異世界会計士は負け知らず
ちびまるフォイ
異世界会計士の仕事 <<<<<< プライベート
僕の職業は異世界会計士。
異世界に入ってくるものと、出てくるものの数字を見比べる仕事だ。
何事にもバランスがある。その均衡を保つのが仕事だ。
「って、またか……」
支出と収入が釣り合わない。
帳簿を洗いざらい確認してみると、いつもの女神だった。
「女神さん、また勇者を2人も勝手に転生させましたね?」
「はわわっ、ご、ごめんなさい~」
「何度言っても同じことを繰り返して……何が目的なんですか」
「うぅぅ、ごめんなさい~~……」
「……まあいいです。とにかく、帳簿のバランスを崩すようなことはしないでくださいね」
この女神はいつも同じことを僕から叱られている。
叱ることすら時間の支出が惜しいので、僕は転生先の異世界へと向かった。
到着するや、異世界ではしゃいでいる勇者をさっそく見つけた。
「ひゃっほーー! クソニート生活からついに転生できた!!
さぁ、女を漁って、世界を救ってちやほやされるぞーー!」
「はい、そこまでです。あなたの転生は帳簿のバランスを崩しているので戻ってもらいます」
「誰だお前? この魔法勇者ゆうと様に逆らうってのか?」
「僕は異世界会計士です。あのですね、転生するなら事前に命の収入をしてから……」
説明をしているさなかに勇者は魔法をはなってきた。
地面に炎が燃え上がり、炎の壁が行く手をはばむ。
「会計士? 笑わせる! そんな非戦闘職業で俺に勝てるか!」
「はぁ……これだから……」
僕は携帯帳簿を取り出して、支出と収入の項目を書き加えた。
勇者が作った炎の収入と支出を書き換えると、炎のバランスが崩れて勇者へと燃え移る。
「あちち!! あちっ!! 助けてぇ!!」
「会計士なめないでください。帳簿があればこの世界のどんなバランスも操作できるんですから」
かくして勇者ひとりの強制送還が終わった。
「あとひとりか。はやく終わらせて仕事に戻ろう」
もう一人の勇者はすぐ近くにいた。
「あのぅ……私も……送り返されるんですかぁ」
2人目の勇者は上目遣いの……美少女だった。
「え、ええ、まぁ……あなたの能力……変身は、ちょっとバランスを崩してて……」
「でも……女の子なら可愛いって言われたいじゃないですか?」
「そうですな!!! ならしょうがない!!」
僕は女の子のうるんだ瞳に負けて帳簿をこっそり書き換えた。これでプラスマイナスゼロ。バランスは保たれた。
「ありがとうございますぅ、このお礼はどこかで」
「い、いいんですよ、そんな。あは、あはは」
その日の仕事は手につかなかった。彼女のことで頭がいっぱいで。
それから、彼女とはちょくちょく会うようになった。
誰にでも変身できる能力を持っているのに、彼女はいつも同じ姿だった。
「だって……、会計士さんには、ありのままの私を見てほしいから……」
「僕もです!!!」
彼女とデートを重ねるようになってから、ますます心は惹かれていく。
「実は私も会計士なんです」
「そうなの? なら同じ仕事仲間だね!! よし、けっこn……げふんげふん」
「いえ、会計士といっても、恋愛会計士なんです。
人の気持ちがどれだけ向いているか、向いていないかのバランスがわかるんです」
「へぇ、それはすごい」
「……社外秘ですけど、個人的には、私の恋帳簿を見せたい人、います……///」
「そうですかぁ!!!!! うおおおお!!」
生クリームにハチミツをかけたように甘い日々が続いた。
お互いの気持ちを察し始めたころに、彼女が悪い人間に捕まっていると聞いた。
「なんてことだ!! くそ!! バランスを保つとはいえ、正義と同じくらい悪を入れた僕のミスだ!!」
この時ばかりは几帳面な自分の性格を深く呪った。
悪を一定量招き入れていることでバランスを保つが、それによって彼女が……。
「こうしちゃいられない!! 早くいかなければ!!」
僕は帳簿に項目をどんどん追加して重装備で現場へと向かった。
