墓守の友人が出来たら一気に成り上がった冒険者の話

やとぎ

再出発

第1話 解散

「みんな、いきなりで済まないが俺は冒険者を引退することにした」


 ローエンシア王国の王都『フェルネル』から遠く離れたジルベ村に一軒だけある酒場で冒険者のウォルモンド=リークスはパーティーメンバーに重大発表を行った。


「な、なんで!?」 


 パーティーメンバーである少年があまりにも突然のリーダーの離脱宣言に狼狽えていた。


 この少年の名前はジェド。駆け出しの冒険者の少年で『ブロンズ』に昇格したばかりである。

 ジェドは16歳で栗色の髪にブラウンの瞳の精悍な顔立ちをした少年で、性格は明るくパーティのムードメーカー的存在の少年である。


「そ、そうよウォルモンドさんは私達のリーダーなのよ。それなのに…」


 もう1人のパーティメンバーである少女も動揺を隠せないようだ。


 この少女の名前はシア、ジェドと同じく駆け出しの冒険者であり、見習いの魔術師である。

 シアもジェドと同じく16歳の少女で栗色の髪に黒い瞳の少女で、くりっとした目が可愛らしい。

 シアも『ブロンズ』に昇格したばかりであった。


 このローエンシア王国には冒険者と呼ばれる職業があった。仕事内容は様々で魔物の退治、薬草の採取、隊商の護衛、ダンジョンの探索など多岐にわたる。


 冒険者になるためには『冒険者ギルド』と呼ばれる組合に登録しなければならない。逆に言えば登録さえすれば冒険者を名乗ることが出来るのである。

 冒険者ギルドは所属する冒険者にランクをつけている。上から『ガヴォルム』『オリハルコン』『ミスリル』『プラチナ』『ゴールド』『シルバー』『ブロンズ』『スチール』である。


 ジェドもシアも『ブロンズ』のクラスなので下から2番目と言う事になる。


 冒険者ギルドがこのように冒険者達にランクをつけているのは、仕事を斡旋する際に身の丈にあった仕事を斡旋するためであった。実力が備わっていないような冒険者に凶悪な魔物の退治を斡旋すれば冒険者の命が失われてしまうのを避けるためである。


「まてよ、2人ともウォルモンドの話を最後まで聞こうぜ」


 ジェドとシアを押しとどめたのはラウドだ。20代前半の青年で、レンジャーとよばれる職業で、斥候、遊撃の役割をパーティーの中では担っている。


「そうよ、まずは話を聞きましょうよ」


 もう1人のメンバーであるアンナも賛意を示す。2人の言葉にウォルモンドは意を決したように引退理由を話し出す。


「実は彼女にできちゃったみたいなんだ」

「「「「へ?」」」」


 他のメンバーも揃って惚けた声を出した。


「だからルリアに子どもが出来たんだって」


 ウォルモンドの言葉に、引きつった声でジェドとシアが返答する。


「その…おめでとう」

「…おめでとうございます」

「ああ、2人ともありがとう」


 2人のメンバーの声にウォルモンドは嬉しそうに言う。


「それで父親になるから冒険者を引退という訳か…」


 ラウドがウォルモンドに言う。ウォルモンドはラウドの言葉に頷く。


 冒険者は危険な職業なのは言うまでも無い。命を落とす冒険者は後を絶たない。冒険者は5人仲間を失わなければ冒険者とは言えないと言う意見もあるぐらいだ。


「ああ、俺も子どもが出来た以上、根を張って生きていこうと思ってな」


 さすがに父親になる男が冒険者のままだと家族としては不安で仕方がないだろう。実際に冒険者を引退する理由で一番多いのは結婚を機にと言うやつである。


「そうか…さすがに父親になるというのに冒険者家業はできないな」


 ラウドの言葉に全員が頷く。


「あの…」


 アンナが言い辛そうにおずおずと手を上げると全員の視線が集まった。


「ラウド…」

「ああ、そうだな…」


 どうやらアンナは言い辛いことらしい『恋人』であるラウドに伝えるように頼んでいた。


 ジェドとシアは嫌な予感がしていた。大人の恋人同士である2人がこの状況で告げる内容を察する事が出来ないほどジェドとシアは子どもではない。


「実は俺達にも…出来ちゃってな」


 ラウドの言葉にアンナは頬を染めてうつむいた。


((やっぱりか!!!!!!!))


