完璧主義男に迫られています

秋桜ヒロロ / 桜川ヒロ

プロローグ


「どうやら俺は君のことが好きなようです。付き合っていただけますね? 卯月うづき陽菜ひなさん」


 明かりの消えた真っ暗なオフィスで、彼は業務連絡をするように彼女にそう告白をした。列をなす車のブレーキランプと、煌々と輝くネオンの光が陽菜と呼ばれた女性の頬を照らす。

 のりの利いた黒いシャツに、プリーツがしっかり入った薄いベージュのスラックス。肩まである髪の毛は動きやすいようにとポニーテールにされており、前髪はピンで横に纏められていた。

 女性的というよりは男性的な格好をしている彼女は、たった今閉じたばかりのノートパソコンの蓋を持ったままその言葉を放った男を驚いた表情で見つめていた。

「……長谷川さん、何言ってるんですか? 冗談?」

「冗談ならどれほど良かったことか……。しかし、冗談ではありません。どうやら俺は君のことを本気で好きなようです。大変認め難い事実ですが、事実は事実です」

 すごく失礼な物言いだが、長谷川はどうやら本当に愛の告白をしているらしい。告白をしているにもかかわらず、彼は眉を顰めたまま苦渋の表情を浮かべていた。その表情に陽菜は目を瞬かせ、眉を顰める。


 長谷川はせがわかおる三十二歳。別名、営業部の鉄仮面。

 長谷川は営業部のエースにも係わらず、その渾名通りに常に無表情の男だった。細い銀縁の眼鏡の奥には鋭い切れ長の目、高い鼻梁にすらりと伸びた身長。独り身でありながら、毎日きっちりアイロンのかかったシャツを身につけ、新品のようなブランドスーツを着こなしている。

 そんな彼は、完璧主義者の堅物として社内では有名だった。

 行動は秒単位で計算し、書類の誤字脱字は当然のごとく許せない。自分の机の上の物はきっちりと場所が決まっており、少しでも動いていると自分の机を触った犯人を見つけだそうとする。更に業務中に飲む珈琲の時間や回数もきっちり決めていたりするという噂だ。

 そんな見た目だけはいい、うざったいぐらいの完璧主義者男が眉間に皺を寄せたまま、抑揚のない声で自分に愛の告白をしているのだ。

 陽菜は小さくため息をつきながら、どうしたものかと頬を掻く。するとなかなか返事を出さない彼女にしびれを切らしたのか、長谷川は腕を組むとまるで怒っているかのように少しだけ声を低くした。

「それで返事は? 俺は付き合ってほしいと言ってるんですが?」

「いや、無理だわ」

 陽菜が反射的にそう返すと、長谷川はまるで信じられないものを見るような目をして、おののいたように陽菜から一歩距離を取った。

「……本気ですか?」

「本気ですけど。……じゃ、長谷川さん、お疲れさまでした!」

 陽菜は鞄をひっつかむと、まるで逃げるようにその場を後にした。

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