第59話 開戦

 アインベルク邸のサロンで4人の男女が楽しげに茶会に興じている。


 その人物はアレン、フィアーネ、レミア、フィリシアだ。全員が見目麗しい男女でありまるで一枚の絵画のようにきらびやかなものである。だが、その有している戦闘力は絶大で小国であれば10日もあれば陥落させることが可能な者達だ。


 彼らの話題は目下、友人のジェドとシアの今回の討伐任務についてである。


「明日ぐらいにはラティホージ砦に2人はつくかな」


 アレンの言葉に婚約者の少女達は頷く。


「そうかしら、あの2人の健脚を考えると今日には着くんじゃない?」


 レミアがアレンに返答する。


「確かにそうですね。何事もなければ昨夜はラティシュアに泊まったんじゃないでしょうか?」


 フィリシアもレミアの考えに同意する。


「寄り道すれば結構遅くなるんじゃないの?」


 フィアーネはそう言って笑う。


「フィアーネじゃあないんだから、あの2人は真っ直ぐ向かうと思うわ」


 レミアのからかうような言葉にフィアーネは頬を膨らませる。どのような表情を浮かべようがフィアーネの美しさは損なわれることはない。


「ちょっとレミア、いくらなんでも酷いわよ」


 フィアーネの抗議にレミアは少しだけ舌を出しフィアーネに謝る。レミアの女の子らしい仕草も眼福ものである。


「まぁ、2人ともその辺にして、しかしその悪魔も『運』がないな。討伐にジェドとシアが手を上げるなんてな」


 アレンの言葉に全員が頷く。


「そうね。あの2人が相手なんてちょっと悪魔に同情するわ」

「レミアの言う通りね。ジェドとシアが『ゴールド』に昇格したばっかりなんて詐欺以外のなにものでもないわ」

「そうですね。どう考えても『ゴールド』の実力じゃないです」


 婚約者の言葉にアレンも頷く。フィアーネの言ったとおりジェドとシアの実力はどう考えても『ゴールド』のものではない。ひょっとしたら『ミスリル』クラスの実力を有しているのではないかとアレン達は思っているのだ。


 『ミスリル』クラスの実力者が『ゴールド』対象の悪魔討伐…


 これを詐欺と言わずに何を詐欺と言えば良いのだろう。


 アレン達は『ゴールド』が対象の悪魔という事で、中位の悪魔であると思っていた。一応、『対悪魔』用の道具を渡したのだが、多分使う事は無いだろうと思っていたのだ。


「でも、これを機にあの2人も自分の実力を認識して欲しいな」


 アレンの言葉に婚約者達はまたも頷く。


 アレンはジェドとシアが自分の実力を正しく認識しなかったために殺されてしまうであろう悪魔に同情していたのだった。






 魔法陣から転移してきた悪魔はジェドとシアに向けゆっくりと歩いてくる。その表情はジェドとシアを思い切り見下した表情を浮かべている。

 不思議なもので『バカにされてるかどうか』は人間は例え言葉は通じなくとも察する事が出来るのだ。そのため、ジェドもシアも悪魔が見下していることを察したのだろう。


 一方で悪魔が自分達を蔑んでいることに対してジェドとシアは、内心ほくそ笑んでいた。結果も出てないのに相手を見下すのは三流の証拠だ。ジェドとシアはこの悪魔に対し「与しやすし」と思っていたのだ。


(となると…言葉を使ってさらに油断させるとしようか)


 ジェドは反射的にまず何をすべきか考えた事を実行に移すことにする。


「お、俺達はあなたに敵対の意思はないんだ。た、頼む助けてくれ!!」


 ジェドはやや大げさに悪魔に命乞いを始める。


 実際は討伐に来ているのだから敵対する意思しかないのだから完全な嘘である。だが、それをわざわざ伝える必要はない。


「そ、その通りです!!私達はそんなつもりは一切無いんです」


 シアもこれまたサラリと嘘をつく。


 2人の命乞いに悪魔はニヤリと嗤う。


「ふん、なぜこの私が人間如きの頼みを聞いてやらねばならんのだ?」


 悪魔の言葉にジェドとシアは表面には出さなかったが内心首を傾げる。負ける気が一切しないのだ。悪魔の放つ雰囲気、魔力などから一切強者の気配がしないのだ。


(そういえば…こちらに向かってくる時の様子も体の使い方が非常に稚拙だ…)

(あれ?この悪魔って単なる使いっ走り?)


 ジェドとシアはそう思うと気が楽になる。使いっ走りとなれば気分に余裕が生まれるものだ。もちろん、ジェドもシアも油断しているわけではない。過度な緊張から解き放たれた事を意味していた。


「お、お願いします!!助けてください!!」

「殺さないでください!!」


 ジェドとシアは悪魔に頼み込む。この程度の悪魔に負ける気がしなくなった2人は逆に演技に苦労したぐらいだ。


「駄目だな」


 悪魔の顔が醜く歪む。その顔を見てジェドとシアは内心不快だったがそれをおくびにも出さずに絶望した表情を浮かべる。


 その様子に気を良くしたのか悪魔はジェドとシアを見て何やら思いついたのだろう。嫌らしい表情を浮かべた。


「そうだな…そんなに助けて欲しければ1人だけ助けてやろう。互いに殺し合え、勝った方だけ助けてやろう」


 悪魔の提案にシアは小さく「そ、そんな」と呟く。おどおどした感じを出しているが、ジェドにはわかった。シアが怒っているのは確実だった。もちろん、ジェドもこの悪魔のやり方に不快感を持っていたのだが、それ以上にシアの怒りの方に意識を奪われる。


(私にジェドを殺せ? 随分と舐めてくれるわね…この悪魔は…)

(うわぁ…シアめちゃくちゃ怒ってるな)


 シアの怒りを宥めるにはこの悪魔をさっさと殺すしかない。そう判断したジェドはこの悪魔をさっさと片付ける事にする。


 ジェドは静かに悪魔との間合いを詰めると剣を抜き放ち悪魔の腹に斬撃を見舞った。


 ジェドの斬撃は悪魔の防御陣ごと悪魔の腹を斬り裂いた。

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