第14話

次の日の朝、昨日と同じ八時頃に目が覚めた。

本当はもう少し前に起きていたが二度寝だ。


えーと今日は確か…戦闘訓練だっけ?

寝起きで、まだ脳が完全に覚醒しきって無い為思考があやふやだ。

場所は確か訓練所。てことは東に向かえばいいのか。

戦闘訓練って事だけど武器とか持参かな?まぁ持ってないけど。

でも何も言われてない訳だし、手ぶらで行きますか。


準備をささっと済ませると訓練所を目指して建物内を歩く。

昨日と同じく食堂をスルーして更に進んで行くと武装した人達が見え始めたので間違ってはいないようだ。


お?ここかな?


通路を進んでいるとホールと言えばいいのか円形とは言えなくもない楕円形の様な形の開けた場所に出た。

ホールの中には結構な数の人達がいるのだが共通点として武装している事から此処が訓練所であっていると思われる。楕円形のホールの壁際には一定間隔で扉がついている。扉の感覚は凄く狭いので恐らくあの中は『自室君』のように謎空間になっているのだろう。


「おーいナナシ!こっちこっち」


声のする方を見ると残念なイケメン、アイザックがにこやかに笑いながらこっちに向かって来ていた。

どこに行けばいいのか分からなかったから丁度良かった。


「おは〜アイザック。戦闘訓練の方もアイザックが担当してくれるのか?」


「おはようナナシ。そうだよ、昨日に続けて僕が担当だよ。新人教育は先輩の務めだからね。あ、でも僕も仕事の日があるから違う人の日もあるかもだから、その時はよろしくね」


「あいよ〜了承しました〜」


「うん、なら最初にこの施設についての説明をするね。此処は既に知っていると思うけど訓練所になっているんだ。今いる場所は待合ホール的な感じの休憩スペースだね。で、あそこに沢山並んでる扉の中が『自室君』と同じ仕組みで訓練室になってるんだ。」


お、やっぱり『自室君』と同じ謎原理だったか。

ふっ、名推理だな…


「で、部屋の中は特殊な空間になっていて訓練で身体に傷を負っても部屋から出れば治る様になってるんだ。でも死んでしまったら復活できないから気を付けてね。あと普通に傷付けば痛みもあるし、怪我は消えても疲労は残るから」


その説明を聞いて俺は思わず「おぉ」と驚嘆の声を漏らしてしまう。

それを聞いた時のアイザックは何処か得意気だ。

なんでお前がドヤってんだよ。


にしても、部屋から出るだけで傷が治るとか凄すぎだろ。

傷が治るなんて痛みや疲労なんて些細な事に過ぎない位に凄いと思う。

このまま技術力が高くなっていけば、そのうち死んでもリスポーン出来るようになるのではないだろうか?

まぁそれまで俺が生きてるか分からんがな。


「説明はそんな感じかな、ちなみに訓練室を使う時は『調べる君』の『申請』の所で申請を出しとけば使えるよ。因みに今日は既に僕が予約してるから安心していいよ。てことで早速訓練室に入るよ。着いてきて」


「はいよー」


俺はアイザックに案内され後ろを付いて歩く。

アイザックは扉に振ってある番号を確認しながら歩き少しすると立ち止まった。


「五十八番…お、此処みたいだね」


アイザックは懐から『カード君』を取り出すと扉に付いている装置に差し込む。

ピー と扉が解除された合図が鳴り、それを確認すると『カード君』を抜き取り扉を開く。


「おぉ…広っ」


アイザックの肩越しに中の様子が見え、思わずそう漏らしてしまう。

が、しかし俺がそんな反応をするのは当然だろう。

俺は訓練室と言ってもせいぜい学校の教室か柔道場程度の広さだと想像していたが、いかんせん規模が違った。広さはおおよそ野球場四個分といったところだろうか。部屋は正方形になっており、壁はよく分からない白っぽい謎素材で出来ていて『訓練室』ではなく『訓練場』と言った方が正しい様な気がする。

ん?でも扉の中だから室内になるのか?


