第84話 シックスパック

 パイナップルがのそのそ歩いているが、近付いてみるとそれもネズミのように四肢や耳が生えていた。

 胴体にはおびただしい数の針も生やしていて、さながらハリネズミである。


 そんなモンスターが、バッタのように跳ねて襲い掛かってきた。

 体を丸めて、回転しながら向かった先はメルムである。

 メルムは流れるような動作で攻撃をかわし、かわしざまに一撃を見舞った。

 シャンッという耳慣れない斬撃の音。

『42』

 モンスターがバットで打たれた球のように飛んでいき、ボテッと落ちた。

 一見するとパイナップルが飛翔して落ちたようにしか見えない。


 ひっくり返ってバタバタもがいているパイナップルに春太は弓を構える。絶好のチャンス。

 矢を放つと的確にモンスターを捉える。

 マキンリアの矢もほぼ同時に命中。

『20』『33』

 最近、マキンリアと攻撃のタイミングが合ってきた、と春太は感じる。息が合ってきたというか。まあこれだけ長くパーティー組んでればそうなってくるよな。

 どうやらモンスターはバタバタするばかりで自力で起き上がることができない。

 これでは的である。

 ひっくり返ることを想定していないかのような体の構造だ。

 メルムが素早く距離を詰めると連撃を繰り出した。

『41』『43』

 モンスターはそのまま昇天した。

 見た目そのままのパイナップルがドロップアイテムとして残る。

 パイナップルを持ち上げてメルムは満足そうにした。

「これもおいしそうね」

「ねえねえ、それどんな味がするのかな~?」

 マキンリアが我慢できないといった感じでパイナップルに手を伸ばそうとしたが、メルムは巧みに避けると大食い袋にしまいこんだ。

「さあ、どんな味かなー? 帰ってからね」

「ええええー?! ちょっと味見しようよーちょっとだけ!」

「だーめ。それにパイナップルはこのままだとトゲトゲしてるんだから。剥かないといけないでしょ。帰ってから」

「それで剥けば良いじゃん!」

 マキンリアがジャマダハルを指差した。

 使える物は何でも使えとばかりの執念。

 メルムはそれでもお許しを出さなかった。

「これはそういうためのものじゃないの。ちゃんと良い子にしてたら、帰った後1番にあげるから」

「じゃあ良い子にするー!」

 子供かよ、と春太は思った。

 しかしよく見てみると、マキンリアに並んでチーちゃんとセリーナがお座り(良い子に)しているではないか。まったく現金な子達なんだから。

「よしよし、ちゃんと良い子にしてるんだぞー?」

 メルムはお姉さん風を吹かせてマキンリアやチーちゃんに言い聞かせる。それがさまになっていて何だか可笑しい。

 そんな時、メルムの背後からモンスターが襲い掛かってきた。

 羽の付いたミカンだ。

 ミカンは滑空しながらメルムに体当たりを図る。

 メルムは背後の確認よりも先に回避行動をとった。

 大きく横っ飛び。

 それまでメルムがいた空間をミカンが通過。

 春太が咄嗟に弓を構える。ミカンは飛行タイプで小さい……当てづらそうだ。ちゃんと狙わないと。

 矢の先端を照準代わりにミカンの動きを追っていく。

 ミカンは滑空した後上昇し、向きを変えて次の攻撃に移った。

 誰を狙ってくるのか。

 軌道を先読みして矢を射出しなければならない。

 たぶん、狙いは春太だ。

 だが矢を放つ前にメルムが攻撃に出た。

 短く息を吐き、自身の頭より上に位置するミカンにジャマダハルを振る。

 右の刃が弧を描き、ミカンを捉える。

『44』

 更に左の刃が弧を描き、連撃。

『41』

 それが雅な舞踊のようで、春太は戦闘を一瞬忘れてしまう。彼女にはダンスの才能もあるのだろうか。っと、敵が止まった。攻撃のチャンス!

