クマ、死んじゃった。
近藤 セイジ
クマ、死んじゃった。
「し、死んでる」
クマの巣穴を取り囲んだ動物たちの中、だれからともなく声があがりました。
「動くな!」
金太郎はどよめきを制するように、声を張り上げました。足柄山に響き渡ったその声はあまりに大きく、動物たちは凍り付きました。金太郎はゆっくりとクマに近づくと、頸動脈あたりに手を添ました。まだ、あたたかい。それはまだ、殺されて時間は経っていない証拠でした。
「犯人は、この中にいる!」
立ち上がって、金太郎はまたしても大きな声を上げました。びっくりしたタヌキなんかは、わざわざそんな大声あげなくてもいいのになぁ、金太郎さんの悪い癖が出たなぁ、と思ったのでした。しかし、それを口に出して言うと殴られるのでグッと堪えました。
「クマと俺の勝負に水を差したやつが、この中にいる!」
金太郎は大声を張り上げて、ぐるりと周りをにらみつけました。
「積年の因縁。足柄山の最強はどちらなのか。それが今日決まるはずだったのだ。冬眠が明けるのを春まで待って、今日の決闘を迎えたというのに、クマが殺されている!」
動物たちは息を呑みました。同時に、これは大変面倒くさいことになりそうだ、と直感しました。
「犯人はクマに恨みを持ったやつに違いない。おい、サル!」
大声で名前を呼ばれたサルは驚きました。
「へい、なんでございましょう」
「お前だろ。クマを殺したんだな?」
「いえ、私はクマさんを殺してはいません」
「証拠はあるのか?」
「あります」
「クマさんとあっし達とは縄張りが違いますので」
「そんなの関係ない。お前はいつも俺にクマの悪口を言っていただろう。動機は十分だ。それに殺すのと縄張りは関係ないだろう」
サルはうろたえました。クマの悪口を言っていたのは、クマのことを悪く言わないと金太郎が怒るからであって、サルの本心ではなかったからです。
「いや、そういうことじゃなく…」
「だまれ。それに縄張りなんていうのは貴様らの心持ち次第だろう。お前が犯人に違いない!」
自分たちの縄張り問題を精神論にされてサルとしては釈然としませんでしたが、あんまり口答えをすると金太郎に殴られるのでグッとこらえました。金太郎は単細胞だ。矛先を変えてやれば、簡単に俺は逃れられるはずだ。そう思ったサルは言いました。
「シカの野郎があやしいと思います。あいつ、今日の集合時間に遅れてきたし」
サルは自らの保身のためにシカを売りました。金太郎はシカに詰め寄りました。
「シカよ。お前が犯人か?」
シカはあまりのとばっちりに目の前がクラクラして、口の中が一瞬でカラカラに乾きました。こんなことなら金太郎対クマを見に来なければ良かった、と少し涙目になりました。
「わたしは違います。なぜなら、わたしは…」
「いや、違うならいいや」
シカを犯人じゃないと判断した金太郎は早目に話を切り上げました。シカは濡れ衣を解かれた嬉しさよりも、なんだか釈然としない気持ちで金太郎を睨みました。なぜならシカはみんなの前で発言するのが久しぶりで、注目されるのが少しうれしい気持ちもあったからでした。こんな容疑でもかけられなければ、シカは今年も誰からも注目されることなく終わるでしょう。今日がおそらく、今年最初で最後のチャンスだったのです。シカの中にふつふつと怒りがわいてきました。もうこうなったら、金太郎に殴られることは覚悟の上で、自分に対する不当な扱いを金太郎に抗議しようと思った時に、リスが叫びました。
「こいつ、あやしいと、おもう」
リスの方を見ると、大きなダンゴムシのような生き物がいました。
「だ、誰だ。お前は!」
金太郎が言うと、近くの木の上で事態を静観していたフクロウがバサァと旋回して降りてきて、金太郎の肩に乗ってこう言いました。
「ホウホウ。あれはアルマジロですな。北アメリカ南部からアルゼンチンにかけて分布している異節上目被甲目に属する哺乳類ですぞ」