「どうだい、凄いだろう?他にも魔法や銃の練習用に使う細長い部屋とかCQC専用の狭い部屋なんかもあるんだよ」


「あぁ凄いな、改めて『NEST』の技術力の高さを思い知ったよ」


「でしょでしょ、他にも凄い施設は沢山あるからそのうち紹介するよ。まぁ、説明はこの位にして訓練を始めようか」


俺とアイザックは扉を潜るとそのまま部屋の真ん中へと歩いて行く。

室内に入ると全方向が白で統一されている為、距離感がイマイチ掴めず部屋が何処までも続いているのではないかと錯覚してしまうほどだ。


「ナナシ、こっちに来て」


部屋の中をキョロキョロと見回しているとアイザックに近くに寄るように言われたので近寄る。


「まずは何を始めるんだ?」


「そうだね、まずはナナシの基礎体力がどの程度なのか測定しようと思ってね。はいこれ」


そう言ってアイザックが手渡してきたのは握力測定器。


「握力測定器?てか何処から取り出したんだ?」


「空間魔法のストレージだよ。さ、それよりも握力握力!」


「お、おう」


ルシアも使っていた空間魔法が凄く気になったが、急かされるままに握力を測定する。まずは右手から。

今出せる全力で測定器を握る。


「ふぬぬぬぬぬぅ」


ある程度時間を置いて手から離して測定結果を確かめる。


「えっと、結果が出たみたいだね。どれどれ…」


アイザックも測定結果を覗いてくる。そして測定結果を見たアイザックの顔が驚愕に染まる。

ふふふ、どうだ。俺の全力の握力に驚いただろう?


「右手握力…二十kg…うん、低いね。ナナシ君の年齢の平均握力を余裕で下回ってるよ」


「あれ?結構自信あったんだけどな」


「ナナシ…多分アカデミーの子供達の方が君より身体能力が優れていると思う」


「ま…まじっすか…」


「まじっすよ。でも今から鍛えれば伸びていく筈だから頑張ろう。てことで他の測定の続きを始めるよ」


自分の身体能力が子供に劣る事を知ってしまい若干悲しくなったが、まだ逆転の余地がある事を信じて他の測定を始める。




「まさか、ここまでとは…」


現在一通り測定が終わり、アイザックが驚きに満ちた表情で俺の測定結果を見ている。

俺もまさか、ここまで貧弱だったとは思ってもいなかった…

それに測定の為に少し体を動かしただけなのに、脇腹が痛いし酸素が足りていない。


ちなみに測定結果はこの通りだ。



・握力 右20kg 左19kg

・上体起こし 12回

・反復横飛び 31回

・50メートル走 9,13秒




「ナナシ…煙草は吸ってる?」


「いや、吸ったことは無いな」


「普段運動は?高校時代に何かスポーツしてた?」


「いや、どっちもしてないな」


俺がそう答えるとアイザックは何とも言えない困った表情をする。


「う〜ん、ならナナシは運動以外で何か得意な事はあるかい?」


うーむ、得意な事か…特に特技とかは無いんだよなぁ。あーでも一つだけそれっぽいのがあるか。

俺は一つだけ思い浮かんだそれをアイザックに告げる。


「並列思考とか…どう?」


「おぉ!凄い特技を持ってるじゃないか!」


俺はあんまり自身が無かったのだが、アイザックは俺の考えとは違って、嬉しそうな表情でそう言った。


「えーと、どう凄いんだ?」


「あぁ、そうだね。まだナナシには魔法について教えてないからピンとこないだろうね。取り敢えず簡単に説明すると、魔法を使う際には頭の中で使いたい魔法をイメージして更に頭の中で規模や位置を決めて発動するというプロセスが必要なんだ。で、つまり魔法を使って戦う人が強くなるには脳の演算処理能力を鍛えて魔法発動までの時間を短くしていくんだ。でだ、そこから更に高みを目指す人達は同時に複数の魔法を発動させる為に並列思考を鍛え始めるんだよ。でも並列思考はなかなか難しくてね、高位の序列者の殆どは使えるんだけど中位の序列者になると半分位しか使える人が居ないんだ。つまりは並列思考という特技は魔法使いとして高位序列者になる為の必須技能とも言えるわけで、君は既にそれを習得しているから高位序列者になる為の条件の一つをクリアしているんだ」


