第82話 この癒し、人間業じゃねえ
メルムに何かを迫る男。
しかし両者には親密さが無い。
それを見た春太が思い浮かべたのは、ナンパだった。
家出少女を毒牙にかけようとする、悪い虫である。
割って入らなければ、と思ったが先にマキンリアが動いたのだった。
「メルムーーー来たよー!」
呼びかけに気付き、メルムが顔を上げる。
マキンリアに春太、それからペット達の姿をその目に映し、たいそう驚いたようだった。
「……うそ、どうしてここが分かったの……?」
それはそうだろう。
単純に家を出ていったという情報だけでここに辿り着くのは奇跡だ。
マキンリアは腰に手を当て、とびっきりのドヤ顔をした。
「ふふふ、あたし達からは逃げられないのだよ。この世界のどこへ逃げようとも、必ず捜し出してやるんだから……この子がね!」
最後にビシッとセリーナを指差す。
「ちょっとマッキー、それ俺のセリフだよ」
春太は自分のセリフが取られたことにショックを隠し切れない。このさりげなく愛するペットを自慢するところがまた堪らないのに。そのセリフを取られたら俺の活躍するところが無いじゃないか。
メルムは春太達が臭いを辿ってここまで来たのだと理解すると、一定の納得をしたようだった。
「……まったく、驚かせないでよ。それに、恥ずかしいじゃない、家を飛び出してきちゃったのを見られるなんて。ちょっと一人になりたいだけなんだってば。何で一人になりたい時に限ってこうなるのかなあ。この子にも見付かっちゃうし」
そういってメルムが目線で示したのが隣の男だった。
ここで初めて隣の男にマキンリアと春太が意識を向ける。
まじまじ見てみると、見知った顔だった。
お菓子研究部員のエルフ男子・エルダルトだ。
エルダルトは顔をしかめていた。
「あんた達からも帰るように言ってくれよ。親も心配してるだろうし」
どうやら彼はメルムを帰るように説得していたようだった。
ナンパ男と勘違いした春太が認識を改める。きっと街中でメルムが走っているのを見かけて、ただ事じゃないと思って追いかけたんだろう。
春太達にとっても連れ帰るつもりで来たので、ちょうど良かった。
「さ、それじゃ帰ろうよ」
「そうそう、帰って試食させてよ!」
春太とメルムが声をかけるも、メルムは首を振った。
「駄目よ。とにかく今は、一人になりたいの」
捜し出すことばかりに目がいっていたため、誰もこの答えは予想していなかった。
捜索の次には説得が必要だったのだ。
しかし春太は説得の言葉をそもそも考えていなかったため、どうしたら良いか分からない。
そんな時は、どこかで見たような定型文が口をついて出てしまう。
「親御さんも心配してるよ」
そんな気持ちの入っていない言葉が響くわけもなく。
メルムは眉根を寄せた。
「あんなところを見られちゃったんだもん、もう終わりよ」
「ちゃんと説明すれば良いじゃないか。分かってくれるかもしれないし」
「そういう問題じゃないの。とにかくもう、駄目なのよ。だって、タイミング悪すぎでしょう? 今日はこんなに早く帰ってくるはずがないのにいきなり帰ってきちゃって。それであの現場を見られちゃったんだから。これはもう、やるなってことなのよ、諦めろっていう……そういう運命」
塞ぎこんだ彼女からは負のスパイラルのような言葉しか出てこない。
人は悪いことが起こると、しかもそれがありえないような偶然によって引き起こされると、そういう運命なのだと感じるものなのかもしれない。
「メルム、作るのやめちゃうの? そしたら試食できなくなっちゃうじゃない」
今度はマキンリアが説得を試みたが(これが説得と言えるかは微妙だが)、メルムの反応が良くなることはない。
「マキンリア……ごめんなさい。良い店はこれからも紹介してあげるからさ」
「ホント!?」
マキンリアは簡単に折れてしまった。説得役にこれほど不向きな奴もいないだろう。
そもそも俺達に説得なんか向いてないし、と春太は頭を抱えることになった。ここで熱い男の一人でもいてくれれば青春ドラマも真っ青の説得ができるのに。どうしたらいいんだ……
春太は悩んだ末に愛するペット達へ目を付けた。
メルムは今傷ついている。
傷ついた心を癒すなら癒しパワーMAXのペット達に任せれば良い。
言葉が通じないなら言葉など要らない。
この子達の癒しは言葉を超越したところにあるのだ。
春太はセリーナ、チーちゃん、プーミンと順番に目を合わせて語りかけた。
「さあみんな、メルムを癒してあげるんだ」
それだけで理解できたのはセリーナだけだ。
そのセリーナもあまり気乗りしない様子。
だから春太は粘り強く続けた。
「みんなだってメルムからクラザックスを食べさせてもらったろう? これからもクラザックス食べたいだろう?」
ペットは調理室に入れてもらえなかった。