 メルムの攻撃でのけぞったモンスターに春太は容赦なく矢を撃ち込む。

 せっかく前衛が作ってくれた隙を逃す手はない。

『22』

 見事命中。

 一瞬遅れてマキンリアの矢も当たった。

『36』

 ミカンはボトッと落ちると天使になり、洞窟の天井へ消えていった。

 ドロップアイテムは見た目通り、ミカンだ。

 それを拾い、メルムは上機嫌で振り返る。

「うん、これは帰ってから楽しみね。どんどん行きましょ」

 彼女の頭には次々とインスピレーションが湧いてきているのかもしれない。

 最終的にどんなクラザックスが出来上がるのか、春太も楽しみになってきた。


 その後もメルムは目覚ましい活躍を見せた。

 敵の攻撃をことごとくかわし、華麗な連撃を決め。

 後衛の春太達の射線を確保するためさりげなく移動して。

 絶大な安定感だった。

 前衛がいることがこれだけ心強いと思えたのは、春太にとって初めてだった。


 ふと見ると、セリーナが寝そべっている。

 普段セリーナは耳を立て視線を巡らせ、周囲を警戒していた。

 それが戦闘中は寝そべり、戦闘が終わるとてくてく歩いてついてくるだけになっている。

 明らかにリラックスしていた。

 メルムがいれば大丈夫だろうと判断したらしい。

 チーちゃんはドロップアイテムが落ちると駆けていき、臭いを嗅ごうとしてメルムに取り上げられてしまい結局臭いを嗅げず、という流れを続けている。

 プーミンは淡く光る鉱石がオリオン座みたいに並んでいるのを見付け、光っているところを次々タッチして確かめていた。タッチしても何も起こらないことに首を傾げているのが可愛い。


 迷路みたいになっている洞窟を気の向くままに進んでいくと、やがて地底湖に辿り着いた。

 輝く地底湖からズルズルと大きな生物が這い出てくる。

 ヤマタノオロチを連想させるような、幾つもの首を持つモンスターだ。

 その大きさと風格からして、ボスだろう。

「あら、ボスね。さすがにボスはやめときましょ」

 メルムが退散することを促したが、春太はここが出番だと感じた。

「せっかくだからボスも倒していこうよ、何か変わった食材を落とすかもしれないし」

「とは言ってもボスを倒せるほどわたし達強くないでしょ? 無理よ」

「そう、俺達はボスを倒せるほど強くない……」

 春太がもったいつけて言うと、メルムが微妙な顔をする。

「あなたの言ってること、よく分からないんだけど……」

 このやりとりが春太は大好きだった。ウチのペット達の凄さを知らない奴が、後で口あんぐりになるのがほんと楽しいんだククク……

「ボスをやるのは俺達じゃない、この子達さ」

 春太が満を持してチーちゃん達を推薦する。

 メルムは質の悪い冗談を聞いたとばかりに顔をしかめた。

「…………あのね、今そういう冗談を言っている場合じゃないと思うの。早くしないとボスが来ちゃう」

「大丈夫だから。本当に大丈夫だから! よし、今回はプーミン行ってみようか」

 今回、することがなかったプーミンに活躍の場を作ってあげようと春太は指名した。

 プーミンは石を弄るのをやめて春太を見上げる。

 春太はボスを指差しシンプルに指示を出した。

「さあプーミン、やっておいで」

 プーミンは理解したようで、ちょこちょこ歩いて前に出る。

「ちょ、ちょっと! あなた何考えてるの、そんな小さな子を!」

 取り乱すメルムを春太はまあまあ、と制止した。

「小さい? 見た目で判断しちゃいけないよ。プーミンはああ見えて、腹筋がシックスパックなんだから」

「…………は?」

「いやそれは分からないけれどもね、猫の筋肉は凄いんだよ? ホテルにいる時はね、俺のベッドまで軽々ジャンプして上がってきちゃうんだから」

「ごめん、凄さがよく分からないんだけど」

「人間に例えてみなよ。自分の背の三倍くらいの所にジャンプしちゃうんだから。垂直跳びで4~5m軽々いっちゃうんだよ?」

「……それは凄いのかもしれないけど、それ今関係なくない?」

 春太はしばし思案し、満面の笑みで親指を立てた。

「その通り!」

 そう、猫の身体能力は関係ない。なぜならプーミンは……

 激しいスパーク音が響き渡る。

 プーミンが雷球をボスに向けて発射したのだ。

 ヤマタノオロチ風のボスに雷球が炸裂。

『1652』『1213』『1599』『1517』『1444』『1586』

 ボスが苦悶の声を挙げる。

 最初は体色が青だったのが、赤に変色した。

「え……?」

 メルムが呆然としてしまった。

 この顔こそが春太の見たかった顔だ。

「だから大丈夫だって言ったでしょ? 俺のペット達は最強なんだよ。なんせペット道を極めた俺が愛情持って育てたんだから」

 プーミンが追撃の雷球を放つ。

 ボスは体が大きく、回避には適していない。

 撃てば当たる、それだけだ。

『1522』『1428』『1469』『1647』『1401』『1250』

 ボスは登場してから何も良い所を見せることなく、倒れた。

 大量のドロップアイテムが散乱。

 その多くが食材だった。

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