彼女の髪は朱に染まり

北玄 夕

プロローグ



目が覚めると、何もない真っ暗なところにいた。ほんの数メートル先はおろか、自分の手足すらほとんど見えない。正真正銘の真っ暗闇だ。


少なくとも、ここが自分の部屋なんかじゃないのはわかった。

座っている地面の感触はゴツゴツしているし、僅かだが風が吹いている気がする。おそらくは、外だろう。


自分が何処かもわからない暗闇の中にいるとわかると、途端に恐怖が込み上げてきた。

暗いのが怖いなんて子供じみた事を言うつもりはないが、流石にこれは怖い。怖すぎる。誰だって自分がいきなり何処かもわからない暗闇に1人放り出されたら怖いだろう。

中にはあまりの恐怖に下半身から何かを漏らしてしまう人もいるに違いない。自分は……まあ、許容範囲の内だろう。


そもそも、なぜこんな暗闇の中に居るのか?

ここは一体何処なのか?

何処かに明かりはないのか?

疑問は山ほどある。でも、それを解消できるものが何も無い。何も思い出せないのだ。

まるで、ここ数ヶ月の記憶がすっぽりと抜け落ちている様な感じがする。


そんな事を考えていると、徐々に目が慣れてきたのか少しずつ周りが見えてきた。


街灯すら無い田舎の夜なんかはこんな感じか。

いや。例えここが夜の無人島だったとしても、もっと明るいだろう。月の明かりが少なからず照らしてくれるはずなのだ。ここにはその月明りすら届いていないように思う。実は室内なのだろうか?

ともあれ、見つかる当てもない明かりの事をいつまでも考えていたって仕方がない。


まずは、周りがどうなっているのか確認することにした。

正直なところ暗闇の先に何があるかなんて知りたくはなかった。

ただでさえ恐怖で軽くパニックになりそうなのだ。

もしチェーンソーを持ってマスクを付けた大男でも見つけてみろ。今度こそ確実に失禁ものだ。


いっそこのままもう一度眠りについてしまいたいとすら思う。しかし、何も知らずに恐怖に耐えるより、せめて今いる場所くらいは把握しておいたほうがマシに思えた。

分っている事より分らないことの方が怖いのだ。

ここが知っている場所であれば多少は安心できるかも知れない。そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと辺りに目を凝らした。



見えてきたのは、コンクリートで作られた平らな地面。それだけだった。

そこは長方形の形をしており、それなりに広いようだ。周りをフェンスで囲われていて、

その先は真っ暗で何も見えない。まるで、その場所だけが宙に浮かんでいるような印象を受ける。

意を決してフェンスに近づいてみると、この場所が宙に浮いているのではなくビルか何かの高い建物の屋上であると気付いた。暗すぎて下を覗き込まないと気付かなかったが、街が見えたのだ。


明かりも何も点いていない為、よく見えないがどこか見覚えのある街並み。

その街はよく知った街だった。幼いころからずっと見てきた場所だ。

そうなると、自分が今立っているこの場所が何処なのかもわかってくる。なぜ自分がこんな所で眠っていたのかは分らないが、そこが知っている場所と判明して少し安心する。




家に帰ろう。そう思った。


疑問はまだまだ残っているし、不安もある。だが、とりあえずは家に帰ることが先決だろう。

家に帰れば家族がいるはずだ。

きっと家に帰ってこない自分の事を心配しているだろし、家族に聞けばなぜ自分がここで眠っていたのかも分るかもしれない。しこたま怒られるだろう事は容易に想像がつくが、それで全部解決するなら甘んじて受けよう。

何より、こんな暗闇の中で一人はもう嫌だった。


そうと決まれば動くのは早い方がいい。屋上と下の階を繋ぐ扉を見つけドアノブに手を伸ばす。


するとそこで、ある事に気が付いた。

 

今までは気付けなかったが暗闇に目が慣れ、多少心にゆとりが生まれた今だからこそ、その違和感に気付けたのだ。

ドアノブへと伸ばされたその腕はあまりにも細かった。

すこし力を込めれば容易く折れてしまいそうな程に細く、まるで雪のような白い肌にうっすらと血液の流れる血管が見え、ほんの少し艶めかしくも美しい腕。

よく見てみると、自分は女生徒用の制服を着ていた。

スカートの下から伸びる脚は、腕と同じで白く美しくも細い脚。胸には控えめながらも一生懸命に存在を主張する膨らみがある。



 全身に衝撃が走った。

 

雷に打たれたような衝撃とはよく言うが、この事だろう。

先程まで感じていた不安や恐怖は掻き消え、代わりに忘れていた記憶が凄まじい速度で脳内を駆け巡る。



 すべてを思い出した。


なぜこんな大切なことを忘れていたのか……。

自分の顔を確認するため、扉についている窓ガラスへと顔を近づけ覗き込む。

そこに映った顔は美しい少女のものだった。街でアンケートを取れば十人中十人が美しいと答えるだろう、よく知った少女の顔。


自分が死なせてしまった……いや、俺が殺した少女の姿がそこにはあった。

驚きはしなかった。すべてを思い出していたからだ。

明かりの無い町並みも、月の無いこの世界もすべてが繋がった。


一つ深呼吸をしてから、目の前の扉へと手をかける。扉にカギは掛かっておらず、簡単に開いた。


やるべきことははっきりしている。




今度こそすべてを終わらせる為に。

「今度こそ__俺が×××××を殺す為に」



彼女の待つ場所へ向かうべく、扉の先の暗闇へと一歩踏み出した。

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