ハルコ
おイモ
Peace
「ピースだけが甘いの。甘いのはピースだけ」
彼女はいつも屋上にいた。
セーラー服のポッケからチョークみたいな煙草を取り出し片手を覆うようにして火をつける。
深く煙を吸い込んで、あなたは、と煙を少しだけ吐き出した。
「あなたは世界を知らないでしょう?」
陽子の質問はいつもわからなかった。
陽子にしかわからないと思ってたんだけど、多分陽子自身もわかってないんじゃないのかな。
「ねえ、サボるのはいいけどさ、タバコはやめようよ」
ヤニ臭いだの言われたんでしょ、陽子は半分くらいになった煙草をケイタイ灰皿に押し込んだ。あなたは嫌じゃないんでしょ?それでいいじゃない別に。
タバコを吸う君は好きだ。僕は汚くなった上履きを見下ろしていた。
初夏の風がピースの残り香をさらっていった。
陽子は今朝提出すべきはずの進路希望の用紙を取り出した。
出してなかったんだ、用紙には第一希望欄に豊島陽子とあるだけであとは真っ白だった。消した後も悩んだ跡もない。
見て、陽子は丁寧に折った紙飛行機を東へ飛ばした。
「今、平和だと思わない?折られた私たちは結局風に乗るしかないのよ」
誰の希望も乗せず紙飛行機は風に乗って僕らの見えない世界へ消えた。
ごそごそとポッケの中で手を動かしながら彼女は僕を見ていた。
「飛ばそうよ」
カチッと陽子のライターの音がして僕は脇に汗が伝うのを感じた。
ピースの甘い匂いがした。どうしてか彼女だけは僕に優しくしてくれる気がした。
「どれだけ丁寧に折ってもうまく飛んでくれないの」
彼女は遠く彼方を見つめていた。
僕は丁寧に白紙の希望を折り始めた。
ハルコ おイモ @hot_oimo
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