I. Allegro Macabre  ――死のアレグロ(アレグロ・マカブル) (8)




〈ホテル・ニムロド〉は夕刻。



「さあ、私らも後片付けに取り掛かろう」


エクストン医師を門まで見送ったジュリオ叔父は、さっそくフロントデスク奥のタイプライターの前に腰を降ろして、何やら打ち込み始めた。


「後片付けって、何をなさるんですか?」


「ん? ああ、それは勿論、亡くなったお気の毒なホワイトさんの伝票だよ。宿帳に記載された住所を介して、遺族に送るんだ――ええと、三一号室ホワイト様――朝食は『込み』だったね? お出しはしたんだろう?」


「ええとね――」


流石に疲れがどっと出たのか、歯切れの悪いハヅキ。


「お出しはしたのだけれど、出された時にはもう食べられる状態じゃなかったから――」


「オーケー、なら『込み』だ」


非情にも淡々と打ち込みを続けたジュリオは、出来上がった領収書をまるで画家の渾身の力作であるかのように惚れ惚れと見つめ直した。


「こちらは正当に然るべきサービスを提供した。私らの仕事はそれまで。それをその後どうするかは、お客様次第、私らの関与することじゃない。正気だろうが前後不覚の泥酔状態だろうが、生きていようが死んでいようが、大差ないのだ。ついでに、煎りタマゴ一つ、ベーコン二枚も追加しておいたよ」


人間、遺伝子の楔と云うものは奇妙な物で、パっと見、何の共通性も無い、両極の位置に存在しそうな二つの個体も、血の繋がりがあれば思いも依らぬところで、アッと驚く程の近似性を見せるものである。


つやつやのハヅキの小顔と、しわしわのジュリオ叔父の長い顔の仮面の奥で脈々と受け継がれてきた商魂を垣間見て、イェーガー家のその名の通り狩人が如き慧眼と執念を、そして自分の周りで活き活きと繰り広げられる生者たちの舞台の有難味を、ひしひしと実感する行楽シーズンの幕開け、ある晴れた日の夕べだった。




* * *




後日談。


最後の失敗を理由に、肉体労働の報酬は三分の二に減らされた。


おまけに、受け取った金は、まさに二ヶ月分の俸給の前借りだった!



《I. Allegro Macabre  ――死のアレグロ(アレグロ・マカブル) - 完》

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