第2話 アプリ

電車に乗って友達二人が話すのを聞いていたんだが、あまり会話について行けずそのうちウトウトして眠ってしまったらしかった。


気がつくと、友達の姿はなくて僕は一人で手すりにつかまったまま立っていた。急いで連絡しようと思い携帯を取り出してみたが圏外のようで全く繋がらない。ふと窓を見るといつの間にか外は一面の雪景色になっていた。遠くまで続く畑やまばらに佇む藁葺き屋根の民家は全て雪に覆われていて、その向こうには白んだ山脈がそびえている。ふと下を見ると犬を連れて林の中を歩いて行く人影が見える。電車は全く見知らぬそんな田園風景の中を駆け抜けて行いった。


扉の上の停車駅を見てみたがどれも聞き覚えのない駅名だった。その時、車掌が〇〇駅への到着を告げた。


間も無く電車は駅に着き、僕は一旦降りようとホーム側の扉に寄ったのだが、なぜか開いたのは反対側の扉であった。しかし他の乗客は全員そっちの方から降りて行く。のぞいて見ると、なんと彼らはケーブルの上を渡っていた。乗車口の足元から黒くて太いケーブルのようなものが伸びていて、サラリーマンのおじさんもOLも皆その上をよろよろと歩きながら向かいのホームへと渡っていた。


『本日ケーブルの上大変滑りやすくなっておりますのでお気をつけください』拡声器を持った駅員がアナウンスを流す。


ためしに片足をのせて見ると、思った以上にしなるのでこれは無理だと思い諦めた。


『なお、この電車は当駅にてしばらく停車いたします』


途方に暮れていると、何気に斜向かいに座っている高校生くらいの女の子に目が止まる。彼女はなにやら夢中になって携帯電話をいじっていたが、ふと顔をあげたさいに目が合ってしまった。


僕は一瞬ギクリとしてつい適当なことを聞いてみた。

「すみません、ここはどのへんですか?」

突拍子もない問いかけに彼女はしばらく僕の顔を見つめていたがやがて気がついた様に質問を返してきた。

「お兄さん、もしかして都会の人?」

「まあ…ここよりは」

「ふーん」

彼女はなんだか含みのある笑みを浮かべると、立ち上がって僕の方に歩み寄ってきた。

そして「じゃあこれ知ってる?」と言いながら手に持っていたケータイを僕の耳にかざした。


するとポォォォンという今まで感じたことのない衝撃波に脳が揺さぶられた様な感じがした。


「うわっなにこれ!」

素直に驚く僕をみて彼女は何故か怪訝そうな顔をした。

「えっ、知らないの?脳に直接電波を伝えるアプリ。都会じゃちょー流行ってるって…」

「もう一回やってよ!」

僕が頼むと彼女は再び携帯電話をかざした。

「いいよ!」

ポォォォン…!

「すげぇ!」

「お兄さん本当に都会から来たの?」

「都会っていうか…大宮です」

「なんだ田舎じゃん」

彼女の見下したような言い草が少し癇に障ったので言い返してみた。

「それこそ何に使うんだよ」

「え?」彼女の視線は一瞬中を泳いだがすぐに「さあ」と開き直ったように肩をすくめながら笑った。

「でもでもすごいじゃん!」

「まあ、すごいけどね」

「もっかいやる?」

僕は再び耳元に携帯を突きつけようとする彼女の手をすかさず押さえ込みながら丁重にお断りした。

「もうけっこうです」

なんだか少し酔ったような感じがする。もしかすると実は危険なモノかもしれないしこれ以上頭を悪くされてはかなわない。

「つまんないのっ」

そう吐き捨てたあと彼女はしばらく携帯の画面を覗き込んでいたが、やがて思いついたように「あ、じゃあコレ知ってる?」とイタズラっぽく笑いながらその画面を僕に見せて来た。

「どうせまたくだらないのでしょ」

そうこうしてるうちに発車のベルが鳴ってドアが閉まり、電車が動き出してしまった。


まあ、次の駅までこいつに付き合ってやるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る