だがメルムはわざわざペット用に調整したものを都度都度作ってくれていたのだ。
春太はそれを持ち帰ってペット達に食べさせていたのである。
それを聞いてチーちゃんがテンションを上げた。
でもチーちゃんはクラザックスと聞いて嬉しくなっているだけだ。そういえば、チーちゃんには分からないんじゃないかな、メルムがクラザックスをくれていたことが。直接あげていた俺のことをクラザックスの供給源だと勘違いしてしまっているのではないか。
複雑なことを理解できるのは一頭だけだ。
「セリーナ、チーちゃんに教えてあげてよ。メルムからおいしいクラザックスを食べさせてもらったことを。今そのメルムが落ち込んでいるんだ、ここは犬の恩返しをする時だよ。鶴が出来たんだから犬にできないことはないよ!」
セリーナはちょっと考えるような仕草をしたが、やがて納得したようだった。やはり食い物の恩は返すべきと思ったらしい。話の分かる子で良かった。
セリーナが行動に移った。
まずチーちゃんを長い鼻で小突く。
チーちゃんが顔を上げるとセリーナはゆったりと歩き出す。
セリーナの後をチーちゃんがついていく。
それは親子のような構図だった。
親が何かを教える時、子を注目させてから見本を示すのである。
セリーナはメルムの所まで行くと腰を落とし、メルムの手に鼻を近付けた。
「ん、なに? どうしたの?」
メルムがセリーナに問いかけると、セリーナはメルムの袖を引っ張った。
「セリーナ、何がしたいの?」
疑問を浮かべながらメルムはされるままになる。
袖を引っ張ったことでメルムの手が地面に着く。
セリーナが目配せするとチーちゃんがやってきて、メルムの手に鼻を近付けた。
そうしたらチーちゃんが興奮状態になり、メルムの手を舐め始めた。
「ちょっとーくすぐったいじゃない」
メルムの顔に笑みが生まれる。
チーちゃんはよほど気に入ったのか、両手でがっしり掴んでメルムの手を舐め続けた。
春太はなるほど、と思った。
メルムの手は重要な鍵だったのだ。彼女が作ったクラザックスには、彼女の手の臭いが移っている。チーちゃんはメルムの手の臭いを嗅いだことで、何度ももらっていたクラザックスとメルムの結びつきを初めて知ったのだ。チーちゃんはクラザックスの味を思い出し興奮状態になったのである。
今チーちゃんの中でメルムがクラザックスをくれる人であると認識された。
それを教えることは不可能と思われたが、セリーナは誰も思いつかないような方法で達成してしまったのだった。
そのセリーナはメルムの顔舐めを始めた。
「あははっもう、この子達ったら」
メルムは愛くるしいペット達に囲まれてご満悦である。
春太は自慢のペット達の活躍をこう表現した。
「クッこの癒し、人間業じゃねえ……!」
「人間じゃないじゃん」
マキンリアの突っ込みにも春太は動じない。
「そう、人間では到底提供できない癒しがここにあるんだ。神業っていうのはこういうことを指すんだよ」
「ん~……確かに人間ではできないよね。ウチのはんぺんもできるかな~?」
そうしてマキンリアがはんぺんに指示を出すと、はんぺんはふよふよ飛んでいった。
はんぺんはきゅーきゅー言いながらメルムの額に張り付く。
額に冷却剤を貼ったようにしか見えない……
「あら、ひんやりして気持ちいいじゃない」
メルムがはんぺんを触りながらそう言ったので、本当に冷却剤としても使えるようだ。新たな発見である。
しばらくメルムはペット達の癒し空間に浸っていた。
直径1メートルあるかないかの楽園がそこにあった。
プーミンだけは春太の足元で寝ていたが、猫はこの自由さが愛されるところもあるのでそれもまたよしである。
十分ほど経過した頃、メルムがおもむろに口を開いた。
「……帰ろっかな」
それはみんなが待っていた言葉。
みんながどんなに説得しても引き出せなかった言葉。
それをペット達が引き出した瞬間だった。
「帰ろうよ」
春太が背中を押すように言葉をかけると、メルムはさっぱりした表情になった。
「うん。でもね、この洞窟行ってからにしようよ。せっかくだからさ」
今いる場所は洞窟の入口前である。
水売りの少年達が、この洞窟にモンスターが出るようになったと言っていた。
まだ誰も調査したことのない、新しい狩場である。
一同が洞窟の奥に目を向けた。
薄暗くて何があるか分からない、ここを探検しようというのか。
春太は考えた後、同意した。どんなモンスターがいるか分からないけど、ウチの子達がいれば大丈夫だしな。
たぶん、メルムはすっきりしてから帰りたいのだろう。ひとしきり暴れて、スカッとしたら帰るみたいな。
そんなわけで、まだ名前も付いていない新狩場に挑戦することになった。
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