第18話 本の森

奈村はシナの本を手に取り見詰める。


「っでそろそろ説明してもらえますか?」


安居さんの問いももっともだ。

あの世界で奈村が言霊の力で口にした事を実現していたのは理解していたが最後の決着が意味不明過ぎたのだ。


「シナは本になれたんですよ、本という字は元々木の根に印を残すと言う象形文字なのです。なので私はあの木の根に私のナを刻みました。」


補足すると本とは元々は基本や根本と言った意味から始まり手本と言った模範とするものを表す字となった。

そこから写本の元となる書物を指す言葉となり書物全般を指す言葉となったのだ。


「つまり店長があの樹を木として捉えて印を刻むことで本にしたから願いが叶ってシナは消えたってことですか…」

「そうです。」


シナの本を奈村は1ページ捲るとそこには安居さんの体験した内容が記載されていた。


「こうやって見ると童話の不思議の国の話みたいですね」


奈村はシナの本を店に置くことをこの時決めた。


「さて、じゃもう遅いですしそろそろ帰りましょうか」


奈村の言葉に安居さんはまだタイムカードを切ってなかったのを思い出し慌ててタイムカードを機械に通して奈村が入り口を施錠する横を通り抜けた。

店から出た時に夜空が視界に入った。

本の中と同じで誰の気配も感じないが空気が違い現実に戻ってきたんだと実感を感じながら安居さんは考える…

本の世界ほどではないがこの世界でもやはり言霊は存在し言葉にして出さないと伝わらない事はやはりある。

閉じ込められた世界に自分を助けに来てくれた頼りになる店長の方を見て安居さんは決意する。

素敵な夜空に照らされた二人の姿は現実世界に居るにも関わらずファンタジーを想像させる雰囲気に包まれる。

ムードもバッチリだ。

安居さんは少し深呼吸をしてから奈村の事を呼ぶ…


「店ちょ…いや、奈村さん!」


突然の名前呼びに奈村も少し驚きつついつもの優しい笑顔を向けて返事をする。


「はい、なんでしょう?」


何となく察している奈村は内心ドキドキしているがそんな事実は一切外に漏らさず平常を装ったまま安居さんの次の言葉を待つ。

ゆっくりと奈村の方へ歩く安居さん、月明かりが彼女の表情を微妙に隠しどんな顔をしているのかハッキリしない。

お互いの距離が手を伸ばせば届く距離に向かい合い二人は見つめ合う。


「突然こんなことを言われたら困ると思うんですが自分の気持ちに嘘はつきたくないんです」


安居さんの決意に満ち溢れた顔がハッキリと見てとれた。


「やっぱり言うべき事を言える時に言葉にして伝えるって大切だと考え、伝えることにしました。」


何を言われても全てを包み込みそうな奈村の笑顔は安居さんの固くなっていた気持ちも解したようだ。

奈村はドキドキが最高潮に達し安居さんの目を見つめる。

ゆっくりと近づく二人…

そして、安居さんは言い放った。


「古本屋がこれ程危険な仕事だとは思いませんでした!これからの給料アップと今回の危険手当をお願いします!」

「えっ?あっ…はい…」

「えっ本当?!やったぁ!!」


打ち明けて喜ぶ安居さんの前で奈村は考えてた展開と全然違う現実に驚きつつやっぱりこの世は面白いと考えて駐車場へ向かうのだった。





翌日、いつも通り開店した本の森にはいつもと同じ二人の笑顔があった。

今日も一日頑張ろうと奈村は店の入り口の閉店の表示を開店に変えて店の入り口近くの並んでいる大判雑誌の中にシナの本を並べてレジの裏へ回る。

その時奈村の携帯が鳴った。


「もしもし?」

「あの~こちらもっとホット亭なのですが…」


正面に誰も居ないのに携帯で電話しながら頭を下げて謝る奈村を可愛いと思いつつ安居さんは本の整理に向かう。




ここは滋賀県にある古本屋『本の森』

今日も誰かの読み終わった本が店にやって来てこれから読む人の手に渡っていく。

人と人を本で結ぶ、そのお手伝いを喜んでする優しい笑顔の奈村は今日もお客さんの欲しがる一冊を次へと繋ぐ。

それは小さいがとても大きな仕事。


一度行くとまた行きたくなるそんなお店で店長奈村は貴方の来店を待ってます。


「いらっしゃいませ~」



-----終-----



これにて本の森 THE LEGEND OF 奈村

は完結です。

筆者の風邪が悪化する中更新がまちまちになりましたが最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。


次回はこの話の製作秘話なんかを書きたいと思います。

それではノシ

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