その説明を聞き俺は成程、と思う。

確かに魔法を一度に一発しか出せないより同時に二発三発と出せた方が手数や攻撃のパターンも増やせるから強い訳か。


「でも、ナナシは並列思考なんて技能どこで身につけたんだい?」


俺が、 高位の魔法使いか…やったぜ! なんて物思いに耽っていると不意にアイザックがそう訊ねてくる。


「ん?えーと学生時代に授業が退屈で仕方なかったから小説を読んだりスマホを弄ったりしていたらノートを取れてなくて先生に怒られた事があって、次からは小説を読んだりスマホを弄ったりしながらノートを取るように頑張ったら、いつしか複数の事を同時にこなせるようになったんだ」


と、俺は自慢げに語るがアイザックはなんとも言えない表情をする。


「うーん、不純な動機ではあるけど結果的にこうして役に立っている訳だからなんとも言えれないね」


アイザックはそう言いながら苦笑する。

まぁ確かにある意味、怪我の功名とも言えるだろう。


「さて、ナナシの得意不得意が分かった訳だしこれからの訓練の方針を決めようか」


俺がそれに同意するとアイザックは続きを話し始め

た。


「まずナナシ君は残念ながら身体能力が低いからどちらかと言うと敵と真正面から殴り会うより遠距離から攻撃する方が向いている。そしてナナシのフラグメントは基本形。特技は並列思考。つまりは後方からの攻撃主体の魔法使いに向いている訳だ」


俺はその言葉を聞いて心の中でガッツポーズを決める。特に魔法使いと言う単語に心が踊る。

ここに来るまでちょくちょく聞いた魔法の話や、ルシアやアイザックが何も無い空間から物を取り出したのを見てからずっと魔法を使ってみたかったのだ。


「おや?随分と上機嫌だねナナシ」


口には出していなかったが表情に出ていたのかアイザックに指摘されてしまった。

特に隠す事でもないので素直に話す。


「ははっ、そういう事だったのか!分かるよナナシ。僕も魔法が使えると知った時は柄にもなくはしゃいだよ」


うんうん、やはり男なら誰もが魔法やファンタジーに憧れるよな。

どうやらアイザックにも男性なら誰もが持つ夢というやつが分かるらしい。


「てことで、取り敢えずは訓練の方針的には主に魔法関連についての訓練を行おうと思っているからそのつもりでいてね」


「うっす」


「それとナナシは祝福持ちらしいね。えーと確か『鉱物創造・支配』だったっけ?テオから聞いたんだけど合ってる?」


「うっす」


「なら良かった。それでその祝福なんだけど僕も聞いた事が無い祝福だから、どういった事が可能なのかが分からないんだ。名前の通りなら鉱物を創ったり操ったり出来るんだろうけど。だからその検証なんかもこの訓練期間に行おうと思っているからそのつもりで」


「うっす」


「それと、一通り銃器の取り扱いについても訓練するから」


「うっすうっす」


「ナナシさっきから、うっすしか言ってないけどちゃんと聞いてる?」


「うっす、早く魔法が使いたいっす」


「ははっ、ナナシは実に欲求に忠実だね」


そしてアイザックはそう愉快そうに笑うと、ついに俺の待ちに待った言葉を言った。


「なら、早速魔法を使う練習を始めようか」


待ってました!

こうして俺の童貞を三十年貫く以外の方法で魔法使いになる訓練が始まった。

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