第22話 注意喚起③
アレンティス=アインベルク…
サリーナの口から出た人名にジェドとシアは絶句する。
話の流れからすればその『アレンティス=アインベルク』という人物がデスナイトやリッチを斃しているという話だ。だがそれを素直に信じる事はジェドとシアの常識が邪魔をした。いくらなんでも軍隊が出動するようなアンデッドを個人で相手などできるわけがない。
「信じられないのも当然よね。でも事実よ」
サリーナの様子から冗談を言っているようには見えない。
「で、でもいくら何でもデスナイトとかリッチとか軍隊が相手するようなアンデッドですよ…それをそのアレンティスという人は斃せるぐらい強いんですか?それも毎晩…」
ジェドはサリーナに尋ねる。ジェドの様な反応をする冒険者は珍しくないのだろう。気分を害した様子もなくジェドに返答する。
「ええ、アレンティス=アインベルクはそれほどまでに強いのよ」
断言するサリーナにジェドとシアは確信する。本当にそのアレンティス=アインベルクという人物はデスナイトやリッチを斃せるだけの実力を持つ規格外の存在だということをだ。
「二人はドルゴート王国の勇者の話は知ってます?」
「はい、確かその男爵に喧嘩を売って返り討ちにあった…と」
「そう、1ヶ月半ぐらいまえにドルゴート王国からやってきた勇者一向が国営墓地に入りアインベルク卿を殺そうとして取り押さえられたらしいのよ」
「その勇者達は…死んだんですか?」
ジェドの言葉にサリーナは首を横に振る。
「いいえ、アインベルク卿は勇者一行を取り押さえただけで殺してはないです」
「…」
「ところがその勇者一向はもう一度、アインベルク卿に挑戦状を叩きつけたらしいんですがアインベルク卿は一人で勇者一行を斃したそうですよ」
「…一人で?」
「勇者一向を…一人って…」
サリーナの言葉を聞き、ジェドとシアは驚きを隠せない。勇者一行と言えばその国の最精鋭を意味する。いわばその国の武の象徴とも言うべき存在なのだ。当然、一人一人が勇者に及ばないとしても超一流の実力者なのだ。その実力者達を相手にアレンティス=アインベルクは一人で完勝したのだ。
「そう、ギルドからの注意事項の内容はそろそろ予想がついてきたんじゃない?」
サリーナの言葉にジェドもシアも頷く。
冒険者ギルドとすれば、強力なアンデッドが毎晩のように出没する国営墓地に立ち入りするのは認めないという事ともう一つはその国営墓地を管理する『アレンティス=アインベルク』という人物にちょっかいを出すような事を禁止しているのだ。どちらかというとちょっかいの方が比重は大きいだろう。
デスナイトやリッチを毎晩斃しているような規格外の実力者に睨まれることはギルドとしては勘弁して欲しいことだろう。
そこまではジェドとシアもわかるのだが疑問点が一つあった。
「はい、俺達は『国営墓地』に立ち入る事はしません。それとその男爵にちょっかいを出すような事はしません」
「私もです」
ジェドとシアの言葉にサリーナは安心したように微笑む。
「良かったわ。時々、私達の忠告を無視して国営墓地に入りアンデッドに殺される冒険者がいるのよ。それだけならまだしもアインベルク卿にちょっかいを出す奴もいるのよ」
サリーナの言葉は苛立たしげだ。結構な数の冒険者の尻ぬぐいをさせられたのかも知れない。
「いい…絶対にアインベルク卿に喧嘩なんか売っちゃ駄目よ」
サリーナの言葉にジェドとシアはすぐに首を縦に振る。
「はい、絶対に喧嘩なんて売りません。それで一つ聞きたいんですけどその男爵様はそんなに恐ろしい方なんですか?」
ジェドの言葉にサリーナは首を横に振る。
「いいえ、とても穏やかで礼儀正しい少年よ。ただし敵には一切の容赦は無いわ」
「という事は敵じゃなければ何もしない好人物ということですか?」
「そうね。でもアインベルク卿は優しいけど甘い人物じゃないわ。自分の家族や友人に危害を与えようとしたり、利用しようとする者は徹底的に潰すわ」
「でもそんな人物なら誠意ある対応をすれば色々と助けてくれるんじゃないですか?」
「そうかも知れないけど危険すぎるわ」
「どうしてです?」
ジェドは疑問だったのだ。サリーナの話ではアインベルクという人物は人物的にも実力的にも頼りがいのある人物だ。それほどの人物をどうして放っておくのか?