「いせつじょうもく、ひこうもく!」
金太郎はまた、大声で叫びました。なぜなら、いせつじょうもくひこうもく、の語感が気に入ったからでした。
「こいつ、ことしから、もりにきた、しんざんもの。このみため、ぜったい、あやしい」
リスも負けじと叫びました。
「おぉうぃ。アルマジロとやら。お前にかけられたこの容疑。晴らす思いがあるなら、なにか言ってみろ!」
金太郎はさらに大声で言いました。するとアルマジロはこう答えました。
「アジャラカモクレン、レリゴーシチャウヨ、テケレッツのパー」
一同、息をのみました。なぜなら、アルマジロが発した言葉は、明らかにこの山の言葉ではなかったからです。だれも聞いたことのない言葉でした。
「フクロウ、アルマジロの言葉がわかるか?」
「うぬぅ、わかりませぬ」
「誰かわかるのはいないかァ」
金太郎は、またしても叫びました。しかし、あたりは静まりかえりました。意思の疎通のとれない得体の知れない生き物が、意味不明な言葉を発する。それは動物たちにとってこれほどの恐怖はありませんでした。巨大なイノシシが静寂を破り、冷静な声で言いました。
「とりあえず、こいつが犯人ってことでいいんじゃないかな。」
すると、動物たちは堰を切ったように金切り声で叫び始めました。
「そうだ、そうだ」
「こいつが犯人に違いない」
「熊を殺したのは、こいつだ」
「俺ははじめからこいつが怪しいと思っていたんだ」
「この甲冑みたいな甲羅があれば、クマにも勝てるはずだ」
「きっと毒があるに違いない」
「いや、足柄山のダンゴムシを味方につけて寝込みを襲ったんだ」
「ゴルゴ13に殺しを依頼したんだろう」
「お姉ちゃんはブスに違いない」
みな、好き好きに自分の説を話しました。しばらく目を閉じておとなしく聞いていた金太郎でしたが、カッと目を見開いて言いました。
「どいつもこいつも黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」
金太郎は大きく息を吸い込むと、威勢よく啖呵を切りました。
「お前たちは少しでも、このアルマジロのあんちゃんのことを考えたことがあるんかい。えぇ。いいかい。遠くはるばるアメリカ大陸からだァ、相模国の足柄山にやってきて、一言話しただけでこの扱いだ。言葉がわからない? あぁ、生まれてすぐは誰だって言葉なんかわからないじゃぁないか。それがどうだい。お前たちは大人ぶって、異国のアルマジロのあんちゃんが知らない言葉を話せばすぐに犯人扱いだ。アルマジロのあんちゃんだって、きっと好きで知らない言葉を話しているわけじゃあないンだよ。好きでこんなにダンゴムシみたいなぁなりしているわけじゃないンだよ。きっと深いわけがあるンだよ。そこんところ、お前たちは誰もわかろうとしないじゃないか。クマ公が殺されたのだって、もしかしたらなんか深いわけがあるかもしれないだろ。世の中ってえのは、もっと義理とか人情ってぇもんがあってもいいんじゃないかい。なぁ、みんな、そう思うだろう」
まくしたてる金太郎を見て、山のみんなは思いました。そもそもクマ殺しについては、あんたが騒ぎ始めたんでしょうが、と。
すると、金太郎の後ろで黒い塊がもぞもぞと動きか始めました。黒い塊は背伸びをすると、大きなあくびしてこう言いました。
「あぁ、よく寝た」
黒い塊はクマでした。クマは死んでいたわけではなく、冬眠から覚めきれずに二度寝していただけでした。
「おお、クマよ!生きていたか!ここであったが百年目。積年の決着、つけようぞ!」
金太郎はクマに飛びかかりました。クマも負けじと金太郎に襲い掛かりました。こうして、のちに語り継がれる、伝説の一戦が始まりました。
足柄山は、今日も平和でしたとさ。
クマ、死んじゃった。 近藤 セイジ @seiji-kondo
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