 ジェドとシアは心の中で叫ぶ。


「俺達も結婚を機に冒険者を引退しようと思っているんだ」


 ラウドの言葉に全員が祝いの言葉を贈る。


「それじゃあ、このパーティーは解散だな」


 ウォルモンドの言葉に全員が頷く。


 ジェドとシアにしてみればいきなり荒海に放り出されたようなものであったが、ここで反対意見を言ったところで子どもから親を奪うような真似は出来ない。ラウドとアンナに至っては子どもの命までも危険にさらす事になるのだ。


 ジェドとシアは物心ついたときから孤児院で育ち親の顔も知らない。寂しい思いをしていないと言えば嘘となる。自分達の我が侭で自分達と同じ境遇の子どもを増やすというのはどうしても出来なかったのだ。


「ウォルモンドはこれからどうするんだ?」


 ラウドがこれからの事を尋ねる。


「俺はルリアの実家の宿屋で働くつもりだ」

「入り婿ってわけか」

「ああ」


 ウォルモンドの彼女であるルリアの実家はジルベ村の隣村であるエズノ村で宿屋を営んでおり、何度か利用しているうちにいい仲になったというわけだった。


「お前達は?」


 ウォルモンドはラウドとアンナに尋ねる。


「俺達は俺の故郷にアンナを連れて行くつもりだ」

「そこで腰を落ち着かせるという訳か」

「ああ、俺の家は狩人の家だからな。俺の今までの技術が役立つさ。アンナは治癒術師だから医者として故郷で働くってさ」

「そうか…」


 ウォルモンドとラウド、アンナの視線がジェドとシアに注がれる。


「お前達はどうする?」


 ウォルモンドの声に苦い者が混ざる。大人の自分達の都合でまだ駆け出しの2人を放り出す形となった事に罪悪感があったのだ。


「お前達さえ良ければ俺達の故郷に来ないか?」

「そうよ、あなた達がいれば心強いわ」


 ラウドもアンナもジェドとシアに誘いを入れる。やはり放り出すのは罪悪感があるのだろう。 


「ありがとう。みんな」


 ジェドは3人にお礼を言う。だが、3人はこれは拒絶だという事を察していた。


「でも俺はもう少しこの冒険者稼業にしがみついてみたい」


 ジェドの言葉にシアも賛同する。


「私も冒険者を続けたい」


 ジェドとシアの2人の声にウォルモンド達は笑って頷く。正直な所を言えば不安で仕方が無い。ジェドもシアも一人前にはほど遠い実力なのだ。だが、冒険者を止めろとは口が裂けても言えない。自分達の都合で2人を放り出す自分達にそんな資格が無い事は明らかだったのだ。


「そうか…」


 ウォルモンドの声が沈む。


「気にしないでくれ。でも俺達が困った時はみんなを頼らせてもらうぜ」


 ジェドの言葉に3人は微笑見ながら頷く。ジェドの精一杯の強がりは自分達を気遣ってのことである事を察していたのだ。


「じゃあ、これで俺達のパーティーは解散という事だな」


 ラウドは決心をつけたように全員に言う。


「ラウド達はいつ出発するんだ?」

「明日だ」

「随分急だな」

「ああ、事が決まった以上ズルズルと別れを長引かせるもんじゃないからな」

「そうだな」

「ウォルモンドは?」

「俺は隣村だし、今日に立つつもりだ」

「そうか…」


 ウォルモンドとラウドは事後処理を行うように淡々と話している。ジェドもシアもその様子を黙ってみている。


(俺達だけ…シアは俺が守らないと)

(私達だけ…ジェドは私が守るわ)


 シアとジェドはお互いをチラリと見て幼馴染みを守るという決意をお互いに新たにしていた。



 後に最高位冒険者『ガヴォルム』クラスに上り詰め数々の伝説を残すことになる、剣士ジェド、魔術師シアの本当の冒険が始まろうとしていた。


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