが聞こえた。
ばかだ。
俺は、どこまでもばかだ。
きっと、狂っているんだ。
店長に。
(「がんばれ!はるかわくん」おわり)
→ 「はるかわくんの やみ」へつづく
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