彼女が捕らわれている悪者の本部では、まがまがしい人間たちが待っていた。
「貴様、ここに何しにきやがった?」
「姫を救いに来た!!」
「姫ぇ? ……ああ、あの女のことか。今頃はうまくやってくれているだろうよ」
「うまくやって……お前ら、彼女に何をさせた!!」
「なにって? ひひ、知らない方がいいぜ」
敵の下卑た笑いを見て、生まれて初めて自分の頭の奥からブチッと音がした。
「お前らの命……会計する価値もない!!!」
帳簿を書き換えることでどんな武器も魔法も取り寄せることができる。
敵を一網打尽にしたところで、鍵のかかった部屋にたどり着いた。
「今開ける!!」
格子の奥には彼女の姿が見えた。帳簿を書き換えることで鍵を取り寄せる。
扉を開けると捕らわれていた彼女が待っていた。
「ああ、助けてくれたんすね。わだす嬉しいだす~~」
「……あれ!?」
「あんだ、早く縄をほどいてほしいだす~~」
「……だれ!?」
顔も姿も体型も彼女なのに、完全に彼女じゃない。誰だこいつ。
彼女の能力「変身」を思い出したとき、探していた本物の彼女が後ろにいた。
「ふふ、気付いた? あなたと出会った最初から変身してたのよ」
「別人に化けて、僕をここまで連れてきて……何が目的だ!」
「目的は……こ、れ」
彼女はいつの間にか僕の帳簿をスリ取っていた。しまった、隙だらけだった。
「私の仕事は恋愛会計士。でもね、女はいくつも顔をもっているの。
本職は異世界泥棒。私としては過去の失敗はプライドが許さないの♪」
彼女は帳簿を書き換えて、泥棒の過去を書き換えてしまった。
最初から帳簿で自分の足跡を消すことが狙いだったんだ。
「ありがとうね、カタブツ会計士さん。これで私も晴れやかな気持ちで泥棒できるわ」
「君にこんなにも愛の支出をしていたのに……これではバランスが合わない……こんな失恋があるなんて……」
がっくりとひざをついて、生まれて初めての失恋を味わった。
僕の気持ちが一方通行の支出だったなんて辛すぎる。
「……ふふ、お別れの挨拶に私がいいこと教えてあげる」
「いいこと?」
「あなたに恋の支出をしている子がいるわ。あなたは気付いてないでしょうけど。
あなたに振り向いてほしくって、何度もアピールしてるみたいね」
恋愛帳簿が見られる彼女には人の色恋なんて簡単に把握できる。
「どうして、僕にそんなことを教えてくれるんだ……?」
「一瞬だけでも、気持ちが向いた男には優しくしたくなるのよ、一瞬ね」
彼女は姿を消した。
後に残った僕は心に開いた穴を埋めることができずにいた。
「……帰ろう」
また大量の数字と向き合う会計士に戻ろう。
恋愛なんて縁のないことだと思って浮かれすぎていたんだ。
彼女は僕に恋を支出している人がいると言っていたけど、きっとウソに決まってる。
「さて、と、仕事をするか」
仕事スイッチを入れて帳簿を見ると、青筋が立つほどイラッとした。
その支出ミスをやらかした張本人のもとへと直談判しに行く。
「女神さん!! 何度言わせるんですか! また帳簿が狂ってますよ!」
「はわわ、ごめんなさい~~」
「はぁ……女神さんにも怒り疲れましたよ。
なんでそう何度も何度も同じミスをやらかせるんですか」
「はわっ! え、えっと……それは……私、昔から物覚えが悪くて……」
「そういうレベルじゃないでしょ……それじゃ、僕は帰りますね」
ミスを何度もやらかす女神を叱り続けても申し訳ないので帰ろうとすると、女神がそっと僕の服の裾をつかんだ。
「はわわっ……会計士さん、その、もうちょっとだけ……お話しませんか。
そのっ、私……またミスするかもしれないですよ?」
照れた顔を見て、恋愛会計士の言っていた言葉がやっとわかった。
「まさか、恋の支出をしている人って……」
女神は耳まで真っ赤になっていた。
異世界会計士は負け知らず ちびまるフォイ @firestorage
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