フィロソフィ・イン・ザ・キッチン
言端
実験1.混ぜる
ひとさじ、恋をかき混ぜた。さらさらとした透明の、細かい粒たるそれは水に溶けてすぐ見えなくなった。舐めると甘い。僕はその鍋を脇に追いやった。
次にひとさじ、愛を落とした。触れた瞬間水を濁し、底に塊が残る。カツカツ、おたまが当たる音を聞きながら延々溶かしていくと、あまりに重く絡まっておたまが動かなくなった。ねっとりと、こびりつく、一掬いを舐めるとひどく形容しがたい味がする。どろどろになるまで角砂糖で歪めた珈琲のような、奇妙な味わい。
恋を、愛に加えた。理論上、水気が増えて溶かしやすくなるはずである。結論から言えば、愛は油だった。交わらず、二層に分かれたままどっちつかずになってしまった。舐めると、もはや甘くすらない。およそ人の口にするものではなくなった鍋の中身を、僕はまとめてシンクに流した。排水溝を詰まらせないだろうか、と、ふとそれだけが気にかかった。
のちに知るところによると、それは初心者がしばしば陥りがちな失敗であったのだが、兎にも角にもこの頃の僕は愛や恋の食べ方など知らなかったのである。
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