「10年ぐらい昔に先代のアインベルク家であるユーノス様と冒険者ギルドがもめちゃったのよ」
「え?」
「といっても完全に悪いのは冒険者側よ。事情を知らない冒険者が国営墓地の見回りに参加させろとユーノス様に迫ったらしいけどユーノス様は断ったらしいの。そこで腹いせにまだ幼かったアレンティス様を侮辱したのよ」
「…」
「それがユーノス様の逆鱗に触れてその冒険者達を半殺しにしちゃったのよ」
「それは確かに酷い話ですね。でもそんな質の悪い冒険者はいくらでもいるでしょうし、ギルドと揉める理由にはならないんじゃ…」
「ところがその冒険者はね『ガヴォルム』クラスの冒険者フィグ=アーク一向だったから冒険者ギルドがユーノス様に抗議を申し入れたのよ」
「え? それはいくら何でも道理が通らないんじゃないですか? 逆に謝罪をしないといけないのではないですか」
ジェドの言葉にシアも頷く。確かに怪我を負わせたのは悪いが、そもそもの原因はその冒険者達だ。
「そうなのよ。ところが当時のギルドマスターはユーノス様をギルドに呼びつけたらしいのよ」
「なんでそんな…相手は貴族でしょう?呼びつけるなんて…」
「当時のギルドマスターはある伯爵家の後ろ盾があったから調子に乗ったのよ。それにユーノス様は非常に穏やかな性格をされていたから舐めていたのね…」
「それで…どうなったんですか?」
「予想はつくでしょ…。ユーノス様はギルドの扉を蹴破って入ってきたらしいの。その時のお怒りは凄まじかったようでその場にいた全員が殺されるとおもったらしいわ」
「…」
「その後はギルドマスターの執務室に入っていきしばらくするとユーノス様は出て行ったらしいわよ」
「ギルドマスターは?」
「それがユーノス様が出て行った後にギルドマスターの髪の色はすっかり真っ白になっていたという話よ…まだ40になるかならないかぐらいだったのに70代ぐらいに老けて見えてたって話よ。ユーノス様とギルドマスターがどんな話をしたのかはわからないけど、その後のギルドマスターは体調を壊してすぐに引退したわ。去るときに『アインベルク家に手を出すな』と今のギルドマスターにしつこいぐらい念押ししてたらしいわ。前のギルドマスターはよっぽどの恐怖だったようで時々、思い出してはガタガタと震えていたらしいの」
「その伯爵は助けてくれなかったんですか?」
「その伯爵はしばらくして爵位を返上してしまったのよ。権力に固執する人だったらしいから当時はみんな不思議がってたけど、ユーノス様が何かしらしたのかもね」
サリーナの言葉にジェドとシアは驚く。実際にユーノスがその戦闘力を遺憾なく発揮し冒険者達を黙らせたという方がよほどショックはないだろう。本当に恐ろしいのはユーノスという人物が何をしたのかを誰も知らないという事だ。
「わかる? 王都の冒険者にとってアインベルク家に手を出すのは御法度なのよ。少々の事ならアインベルク家の方々は笑って許してくれるわ。でも度が過ぎたときにはその反撃は凄まじいものよ」
「はい…」
「わざわざ竜を怒らせる理由はどこにもないわ。もっともアインベルク卿なら竜ですら簡単に斃してしまいそうだけど」
「それでその原因の冒険者達はどうなったんです?」
「その冒険者達は引退したわ。どうもユーノス様の凄まじい怒りに当てられた結果、完全にヘタレになっちゃって。2度と武器を握ることが出来なくなったらしいわ」
「…」
どうやらアインベルクという一族は自分達が考える以上に規格外の一族らしい。戦闘力だけでなく政治を背景にした脅しもまったく効果がないのだ。それだけでなく『ガヴォルム』の冒険者の心を完全に折るなんて事ができる人間がいることに驚く。
最高位冒険者である『ガヴォルム』はそこまで上り詰めるために数え切れないほどの死線くぐり抜け心身を強靱なものにしたまさに『人外』扱いされるような実力の持ち主のはずなのにその心を完全に折ったというのだ。規格外にも程があると言えた。
「ああ、最後の一つ質問があるんですが…」
ジェドの言葉にサリーナは快く応じた。
「はい、良いわよ」
「あの先程、アレンティス=アインベルク男爵の事、少年といいましたね?」
「ええ、アインベルク卿の年齢は17~8歳よ」
「俺達とそんな年齢は変わらないんですね」
「そうね。あなた達と同年代よ」
「それなのになんでそんなに強いんですか?」
「う~ん、やっぱり国営墓地で毎晩、アンデッドを駆除してるからじゃないかしら。さっきの冒険者がアインベルク卿を侮辱したのは国営墓地の中だったって話だから」
「ということは、男爵は7~8歳ぐらいにはアンデッドを斃していたというわけですか?」
ジェドもシアも決して平坦な道を歩いてきたつもりはないが、デスナイトやリッチが毎晩出るような所に7~8歳で近付いた覚えなどない。
「そうなるわね。アインベルク卿はそんな小さい時からアンデッドを斃しいたのよ。そんな人に絶対喧嘩売っちゃたら駄目よ」
「「はい」」
「あなた達みたいに真剣に私達の話を聞いてくれればすごく助かるのよね」
ジェドとシアはサリーナの言葉に苦笑いで答えると、一礼して冒険者ギルドを後にする事にする。
冒険者ギルドの建物を出たジェドとシアは数歩歩くとお互いに視線を交わす。
「ねぇ、ジェド…」
「どうした?」
「凄い話だったわね」
「ああ、まぁ俺達のような人間には縁の無い人物だろうな」
「そうね」
ジェドの言葉にシアは返事を返すが、それが嘘である事をジェドもシアも知っていた。サリーナの話を聞いてジェドもシアもアレンティス=アインベルクという人物に興味を持ったのだ。勿論、害してやろう、利用してやろうなどという悪意とはまったく無縁であり、どれほどの実力差が自分との間にあるのかが知りたかったのだ。
「ジェド…」
「ん?」
「いつかそのアインベルク卿に会えると良いわね」
シアの言葉にジェドは返答に困る。自分がアレンティス=アインベルクという人物に興味を持っていることがバレている事がわかったからだ。
「…ああ」
ジェドの照れ隠しの返事にシアは微笑む。
「そのためには私達がも~~~~~~~っと強くならないといけないわね」
「ああ」
シアの言葉にジェドは頷く。もしアレンティス=アインベルクという人物に会った時に気後れするような恥ずかしい真似だけはしたくなかったのだ。
だが、近い将来二人はアレンティス=アインベルクと出会う事になる。
それが二人の人生を大きく変えることになるのだが、この時の二人は当然、その事に気付いていなかった。
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